ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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暴かれた真実

 

 

 

 

 

 

 夏祭りの帰り道だった。

 ふと、人狼が訝しげに夜空を見上げて、鼻を動かした。 

 あるいは、崩空がアーチェリーを外して組み立てる。

 または、亜夜の車イスが止まった。

「……亜夜?」

 押していたアリスが見下ろす。

 亜夜がブレーキをかけて、飛翔。浮かび上がった。

「…………」

 亜夜は無表情。なのに、凄まじい殺威圧感を放って、浮かぶ。

「気づいたか、二人とも」

 雅堂がゴキゴキと首を動かす。

 何かの準備のように、シャルに離れるなと命じた。

 普段ならば拒否するシャルも、気圧されて素直に従った。

 それほど、三人の纏う雰囲気は物騒で。

「まあな。足音を殺しているが、気配が多いな……40はいるぞ」

「静かな闇に紛れても尚、真っ直ぐな殺気が駄々漏れ。隠れる気がないなら、こっちから仕掛けましょうか」 

 たった10程の人間を追いかけ、退路を塞ぐ。

 その数は四倍強。確実に、始末する気だと感じた。

「嫌な臭いがする……。錆びた金属とか、血の臭いもする。それに……多分全員男だ。汗くさいし、タバコの臭いも」

 雅堂はイヤそうに呟いた。

 三人は気づいていた。

 帰り道の街道。周囲の闇に紛れて、何者かが先回りや尾行をしていた。

 雅堂は風に乗る臭いや音、崩空は気配、亜夜は殺気で。

 子供たちは途端に怯え出す。職員にしがみついたり、泣きそうになったり。

 一部、違う反応をする子もいる。

「そう。大体分かったわ、任せて亜夜」

「例の連中か……。ま、想定していたから驚きはしないけど」

 年長者のアリスとシャル。

 アリスは亜夜の背中に自分の背中を重ねた。

 シャルは、手荷物からなんとナイフを取り出していた。

 ぎょっとする雅堂が、問いただすと。

「いや、自衛のナイフよ。切れ味は良いから、気を付けなさいなケダモノ」

「自衛って……お嬢さん、切っ先を僕の股間に向けんの止めてくれませんかね!?」

「ばっさり斬れるのよ? 汚いブツが、根元から……ね?」

「ひぃっ!?」

 などとやり取りをしていたが、シャルは不意に真面目な顔で雅堂に問う。

「緊張とれた? ったく、あんたは後ろめたい時になるとすぐ固くなるんだから。そっちの方が、二次被害出るから、深呼吸して。あんたに足りないのは、強者の余裕」

 シャルなりに、不器用に軽口で緊張を解そうとしたらしい。

 実際、このケダモノが手加減をしないと、比喩や誇張なしに地形が変わる。

 雅堂は暴力による解決をよしとしない善人。迷いはやはり、あるようだが。

「……私は、余裕なんてありません。弱いから、死に物狂いでみんなを守ります。結果、殺してでも」

「姉さん……」

 亜夜は雅堂の流儀には合わさないと先に言っておいた。

 グレーテルに心配されて、慌てて表情を取り繕う。

 襲ってくるなら二度と不安がないように、後腐れなく、始末する。

「守るために殺す……か。正論だな。なあなあで済ませる輩よりは、余程好感が持てる」

 アーチェリーを構える崩空の言葉に、雅堂は表情を曇らせた。

 なあなあで済ませる偽善者、とでも言われたような気がして。

 崩空は気づいているので、続ける。

「雅堂。お前は自分の主義を貫け。ハッキリと殺さないと言えるだけの実力があるだろう。その考えを押し通す基盤はあるんだ。だったら、口だけじゃなく行動で示せばいい。『悪いことだから、殺さない』。それもまた、正論だ。やり方はそれぞれだ。俺は俺のしかたで、やらせてもらう」

