現在。あなたの前には、布団に押し込まれた闇吉備津が居るだろう。
「……」
闇吉備津はあなたが病室に入ってきた辺りから、そっぽを向いている。
結果として、闇吉備津は無事であった。いくらかインクを消耗してしまって、こうして一時的に治療を施されているが、それでも消滅などという事態は避けられたのである。
援軍に向かったキャスト曰く、『深追いしなかった分、重傷を負わず済んだのだろう』と。あのヴィランは図書館側も意図せぬ存在であったらしく、下手に交戦していれば、どうなっていたか分からないとも聞いた。
「あの時」
頑なに視線を合わせてくれなかった闇吉備津が、こちらに声を掛けてきた。
「何故、逃げなかった」
放っておけなかったといった旨を話すと、再び闇吉備津は黙ってしまった。
あなたはここで、自分の気持ちをきちんと伝えておこうと考えた。
選択肢【あなたの気持ちは?】
①テイルマスターとして、一緒に戦えるようになりたい。
②一人の人間として、交友を深めていきたい。
③憧れの存在になったので、舎弟か何かにして欲しい。
④これ以上関わるのは、やめようと思う。
【②きっと彼を初めて見た瞬間から、気持ちは決まっていたのだろう。】
あなたはここで、自分の気持ちをきちんと伝えておこうと考えた。
――【一人の人間として、交友を深めていきたい。】
「お前の筆捌きならば、恐らく吉備津彦の方が合うだろう」
立ち上がったあなたに、闇吉備津はそう言葉をかけてくる。
「一度声を掛けてみるが良い。あれは扱い易い――」
あなたは黙って闇吉備津に詰め寄ると、彼に手をあげた。ビンタだったかもしれないし、拳だったかもしれない。胸板をやたらと叩いたのかも。何にせよ、痛くなるのはあなたの手の方で、闇吉備津はその程度の攻撃微動だにせず、ただ呆気に取られた様子で見送っていた。
キャスト相手に取り乱すなど、テイルマスターとしては失格かもしれない。
「何をしている」
それでも、あなたはその言葉に食ってかかったに違いない。
もっと周りを見ろ。無意味に自虐するな。自分を大切にしろ。道具として扱われたいならもう少し道具らしくしてろ。本当は優しい癖に。
口についた言葉は、闇吉備津というキャストの設定から考えれば、残酷なものだったかもしれない。彼には真っ当な人間であった頃の痕跡がいくらか見えた。後天的な孤独から関わりを避けている人間を、一般論の範疇に置くべきではない。
それは分かっている。分かっているが、
「お前は何様だ。いかなる肩書を振り翳せば、そのように偉そうな口が聞ける」
これは友人としては、全くもって当然の心配事だ。当たり前の気遣いだ。
大凡、人間関係という物は、善意の押し付け合いと両者の妥協で回っている。あなたは純粋に思ったのだろう。『この闇吉備津に人間らしさがあるのなら、それを取り戻す手伝いをするのが友情だ。それが彼にとっても幸せに通ずるはずだ』。馬鹿正直に、自分の感情を信じたのだ。
この時も、闇吉備津はあなたの言い分を全て聞いてから、行動に移した。
「常々戯けた輩だとは思っていたが、ここに来て極まったか。お前、我と顔を合わせるのはこれで何度目だ。片手で足りるではないか」
闇吉備津はあなたを鬱陶しいとばかりに振り払ったばかりか、おもむろに病室のベッドから起き上がり、服の首後ろをむんずと掴み上げると、部屋の外に追い出した。
「帰れ」
ばたん、と。目の前で、勢いよく扉を閉められる。
とはいえ、無理もない反応だ。今のは大概、自分勝手な物言いだった。
とぼとぼと病室を後にしようとした、その時――わずかに扉の蝶番が鳴る。
「我を和室に移すよう、申請しておくがよい。ここはどうにも落ち着かん」
振り返った時には、もう扉は固く閉ざされていた。