魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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入学編
入学編 入学式前・中庭


全国で九校設置された魔法に関する教育機関の一校である、国立魔法大学付属第一高校。

 

その中庭で司波達也は困惑を心の奥に隠し、懸命に愛想笑いを浮かべていた。それも無理なからぬことだろう。

 

達也の前にいるのは、これから通う第一高校の生徒会長を務める、七草真由美。彼女は現代の魔法遣いである「魔法師」の頂点に立つ十師族と呼ばれる一族の一、七草家の長女だ。そんな相手に唐突に話しかけられ、更には達也自身が誇ろうとは思っていないペーパーテストの結果を称賛されていたのだ。

 

達也がもしも彼女のように真に優秀な人間だったら、その称賛も素直に受け取ることができただろう。

 

しかし、達也と彼女の間には、けして埋められぬ溝がある。

 

彼女の制服の胸には八枚花弁の第一高校のエンブレム。一方の達也の胸にはそれがない。

 

第一高校では魔法科大学、魔法科技能専門高等訓練期間に毎年百名以上の卒業生を送り出すことが義務付けられている。

 

八枚花弁を持つ彼女は魔法大学進学の候補生である一科生、ブルーム。将来を約束されたエリートである。

 

一方の達也は、エリートたちに事故があったときのための単なる予備要員である、二科生。ウィードと呼ばれる花の咲かない雑草だ。

 

「そろそろ時間ですので……失礼します」

 

達也にとっては他人にどう思われるかということは、さほど重要なものではない。とはいえ、今回は相手が相手だ。達也は無難に入学式までの時間を理由に、彼女との話を切り上げようとした。

 

達也の中では、彼女の返事を待たずに背を向ける予定であった。しかし、それは思いもよらぬ相手の登場により果たされることはなかった。

 

艶やかな黒髪は胸よりも少し長く、怜悧さを湛えた瞳と高い鼻梁。それは、容姿だけを見れば大和撫子を体現したかのような女子生徒だった。

 

ただし、奥ゆかしさのようなものは、あまり感じない。それは、真っ直ぐに前を見て歩く姿や、どこか冷たさを感じさせる眼差しのせいかもしれない。また、小柄な真由美より少しだけ高い程度の身長にも関わらず、妙に威圧感のようなものを感じた。

 

少女は間違いなく美少女であった。けれど、美少女という点においては、達也の妹の深雪は並ぶもののないレベルだ。それくらいで動きを止めたりはしない。

 

彼の足を止めさせてしまったのは、彼女の胸のエンブレムであった。

 

第一高校のエンブレムは八枚花弁。けれど、彼女の胸のエンブレムの花弁は五枚で、色は鮮やかな水色だった。更には右胸だけでなく両胸に刺繍がされている。

 

それは、第一高校に現れた紋なしを含めれば三種類目。エンブレムに限っても二種類目の完全に新しいカテゴリの生徒であった。

 

少女は水色桔梗紋を胸に颯爽とこちらに歩いてくる。

 

「ちょっ……ちょっと、そこのあなた」

 

先に動き始めたのは七草真由美であった。横を通り過ぎようとしていた少女を慌てて呼び止める。

 

「何でしょうか?」

 

それに対して少女は、きっちりと立ち止まってから真由美に正対する。

 

「その制服はどうしたの?」

 

「制服に何かありましたか?」

 

「そのエンブレムです。当校のエンブレムとは違うようですけど?」

 

真由美が少女の水色桔梗紋を指さしながら聞く。

 

「そうでしょうね。これは当家の家紋ですので」

 

堂々と言い返されて、百戦錬磨であろう真由美も面食らったようであった。けれど、すぐに態勢を立て直し、言葉を続ける。

 

「当校の制服は校則によって定められています」

 

「これは異なことを。私は単に着替えなどの折に取り違えが起きないようにしているだけです。いわば、持ち物に名前を書いておいただけ。御校の校則では生徒に持ち物に目印をつけることを禁じておられるのですか?」

 

少女はすらすらと屁理屈を述べていく。屁理屈と断じたのは少女の芝居がかった台詞から判断したものだが、真由美も同じ感想を抱いたらしく、頭痛を抑えるようにこめかみを押さえていた。一方、先の機会においては完全に離脱に失敗した達也は、この空白を利用することを考えていた。

 

「そろそろ時間ですので……失礼します」

 

前に言ったのと同じセリフを口にして、真由美に一礼する。

 

「そうですね。ついでに頭脳明晰な達也くんには、そこの彼女に対する説得をお願いしていいですか?」

 

「こんな難問を、いきなり新入生に任せないでください」

 

「あら、同じ新入生同士……そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね。貴女の名前は?」

 

「宮芝和泉です」

 

「あっ……」

 

真由美が思わずといった感じで声を漏らす。そして、達也も声には出さなかったが同じように驚いていた。

 

宮芝は達也たち魔法を扱う者、魔法師にとっては特別な名であるためだ。

 

魔法師には大きく二種類に分けられる。一種類目は現在の主流である現代魔法師。そして、もう一種類が超能力と言われていた頃の名残を色濃く受け継ぐ、現在は少数派となった古式魔法師だ。

 

宮芝は非主流派の古式魔法師たちの中で最も長い歴史を持っていると言われ、恐れられている一族だった。

 

曰く、歴史の裏側では常に宮芝が暗躍していた。曰く、現代魔法の代表である十師族の成立にも深く関わっている。曰く、対立した一族は悉く消し去られてきた。

 

どこまでが本当かは眉唾物だが、少なくともそれだけ恐れられている一族ということだ。しかし、彼女はおそらく二科生。だが、それだけで噂を否定することはできない。

 

実戦での技能と学園の評価が必ずしも一致しないことは達也が他の誰よりも認識していることだからだ。

 

「では、達也くん、彼女のこと、頼みますね」

 

少しの間、言葉を失っていた真由美だが、復活すると大変な厄介事を達也へと押し付けて去っていった。

 

「さて、どうも任されてしまったようだが、君が私をエスコートしてくれるということでいいのかな?」

 

「会場までの案内くらいならするが……とりあえず、宮芝さん、俺の名前は司波達也だ」

 

「分かった。達也だな。ああ、私のことは気軽に和泉と呼んでくれ。私が達也と呼んでいるのに君だけが宮芝さんだと、いささか座りが悪い」

 

そんなことを気にする性格には見えないが、達也はそれをわざわざ指摘するようなことはしなかった。

 

「とりあえず、講堂に向かおう。入学式が始まる」

 

それだけ言って、少女の前に立って歩き始めた。

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