 彼はあくまで、中立中庸。殺すのも正論、殺さずも正論と双方を肯定する。

 それぞれの流儀がある。ならば、各々でやればいい。

 先ずは、子供たちを守るのが第一である。

 結論、守れるならば過程は何でもいい。

 最悪、本当に殺してしまっても。

 テロリストにかける情けは、崩空と亜夜は持っていない。

「……そうだな。分かった、僕は僕の覚悟で進むよ!」

「はいはい。じゃ、少しばっか手伝ってやんよ。主に暴走しないようにね」

 シャルは、空気を読んで普段の言動を改める。

 この狼の呪いは慣れた。自分の呪いも少しはコントロールできる。

 こいつは謎の生命体であり、性別は関係ない。今は職員なのだ。

 自分に言い聞かせる。本当は、暴走しないようにするのは、シャルの方だった。

 手伝ってないと、感情の昂りを抑えきれない。だから、やる。彼も理解してくれる筈だ。

「姉さん。二人は、任せて。アリスも姉さんも、思いっきり戦って」

「亜夜、さん……。負けないで……!」

「悪いやつらなんてやっつけちゃえー!」

 グレーテルが、自分の役目を果たす。

 何もできない二人をなるべ遠ざける。

 二人は応援しか出来ないが、振り返って柔く微笑む亜夜は、決めた。

「アリス。今は、手足を切り捨てるまでは許します。良いですよ、使っても」

「……ええ。腹はくくってる。いいわ、久々に血染めにしてやろうじゃない!」

 相手は殺すつもりで来ているのだ。

 死にたくなくば、必要ならば本当に殺すしか方法はない。

 殺人を知っている亜夜には、ストッパーなどない。

 頭蓋を砕く感触を覚えているアリスにも、歯止めはない。

 移動をやめた一行を取り囲むように、闇から次々と人が現れる。

 全員、覚悟を決めるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 囲んできたのは、様々な格好の男。

 得物に斧やら剣やら槍やら、下手するとトゲ付きハンマーまで持ち出していた。

 機動力を削いで、防御力に回したのか鎧姿の騎士擬きまでいる。

 ぐるりと囲まれて、得物を抜き放つ。

 竦み上がる子供たち。全方位、逃げ場なし。

 そこに、リーダーと思われる立派な鎧を纏う男が現れた。

 皆を一瞥し、兜を開いてこう、告げた。

「呪いを持つ者よ。その命を罪と知れ」

 突然仕掛けてきて、何を言い出すかと思えば。

 いきなりの全否定と来た。崩空が早速噛みつく。

「良い年の男が、子供相手に人数集めて圧殺するのは、罪じゃないってのか? 随分と都合のいい主義もあったもんだな」

「ほざけ、小僧。呪いなどという産物を抱えた生命が自由を謳歌するこの腐った世を変える。我々は使命のもとに行動している。主義などという生温いものと一緒にするな」

「チッ……外道が」

 崩空は、言うだけ無駄とすぐ分かった。

 この手の人種は言うだけ意味がない。偏見と妄想に取りつかれただたの暴徒。

 雅堂も、説得不可と即座に頭を切り替える。

 無駄なことはしない。今は、皆の命が危機に晒されている。

 深呼吸して、出方を伺う。

 亜夜は、黙って眺めていた。

 それから、長々と説法のように、一方的に高尚な説教を続けて、言いたい放題否定したのち、言った。

「だが、我らにも慈悲はある。断罪を成す前に、貴様らに懺悔を残す猶予を与えよう。言い残す事があるなら言うがいい」

 偉そうに、彼らは一方的に迫った。

 自分達は大義名分を掲げる正義の執行者。

 正義は我らにあり、と態度で示している。

 武器をとり、丸腰の子供相手に武力で脅すだけのテロリスト。

 不愉快そうに、シャルとアリスは睨んでいた。

 すると。

「あ、有り難みもないご高説は終わりましたか?」

 亜夜が漸く、口を開いた。

 いきなりの喧嘩腰、完全に挑発している態度で。

 彼らの殺気が一段階、シフトアップしている。

 周囲に対して、亜夜は涼しいまま言う。

「で、喋っていいんですっけ? だったら言わせてもらいますけど」

「……なんだ。最期の時だ。多少の傲慢も我らは寛容なる心で許そう。言うがいい、邪悪な翼の小娘」

 腕を組んで、見下す彼らは亜夜に聞く。

 亜夜はそこで、不自然なまでに嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 ニコッと普段でも笑わないような満面の笑み。

 皆が、亜夜の出方を注意して見守る。

 アリスだけは、次の一手を理解していた。

「分かりました。では……」

 亜夜は、大きく息を吸う。

 嫌な予感がして、雅堂が制止に入ろうとした。

 血の気の多い亜夜は、既にキレているのを、悪化する殺意で感じ取ったのだ。

 止めろ、と言う前に。

 

 亜夜の姿は、眼前から消えていた。

 

「!?」

 

 亜夜がいたのは、好き勝手に皆を蔑み、貶め、忌避した鎧の真ん前。

 

 右手で、兜をひっ掴んで、犬歯を見せて笑っていた。

 

