ヒッパーに赤いマフラーをプレゼントしたい   作:なし

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再公開


閑話 不幸を告げる猫

いつものように執務に取り組んでる時のことだった。

ハムマンが季節外れの水着を着ながら、秘書艦の仕事に勤めていることを除けば、いたって平穏な日なはずだった。

 

秘書艦、前までは明石が商店と掛け持ちするはずだったが、それをやってみたいという声が艦船少女達から出ていた。

何も面白いことはないだろうに。そう思いながらも志願者を募り、そこから抽選でその1週間の秘書艦を選ぶことにした。

 

志願者は殺到した。僕から見て意味がわからないほど殺到した。

もしかしたら秘書艦の仕事が、常日頃の任務より楽だと思われてるのかもしれない。そう思って諭すも特に変わりはなかった。

この基地に属する艦船少女ほぼ全てが志願したのだ、唯一マッコールが希望しなかったぐらいだった。

 

「秘書艦希望しない代わりにアイスが欲しいなーって」

 

らしいな、と僕は思った。

 

 

 

本当に平穏な日だ。外に散歩に出て、木陰で読書でもしたいぐらい、いい天気でもあった。

そこまで考えて眉をひそめる。これは嫌な流れなのではないか?

こう言う日に限って何かが起こる、今日は特に何もないなと考えたりしたのならば。

 

もしかしたら何か炭鉱に連れられたカナリアの様に、僕も何か危険を察知できる様になったのかもしれない。

全くありがたみのない特技だ、何事もないに越したことはない。

そう考えを巡らせていると、ハムマンが言った。

 

「手が止まってるけど、どうしたの?」

「いや、なにもないんだ。なにもないから裏があるんじゃないかって、こう言う時に限って明石が飛び込んで来る気がしてね」

 

ふーんと納得したのか、ハムマンは頷いた。

「それより私の水着に対してツッコミは?」

「ちょっと待て、なんか音が聞こえる」

 

なにやらハムマンが言ってるのを遮り、耳を立てる。

初めは気のせいかと思ったが、段々と遠くからこの執務室に向かって、走ってくる音が近づいてくる。

もうすでに頭が鈍く痛み始めていた。

やっぱりか、嫌な予感ばかりよく当たる。

 

「ビッグニュースだにゃ!」

 

ズバーンと執務室の扉を開け放つ明石の姿は、まさに予想通りで、僕は盛大にため息をついた。

 

「どうせろくなニュースじゃないんだろ」

「そんなことないにゃ!今回は違うにゃ!」

 

どうだかとひとりごちる。朗報と称しておでんの味変グッズを持ってきたときは、まさに地獄だった。

エアコンの改造計画もそうだったし、期待してろくなことはない。

 

「まあいい、今回はなんだ?」

「ちょっとついてきて欲しいんだにゃ!」

 

そして首を傾げて明石は言った。

 

「それでハムマンはなんで水着姿なんだにゃ?」

 

 

 

 

一気に機嫌が悪くなり、無口になったハムマンを連れて明石の案内について行った先は、艦船少女達が使う浴場だった。

 

「おでんの消費量がこの舞鶴基地がずば抜けてるにゃ」

「それ、大量の誤発注の所為だよな……?」

 

下手な口笛を吹きながら明石は目をそらした。

 

「……でも指揮官も嫌々いいながら食べてたにゃ」

「僕はそんなにおでん好きじゃないけどな」

「……は?」

「……なんだよ」

 

にゃという口癖も忘れて明石とハムマンがこちらを見つめていた。まるで残念なものを見るかの様に。

 

「あれだけおでんを食べて好きにならないのかにゃ?」

「洗脳じゃないか、それ」

 

おでんの話をしていたからか、おでんの香りまでしてくる気がする。できれば今すぐここから出たかったが、踏みとどまる。

 

「こんなにおでん好きそうな顔してるのに、変な人だにゃ」

「どんな顔だよ」

「そらこんな顔だにゃ」

 

そう言って明石はある風呂に近づいて、おもむろに腕を突っ込んだ。どこか見覚えのある風呂釜を見ながら明石の続く言葉をまつ。

それは変わった釜だった、銀の枠で小さく八等分された釜、その半分を木の蓋が覆う。銀の枠は鉄だろう、中のお湯は茶色ながらも透き通って見えた。

 

「これだにゃ」

 

ようやっと引き上げた手には、大物が捕まっていた。

三角で、黄金色。上は干瓢で縛られたそれは。

 

「餅巾着じゃないか!!」

「違うにゃ!おで●くんだにゃ!」

「いやお●んくんに似てる指揮官ってなんだよ!!」

 

全く意味がわからなかった。

 

 

 

 

とりあえず明石に一発ゲンコツを落とし、説明を聞く。

 

「おでんの大量消費の感謝を込めて、本部からおでん風呂の贈呈ね……」

「これはすごい代物だにゃ!」

「いや、僕はこの浴場を使えないんだが」

 

