それは、第一高校前駅から学校までの一本道の途中で起きたことだった。
司波達也と深雪の二人での登校から始まり、駅の構内、駅から出てすぐの場所でと次々と美月、エリカ、レオが合流をしてきた。そうして五人で共に歩いていると背後から達也の名を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。
振り向いた五人が目にしたのは、達也の名を呼びながら、軽やかに駆けてくる生徒会長、七草真由美の姿だった。
「達也くん、オハヨー。深雪さんも、おはようございます」
「おはようございます、会長」
相手からぞんざいに扱われようと、達也は丁寧に一礼した。そして、達也に続いて深雪も丁寧に一礼する。
「深雪さんと少しお話したいこともあるし……ご一緒しても構わないかしら?」
少しのやり取りを経て、真由美は本題を切り出してきた。
「お話というのは生徒会のことでしょうか?」
尋ねた深雪に、真由美は生徒会室で昼食を取りながらの説明を提案してきた。生徒会室であれば、達也が一緒でも問題がないというのが、真由美の言い分だった。
「……問題ならあるでしょう。副会長と揉め事なんてゴメンですよ、俺は」
生徒会のことで妹に干渉するつもりはなかったが、達也はやむなく口を挿む。
けれど、真由美は服部副会長は部室で昼食を取っているから大丈夫だと言い、更には他の三人にも話を向けた。
「何だったら、皆さんで来ていただいてもいいんですよ。生徒会の活動を知っていただくのも、役員の務めですから」
「それは是非とも、同行させていただきたいな」
真由美の申し出を受諾する声は、エリカたち三人以外から発せられた。そして、その瞬間、真由美の笑顔が明白に引きつった。
「そんな顔をするなんて、酷い生徒会長殿だな。私は皆さんのうちには入ってなかったということかい?」
真由美はまだ、振り返っていない。それでも生徒会長の背後に出現した和泉は、まるで真由美の表情が見えているかのように断言した。
ちなみに、和泉は言いながら真由美の肩に手を置いている。それを見て、達也は真由美を馴れ馴れしいと思ってしまった少し前の自分を恥じた。三年生の、しかも生徒会長に向かってこの態度に比べれば真由美の言動など、かわいいものだ。
「ええと、宮芝さんはいつから私の後ろに?」
「いつからとは愚問だな。私は面白そうな場面には空間を越えてでも参上するのだよ」
さすがにこれは虚言である。和泉は真由美が達也の名を呼び、駆けてきているときには、すでに真由美の背後にいた。ただし、達也がそれに気づいたのは、和泉が真由美に声をかける直前になってからだ。
真由美の背後を追尾していた女子生徒は確かにいた。けれど、それは和泉の容姿とは似ても似つかなかった。何らかの魔法で外観を誤魔化していたのだろう。
達也は通常の魔法の才と引き換えに、情報体であるイデアの中にある個々のエイドスを見分けることができる高性能な知覚能力を有している。達也は密かに、ほとんどの魔法を識別することができると自負していた。
しかし、和泉の魔法の隠匿技術は異様に高く、昨日の校門前での騒ぎの時、達也でさえ魔法が使用されたことは分かっても、何の魔法かを読み解くことができなかった。
そして、今日は魔法を使用していたことにさえ気づけなかった。これは驚異的なことであり、達也にとって明白な脅威であった。
もしも和泉が達也にも気づかれることなく深雪を害する手段を持っていたら。そんなことはできないと信じたいが、昨日から和泉は悉く達也を越えてきている。
「変装用の魔法か? 随分と珍しいな?」
少しだけネタ晴らしをしたのは、そのことに対する意趣返しだ。
「ほう、私が姿を変えていたのに気付いていたのか?」
「まあな。それよりどうして変装をして会長の後をつけていたんだ?」
「無論、弱みを握って脅すためだよ」
「普通、本人を目の前にしてそういうこと言うか?」
あきれ果てた様子で言ったのはレオである。
「達也くん、彼女、何とかしてよ」
一方、堂々とストーキングしていると宣言された真由美は演技でなく困った様子で達也に助けを求めてきた。
「残念ながら、俺の手には余ります」
嘘偽りではなく、面倒だからという訳でもなく、本当にこの暴れ馬の手綱を握るというのは達也にしても荷が重い。
「ところで、皆はどうする?」
「せっかくですけど、あたしたちはご遠慮します」
キッパリと拒絶をしたのはエリカだったが、美月もレオも同意見とばかりに頷いていた。どうもエリカだけは他に何かがありそうだったが、残りの二人に関しては、まず間違いなく巻き込まれるのを嫌がったのだと分かった。
好奇心旺盛に見えるレオにあれだけの拒否反応をさせるあたり、さすがは和泉というべきだろう。和泉につけていたマイナス値の評価を更に上積みしておくことにする。
「じゃあ、深雪さんたちだけでも! お願い、二人きりにしないで!」
エリカたちに断られた真由美の勧誘対象は深雪に絞られた。しかも、いつの間にか生徒会への勧誘から、共に和泉に対処する仲間の勧誘に代わっている気がする。もっとも気持ちは分かるので発言は控えた。
「いいですか、お兄様?」
気の毒になってきたのだろう。深雪は達也に許可を求めてきた。
「……分かりました。深雪と二人でお邪魔させていただきます」
「おや、冷たいな達也は。同じクラスの仲間だというのに、私のことは一緒に連れて行ってくれないのかい?」
「……深雪と二人でお邪魔させていただきます」
「……達也、私も感情がない訳じゃないんだよ。あまり無視をされると私だって悲しくなる。何なら、今ここで泣いてやろうか?」
泣いてやろうか、と聞いてくる時点で嘘泣きは確定的だが、嘘でも面倒なのは変わりない。
「分かった。昼になったら、二人で深雪の所に行こう」
「ああ、そうしよう」
「じゃあ、とりあえず生徒会室でお待ちしてますね」
前向きに見える発言であるが、真由美の心を占めているのが諦めの感情であることは想像に難くない。ともかく、真由美がそう答えたことで一旦は解散となった。
しかし、いち早く校舎に歩き出した和泉に比べ、残り六人の足取りは異常に重かった。