『――あの世に逝くのは、お前らの方ですよッ!!』

 

 怒号に変わり、亜夜の手から激しい放電がおこる。

 周囲の男を巻き込み、容赦なく焼く。

 夜の暗がりを、特有の青白い光が断続的に明るく照らし、轟音を奏でる。

 頭に血がのぼった、亜夜の宣戦布告。

 しかも、だ。

「……!」

 いち早く、雅堂が気付いた。

 亜夜の目が、真紅に変異していた。

 それだけじゃない。翼は闇に紛れて見えにくいが、翼から何か、高エネルギーそのものに変化していた。

 しかも、強烈な腐敗臭が亜夜から漂ってくる。

 髪色も、夜の帳に負けない暗い色に変色している。

 亜夜は、迎撃に切りかかった男の振るう剣を、残像が見える速度で回避した。

 あたかも、分身のような速さ。

「な、なんだ……!?」

 崩空が戸惑った。

 前触れなく、亜夜を見ていたら恐ろしくなった。

 本能的に、皆を連れ撤退を迷わずこの状況で選びそうになったぐらい。

 何が起きている。あの翼の少女は誰だ。

 見ているだけで、真冬に素っ裸で外に出るような悪寒と恐怖を肌で感じるのはなぜだ。

「姉さん!?」

 グレーテルも、困惑していた。

 姉と呼ぶ職員が突然、闇夜に紅い軌跡を残して激しく戦闘を開始した。

 恐れず敵に突っ込み、飛びかかっていく。

 その機動力と運動性が桁違いすぎて、紅いライトが高速移動をしているような光景で。

 グレーテルは、この忌まわしい存在を知っている。

 人間が本能で交わることを避ける存在。

「亜夜、さん……!?」

 マーチも、ただ眺める以外出来なかった。

 加勢を忘れるほど、彼女は敵意を全面に出して襲っていく。

 集団で囲まれて、袋叩きにされそうになる。

 危うくの寸前で急上昇。難を逃れたようだった。

 既にリーダーらしき人物は、黒煙を上げて倒れていた。

 鎧が黒く焦げていた。生臭い臭いもする。確実に、死んでいる。

「亜夜、ダメだよ!! 興奮しちゃダメ!!」

 異変に、ラプンツェルが叫ぶが、亜夜には届かない。

 その時には、遅すぎた。

「き、貴様は……!」

 迎撃する誰かが言った。

 同時に、崩空の世話をする子供が悲鳴をあげた。

 亜夜を見て、泣き叫ぶ。何度も、同じことを。

 それは、亜夜があれほど隠そうとしていたハズの姿。

 グレーテルが、今でも憎んでいる人類のアンチテーゼ。

 何より、姿を見せれば全てが敵になる。

 彼女の、本当の、本来の姿だった。

 

 

 

 

 ――魔女だ!!

 

 

 

 

 

 この瞬間、一ノ瀬亜夜は、世界の敵として降臨した。

 人類史を否定する災厄の女。呼吸する災い、あるいは生きる疫病。

 生きているだけで、人に殺される運命の邪悪。

『みんなを狙う相手は、私が残らず殺してやるッ!!』

 子供を守るために、怒り狂う幼い魔女が、呪い狩りと敵対していた。 

 連中は、直ぐ様亜夜に矛先を変えた。

 魔女が突如、襲い来たのだ。法に乗っ取り、魔女狩りとなった。

 混乱する戦場。亜夜が中心で狙われるようになり、皆から関心が薄れた。

 亜夜は派手に扇動するように、暴れている。

(一ノ瀬が、魔女だっただと!? いや待て、落ち着け俺。……今はそこが重要じゃない。あいつの事だ。多分、意味がある)

