九校戦も中盤に差し掛かり、司波達也は翌日に出場する選手のCADの最終調整を行っていた。一条将輝が作業車を訪ねてきたのは、その作業も終わりに差し掛かる頃だった。
「こんな時間にすまん。今、ちょっといいか?」
「俺たちにとってはそれ程遅くもないし、少しくらいなら構わない」
達也はそう言って将輝と共に作業車の明かりの届かない所へ移動する。
「それで? お前が俺の所に来る用事は、スティープルチェースの件しか思いつかないが」
「ああ、そのとおりだ。どうも、思っていたより焦臭いぞ」
「結局、調べたんだな」
「ああ、一応はな」
達也は和泉のことを一定の範囲では信頼している。けれど、将輝にとっては全く知らない相手だ。簡単に信用はできなくとも無理はない。
「それで、何が分かった?」
「まだ分かったと言えるほどじゃない。ただ、国防軍の強硬派が噛んでいるようだ」
「強硬派?」
「ああ、すまん。国防軍内の対大亜連合強硬派のことだ」
「それが九校戦の裏で暗躍していると?」
単純に考えれば納得し易い図式だ。戦争による勝利を望む勢力が、手っ取り早く戦力を拡充する為に軍事適性の高い魔法師を選別する。
この図式ならば宮芝家が加担するのも一応は理解できる。しかし、宮芝家が望むのはあくまで国家の安寧。被害の大きくなる敵国での戦闘まで望んでいるとは思えない。もっとも、戦力は多ければ多いほどよいと考えているとすれば、実に和泉らしい。そうであれば、少なくとも短期的には利害が一致する。
しかし、九島家、否、九島烈と強硬派は、結び付けて考えるのが難しい組合せだった。九島烈は魔法師を兵器として使用することを嫌っていると達也は考えていた。あくまで伝聞だが信頼性は高い。藤林から聞いただけなら身内を贔屓しているとも考えらえるが、十師族体制に対して否定的な国防軍の風間も同じことを言っていたからだ。
国防軍強硬派、宮芝家、九島烈、この三者は、類似点はあるとはいえ、最終目的を同じくすることはない。それはお互いに理解しているはず。それなのに、どうやって結びついて、そのまま行動を続けているのか。そこまで考えて、達也は今回のスティープルチェースで投入されると思われるパラサイドールという兵器の実用化は、三者の目的と矛盾しないことに気が付いた。
パラサイドールというのはパラサイトを使った自立兵器のはず。それにより、強硬派は戦争に必要な兵力を、宮芝は国家の安全に必要な戦力を、九島は魔法師の兵器化の必要性の低下という結果を得ることができる。三者の利害は一致した。
問題は、今回のパラサイドールのテストが、どの程度までを想定されているのかだ。それにより競技者の、ひいては深雪の危険度が変わってくる。
和泉は達也に調査の必要はないと言った。そして、その言葉を達也と深雪が四葉の関係者と知ってからも撤回しなかった。つまり、危険性はないと考えているということだ。
達也は別のルートからパラサイドールに暴走させる術式が仕込まれている可能性を示唆されていたが、そちらは気にする必要はないだろう。こと古式の術式に関して、宮芝が遅れをとるとは考えにくい。ならば、今回は静観していればいいのだろうか。
「酒井大佐は、俺たち魔法科高生が防衛大を経由せず直接国防軍に志願することを望んでいるようだ」
達也が考えている間に、将輝は自分の調べたことの披露を続けていた。
「……良く、酒井大佐の名前まで分かったな」
「酒井大佐は、親父の昔の知り合いなんだ……」
「一条、まさかとは思うが」
「それは違うぞ! 司波、誤解するな!」
あえて思わせぶりに水を向けてみれば、予想通り将輝は狼狽を露わに否定する。達也としても、否定してくれて一安心というところだ。ただでさえ複雑なところに、更に十師族の一条まで追加されれば、思惑の違いが思わぬところで顕在化して誰も予想しない方向に事態が転びかねない。