問題点はそこだった。この浴場は大体誰かが使っている、まさか混浴なんてするわけもあるまいし、故に殆どここに近づくことはなかった。そんなにでかい風呂ではなく、私室にある小さなもので十分だったから特にいうこともない。

 

まあ私室にあっても、このおでん出汁香る風呂を使う気持ちになるとは思えなかったが、みんなにはいいリラクゼーションになるのかもしれない。

 

「ハムマン、湯加減はどうだ」

「ちょうどいい感じよ」

「そ、そうかそれはよかったにゃ……フフッ」

 

先ほどの不機嫌さは少し和らいでいた。ちょうど水着を着ていたから試しに入れて見たが、いい考えだったかもしれない。

ウインナーと木札をつけた枠の中で、ハムマンは無邪気に喜んでいた。キャラ性大丈夫なのかとか、そこにいれた僕からは言えなかった。

 

「ねえ、この蒟蒻たべれるの?」

「さあ?やけにリアルだし、たべれるんじゃないか?」

 

なにやらハムマンが入ってる風呂の水を採取してる明石を見やる。大方なにするかなのかは予想がついたが、止める気はなかった。多分どっかのロリコン(変態空母)に売り付けるのだろう。

 

「明石、そこんとこどうなんだ?」

「何?今忙しいにゃ」

「隣に入ってる具材の話だよ、蒟蒻たべれるかっていう話だ」

「口に入れても安心な素材でできてるにゃ」

「だそうだ、かじってみろ」

「いや食べれるって一言も言ってないじゃない!」

 

鋭いツッコミだなと思った、ただそっくりな物を置いて誤食するのを考えないことはないだろう。

 

「モノは試しだよウィンナー、もう齧る機会はないかもしれないしな」

「ハムマンよ!名前を間違えるな!……しょうがないわね」

 

そう言ってハムっと小さく一口、蒟蒻に噛り付いた。

 

「ん、味は普通のこんにゃくと変わらない、歯ごたえがないけど……?」

「口から泡が出てるけど大丈夫か?」

コポコポとハムマンの口から泡が漏れ始めていた。

 

「そりゃ石鹸だからにゃ、たべても口から泡が出るだけで問題はないにゃ」

「あーすまないハムマン、問題はあったようだ」

「そういうことだと思ったわよ!!」

 

ビンタの一発程度甘んじて受け入れようと思ったら、ボコボコに殴られた。

地に伏せる僕に明石は言った。

 

 

「災難だったにゃ」

「元はと言えばお前のせいだがな……」

 

ゆっくりと立ち上がる。

ハムマンはもう立ち去ってしまった、たぶん執務室に帰ったのだろう。僕も帰るか。

 

最後にそのおでん風呂を見る。

蒟蒻、ウィンナー、何もなし、二つの目玉。

 

茶色い水の底に浮かんだ二つの眼が、こちらを見ていた。

 

 

一気に鼓動が早くなる、なんだこれは。

落ち着け、幽霊なんているはずがないだろう。

 

深呼吸深呼吸、落ち着いて冷静になってもう一度見る。

茶色が保護色になってるだけのu81だった、なんてことはない。幽霊なんているはずがないだろう、馬鹿馬鹿しい。

そういえば来た時に半分蓋が開いていたのは、こいつが入っていたからか。

ずっと蓋を閉じて目線を切る、服を着てなかったのも非難する目つきで見られていたのも、たぶん気のせいだろう。

 

「u81の部隊ってもう帰還してたのか」

「あ」

「は?」

 

何やら致命的な失敗をしたみたいな顔、エアコンの改造に失敗した時もこんな顔をしていた。

 

「おでん風呂が届いたと執務室に伝える前にu81の部隊が帰港したのを見て、先にその朗報を伝えていたにゃ」

 

言葉を言い切るより先に、僕はそこから逃走していた。

u81の部隊は『鉄血』組だ、ということは()()()もいる。潜水級は常に海に潜ってるから、冷えた身体を温めに先に風呂へと直行していたのだろう。

あいつもいつここに来るかわからない。

間に合ってくれと伸ばした扉は、僕が手をかける前に勝手に開いた。

 

「あ」

「は?」

 

扉に手をかけた裸のヒッパーがいた。動きは驚きで固まっていたが、すぐに顔がリンゴのように真っ赤っかになり、わなわなと震えだす。

あぁ、ここで僕は死ぬ。そう思った。あらあら大胆な指揮官様ね、そう言ってる声が聞こえた気がした。

 

「何か言い残すことは……?」

 

上手い言い訳は思いつかなかった。

 

「あー……すまない

「誰がまな板だってえの!!」

 

いやそれは早とちりすぎだろうと思ったが、あまりに鋭い右フックに意識が刈り取られて、その思いすら掻き消えた。


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