 亜夜が正体をばらしても、崩空は比較的に冷静になった。

 バーサーカー顔負けの暴走をする彼女を見て、腰を抜かす子供たちに一喝する。

「大丈夫だ、あいつは此方にはなにもしない!」

 強めに言うと、彼女たちは崩空を見上げて、怖いと泣き出した。

 精神的なキャパがオーバーしている。

 これ以上、皆には辛いだけ。必死に崩空は考える。

 今、どうするべきか。

「こ、殺せェ!! 魔女だ、魔女がいるぞ……あぎゃあ!?」

 統率しようと、声を出す男を、アリスがいきなり腹を突き刺す。

 その手には、大きなガラスのように透明な剣を握りしめて。

「大声出すんじゃないわよ。人が来るでしょ」

 蹴り倒して、鮮血を浴びながら引き抜いた。

 折角のおしゃれをして来たのに、鉄臭いうえに真っ赤に汚れてしまった。

 綺麗な金髪や、顔の一部にまで紅い飛沫をかけられた。

「汚い……。もう、折角亜夜に可愛いって褒められたのに。あんたらのせいで台無し。責任とって、死になさいな!」

 アリスも、亜夜を守るべく参戦。右往左往する集団に突っ込み、片っ端から斬殺していく。

 碧眼が、不自然に瞳孔が開かれて、色が混ざって濁っていた。

 空中の亜夜に、地上のアリス。二人が煽動して、散り散りに相手を蹴散らす。

「……職員さんが、魔女だったなんて」

 シャルも、ショックを受けて呆然と行われるスプラッタを眺めるしかで出来なかった。

 雅堂は彼女が動かないのを知ると、肩を乱暴に掴んだ。

「シャル、お前は逃げろ。ここは、僕が何とかする。崩空と一緒に速くサナトリウムに戻れ」

 雅堂が、二人の暴走を止めると言った。彼ですら、目に見えて冷や汗をかいている。

 そんな状況なのに、身を呈してかばってくれた。

「で、でも……」

「バカ野郎! 何であいつがこんな危険な賭けに出たのか、分からねえのか!!」

 雅堂は渋るシャルに、そして思考を巡らせる崩空に向かって吠えた。

 狼の咆哮は、二人や泣きわめく子供を黙らせる程の迫力があった。

「崩空、皆を連れていくんだ!! 一ノ瀬が陽動している間に!!」

「……! あぁ、了解した!! みんな、行くぞ!! 走れ!」

 崩空は、意図を理解した。亜夜は、自ら囮になってくれたのだ。

 自分が魔女であることを利用して、皆を安全に逃がすために。

 優先順位は魔女のほうが脅威とわかった上で、危険なのに自分から。

 陽動作戦。亜夜が目を引き付ける。その間に、みんなを脱出させろ。

 そういう事を亜夜は言いたいのだろうと、男二人は判断した。

 崩空が、全員を引きまとめる。

 グレーテルが嫌がるが、

「一ノ瀬が簡単に死ぬわけないだろう!? あいつは魔女だ!! それに、雅堂もいる! 殺される前に殺してでも帰ってくる女だ! お前はあいつを信じられないのか!?」

 あまりにも説得力のある言葉だった。

 物理的ほぼ無敵の超生物と、対人類天敵。

 この二名がタッグを組めば、呪い狩りが勝てる道理が消失する。

 アリスも暴走しているが、味方している。負ける要素が何もない。

 見れば、雅堂も徒手空拳で果敢に応戦していた。

「……分かった」

 渋々従った。そりゃそうだ。

 パンチしただけで、板金の大きな金属楯をへこませた挙げ句に吹っ飛ばしているなんて見れば、信じたくもなる。

「一ノ瀬、雅堂! 先に戻る、必ず戻ってこいよ!!」

 心配そうに振り返りつつみんなで走り出す背を見ながら、雅堂は「応!」と吠えて、振るわれた軍用ナイフを、噛み砕いて吐き捨てた。

 既に半分以上が死んでいたり、瀕死になっている。 

 応援がきても、何のその。三人揃って、数の不利をものともせずに無理矢理押さえ込む。

「亜夜ー! 見てみて、こんなに沢山殺したわッ!! どう、スゴいでしょ!?」

『スゴいですよ、お上手ですアリス』

「えへへ、ありがと! あたしは絶対一緒よ、亜夜」

『……そう言われると、照れちゃいますよ』

 ただ、雅堂の精神はかなり負担が大きい。

 残り二名が、面白がって人を殺し続けている。

 アリスは斬首したそれをもちあげて、飛翔する亜夜に誇らしげに掲げている。

 足元にはバラバラに切断され、死骸に成り果てた人間がゴミのように重なっていた。

 相当な血を浴びているのに、アリスはずっとはしゃいでいた。

 亜夜も、消し炭にするわ氷像にするわ、溺死させるわ感電死させるわ、果てにはミンチにするわ刻んで細切れにするわで酷い有り様。

 意にかえさない亜夜は、笑ってアリスと談笑している。

 その間にも、次々殺人を繰り返して。 

 惨状に堪えかねて、吐き気を催す雅堂は必死に耐えた。

 本当に、ただの扇動だったのか、と疑いたくなるほど。

 二人は無邪気に、楽しそうに、人を殺していた……。


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