「知り合いだったのは昔のことで、昨日親父と話した時も『反乱なんてバカな真似をしなければ良いが』と悩んではいたが『最早他人だからどうしようも無い』と仕切りと頭を振っていたくらいだ」
「反乱?」
思いもよらぬ言葉に、達也は思わず聞き返す。
「いや、酒井大佐のグループに反乱の疑いがあるとかそういうことじゃない。俺自身が詳しく知っているわけじゃないが、『そのうち反乱でも起こすんじゃないか』と噂されている程度だ」
「根拠は無いということか」
「あ、ああ」
「だが噂にはなっている?」
「そうらしい」
そう言われて、達也は考え込む。宮芝が裏切り者に厳しいのは達也も知っている。では、反乱は裏切りに値するのか。
四葉家からの情報によると、これまで宮芝家は国内の権力争いと一線を画してきた。だからこそ、宮芝は六百年以上の長きに渡り、国を守るという役割を担い続けることができた。そこから考えると、反乱を企図していると噂があるような相手に肩入れするような真似をするとは考えにくい。
一方で宮芝は、これまでも国にとって不利益になると考えれば、相手を抹殺するような行動が見られた。では、酒井大佐は、国に不利益をもたらす者か。
達也の感覚からすれば、大亜連合への宣戦布告は日本にとって不利益が大きい。ただでさえ日本の純粋な戦力は大国には及ばない。大亜連合の力が落ちている今を好機に戦争を仕掛けて勝利したとして、結果的に大国との差が開いてしまえば、肝心の国防を果たすことが難しくなる可能性が高い。
あるいは宮芝が酒井大佐のグループを排除する方針をもっていたとすればどうか。その場合に宮芝が考えるのは新兵器の開発と魔法師たちの育成。それは、スティープルチェースへのパラサイドール投入に反しない。
「大佐のグループも反乱など企んではいまい。何か企んでいるとすれば、若い魔法師を大勢集めて自分の派閥へ取り込み、大亜連合に攻め込もうと考えるくらいだろう」
「それだけで十分穏やかならざる話だが……礼を言う。参考になった」
そのような過激な行動は宮芝が好む内容ではない。宮芝が強硬派を切るつもりだという達也の考えは間違いなかろう。
「べ、別に、お前の為に調べたのではないから礼には及ばん。とにかくそういう訳だから競技中に手を出してくるということは無いだろう。手を出してくるのは大会が終わってからだろうな。閉会パーティか、個別に接触してくるのか……詳しいことが分かったら連絡する」
「助かる」
達也は必要以上にせかせかと立ち去る将輝を短い謝辞で見送った。達也は将輝の推測が間違っている可能性が高いことを知っていたが、宮芝とパラサイドールの件に巻き込むつもりはない。
少なくとも宮芝が動いている以上は、今後の話は和泉と個別に詰めていけばいいことだ。宮芝は国にとっての不利益となることは絶対に容認しない。あとは国にとっては利益となるが、個人にとっては不利益というケースに対して、達也とその身内が不利益を受ける側に回らなければ、それでいい。
「警戒すべきは大きな挫折を味合わせて、その隙をついて宮芝に取り込むということを抑えさせることくらいか」
それは、宮芝が魔法科高生を取り込むために何度も用いてきた手法だ。それによる宮芝の強化は、短期的な不利益ではないが、長期的に見れば好ましくない。
宮芝は国にとっての味方であり、四葉と達也の味方ではない。袂を分かつことも、ないとはいいきれない。そんな宮芝があまりに強大になりすぎるのは好ましくない。
とはいえ、それらは今すぐに対応に取り掛かれる案件ではない。今晩のところは宮芝のこともパラサイドールのことも取りあえず頭から追い出して、深雪や友人たちとのお茶会でリラックスしよう。
達也は自分に対して、そう命じた。
百話記念、というにはなんて事のない内容。
せめて、あと一話後であれば……。