持ち上げた筆先、インクの代わりに漏れたのはアルファベットだった。
印刷物でお馴染みの形に白抜きされたそれが、筆の動きを追いかけて軌跡を描く。その軌跡が、今度は人の形を描いていく。白紙の本に、文字が浮かび上がっていく。
テイルマスターの集まる図書館の一角、キャストの本棚があるところ。机の上に開かれた本の上に、一本の筆がかざされていた。この筆こそが神筆――のレプリカ。四創聖の筆を基に作られた、量産品である。
もっとも、量産品とはいえ、それは決して粗製された物ではない。物語を一つ、作り出すだけの力はたしかにあった。
ほら、今も。
「――ただ、剣の求めるままに、敵を斬る。この我を呼び出すは、何奴か」
人離れした、汚い低音が鳴る。
目前、現れたのは人型、しかし伴う姿は人外じみていた。青白いを通り越して石灰じみた肌色、動作に揺れる長い白髪、甲殻に覆われた異形の左手。
常人ならざる見た目の青装飾は、隻眼でこちらを見つめていた。赤々とした――
選択肢【闇吉備津の第一印象は?】
①焔のような虹彩の男であった。次の瞬間にも腰の大剣が引き抜かれて、首が一つ落ちていたとしても何ら不思議はないと。そう錯覚させる。
②血のような虹彩の男であった。見つめ合うだけでこちらの足を竦ませる、何か、『底』を感じさせる色合いだ。光の見えない瞳と言うべきか。
【①あなたはこの闇吉備津に、強い攻撃性を見出した。彼は、何物も寄せ付けようとしない。】
常人ならざる見た目の青装飾は、隻眼でこちらを見つめていた。赤々とした――【焔のような虹彩の男であった。次の瞬間にも腰の大剣が引き抜かれて、首が一つ落ちていたとしても何ら不思議はないと。そう錯覚させる。】
「語らずとも良い。我は呼び出された今、全てを理解している。何故是がこの地に降りたのか、何を為す事を望まれているか」
闇吉備津は一歩二歩と、近付いてくる。
歩く度に、鬣が如き髪が靡いて――そこで、あなたは気付くだろう。白髪と先は形容したが、それはあくまで髪の根元。大部分が黒ずんだ紫に染まっている。では何故、『白髪』などという言葉が浮かんでしまったのだろうか?
「――」
答えは単純。この人の体の巨体が、後ろ髪のほとんどを隠してしまっていたから。
今、あなたの眼前に居るのは、見上げねばならぬ程の巨躯だ。厚い胸板をした偉丈夫だ。
故に、
「だが我は、これら呼び出しに『応じてやるつもりはない』」
そのような男がカチャリ、腰元の刀を鳴らしながら威圧してくるのは、ひどく恐ろしいものに感じられただろう。肉薄の距離で響いた低音は尾を引いて、鼓膜を揺さぶってくる。照明の光は遮られ、影があなたの上に覆いかぶさる。
逆光に陰った顔の中心。隻眼を忌々し気に細めながら、闇吉備津は続けた。
「とはいえ、それはあくまで我という個体の意思に過ぎぬ。描き出された代物である以上、我はその筆に逆らう術は持ち得ていない。血に塗れたこの鬼殺し、好きに扱うといい」
あなたは、口を開く。とにかくこの人に何かを言わなければと、恐怖や威圧を押し退ける形で、それら気持ちが前に出たのだ。
選択肢【闇吉備津は他者からの言葉をどう応じる?】
①その言葉を聞いた闇吉備津は、一瞬、目を丸くしたように見えた。話しかけられた事に、驚いたのだろうか。
②その言葉を聞いた闇吉備津は、一層、不服に歯噛みしたように見えた。声を聞くだけでも苛立つとばかりである。
【①あなたはこの闇吉備津が、他者との会話に馴れていないか、あるいは忘れてしまっているのではないかと感じた。】
あなたは、口を開く。とにかくこの人に何かを言わなければと、恐怖や威圧を押し退ける形で、それら気持ちが前に出たのだ。
【その言葉を聞いた闇吉備津は、一瞬、目を丸くしたように見えた。話しかけられた事に、驚いたのだろうか。】もっとも、次には表情は険しいものに戻っていたから、それは見間違いだったのかもしれない。
「ほぅ、是を呼び寄せただけはある。この殺気を受けながら『言葉』という物を紡げるか」
「常人なれば、声を出すのも億劫であるはずだが」と続けるのを聞いている内に、あなたの視界に光が戻った。巨体が傍を離れて、覆っていた影もなくなったのだ。
闇吉備津はどうにも、顎を擦って何事か考えている様子である。脅しが効かなかったから、別の文句を考えているのだろうか?
「……呼び出しに応えるつもりはないと、そういう話を先にしたな」
あなたは頷くなり何なり、とにかく反応をしてみせた。
返ってきたのは、言葉ではなく、腰元の刃が引き抜かれる金属音であった。とはいえ、軌跡を見れば、こちらに斬りかかる意図がないのは分かるだろう。それは例えるなら、騎士が姫君に忠誠を誓う為に剣を抜く、あの動作によく似ていた。もちろん、似ているのは動きだけで、実際は軽い会釈すらしてくれそうにないのだが。
「この刀、名を滅鬼刀と言う」
縦に掲げられた刀身には、獣のような文様が描かれている。それは煌々と光り輝き、尋常ならざる雰囲気を感じさせた。
「我が鬼を殲滅すべく使い続けた一振り。数多の血と怨念を吸い、もはや是自体が一つの呪いとして完成している」
刀を見つめる赤の虹彩が、そこで細まったように見えた。フランベルジュが如く波打つ刃は、今は闇吉備津の方に向けられており、あなたの目にはその背だけが映っている。
納刀。彼の目線が滅鬼刀から、あなたへと向けられた。
「間違っても人が扱うべき代物ではない。間違っても人が関わるべき代物ではない。故に――改めて警告しよう、名も知らぬテイルマスターよ」
その『名も知らぬ』という冠詞は、何も言葉通りの意味ばかりではなかっただろう。
この人にとって、あなたは『赤の他人』なのだ。
「我を呼ぶのはなるだけ控え給え。是なるは鬼殺し。『人を助ける為に鬼を殺す』でなく、『鬼を滅ぼす為に鬼を殺す』在り方だ」
それを捨て台詞に、闇吉備津は背を向け本棚の向こうに去っていく。どんな言葉を背にかけたところで、その歩みは止まらない。
あなたの目に映るのは揺れる長髪と、刃の切っ先が嘲笑うようにテカった光景だ。