九校戦の後夜祭の夜、九島烈は九鬼家、九頭見家の前当主、今なお烈に従う「九」の一族に囲まれて、笑顔で杯を傾けていた。
「皆の者、今回もご苦労だった」
酒がある程度進んだところで、烈は労いの言葉を紡ぎ始めた。
「宮芝により改良されたパラサイトドールの実験は魔法の軍事利用を考えている者には強い印象を残したことだろう」
一座から賛同を示す拍手が起こる。
「若い魔法師の徴用を企んでいた者たちは、明日にでも失脚する。伝統派を巻き込んでな。そちらも大きな成果だったと言えよう」
「明日ではありませんな」
しかし、唐突に差し挟まれたその声は、扉の向こうから聞こえた。
「誰だ!」
末座の者が立ち上がり扉を開ける。
「風間君……それに佐伯閣下」
佐伯は今年で五十九歳になる女性将官。国防軍内における十師族批判の最右翼として知られている、参謀畑を歩んできた才女だ。
「お久しぶりですわね、九島閣下」
意外な人物の突然の来訪に、一座の者は声を無くしている。
「どうしたのかね、急に。この集まりは私的なものだ。残念ながら、満足におもてなしもできないが」
「不意の訪問であることは重々承知しておりますわ。手土産を受け取っていただけましたらすぐに退散致します」
「手土産?」
佐伯が右手を上げた。それと同時に小柄な少女が部屋に入ってきた。
「和泉守様……」
「久しぶり、というほどでもないから、挨拶は省略でよいかな、九島よ」
久しぶりどころか、和泉守と最後に会ったのは今朝のことだ。
「さて、私からの手土産はこれだよ」
『……自分は国防陸軍総司令部所属。酒井大佐であります。自分は九島家当主、九島真言殿と談合し、九校戦を舞台に自律魔法兵器の実験を推進しました……』
烈を除く一座の全員が、音を立てて立ち上がった。
「確か、木霊、でしたか?」
「その通りだよ」
木霊は録音と再生を行うという、今では機械でいくらでも代用可能な魔法だ。その木霊によって再生された音声は、酒井が九島家と結託して高校生を実験相手に兵器のテストを強行したことの告白であり懺悔だった。
「……酒井大佐は君たちの手に落ちたか」
「大佐を捕まえたのは私たちだけではありませんけどね」
「……よければ教えてくれないかね」
「君の弟子だよ」
和泉守の言葉に、立ち上がったまま固まっていた者たちが、一斉に息を呑んだ。
「やはり四葉は、一族に手を出す者を決して許さないのだな」
「しかし、それならば和泉守様も同罪ではありませんか?」
「同罪? 勘違いしてもらっては困るな。私が気づいたときには君たちは勝手にこの計画を進めていた。私は単に、計画を遂行されても魔法科高生に被害が出ないよう安全度を高めただけだよ」
九鬼家の当主の言葉にも、和泉守は悠然と構えたままだ。確かに宮芝はパラサイトドールにより強固な忠誠術式を施し、トラップの難易度の低下や監視員を付ける等の競技の安全度を高める方向に修正を行っただけ。九校戦の競技内容の決定にも、パラサイトドールの投入の決定にも一切、関わっていない。けれど、魔法科高生を相手にテストすることに反対しなかったのも事実。和泉守の発言は詭弁というものではないだろうか。
「閣下は少し思い違いをされているようです」
「どういうことだね」
「四葉殿は本データを公開するつもりはありません」
訝しさに、思わず眉を顰めた。四葉と佐伯の真意が理解できない。
「四葉殿の目的は酒井グループ、俗に言う大亜連合強硬派の粛清です」
「なるほど、それで君は私たちをどうするつもりかね」
「九島閣下、国防軍は魔法師に兵器になることを最早強要しません」
「それは和泉守様のお考えとは違うのではありませんか?」
「その通りだよ、九島。けれど、私は誰も彼も兵器にしてしまえと言うつもりはない。軍務に就く魔法師を増やすのは必要なことだ。しかし、何事にも適正な範囲というものがあろう。それに、魔法師を兵器として扱うということは、一般の兵と魔法兵の間に意識の差異を産むことになりかねない。我らが最も恐れるのは国防が他人事になってしまうこと。九島、君の歩こうとする道は、我らの目指す道とは異なる」
魔法師を兵器とすることは賛成するくせに、魔法師を兵器と他の者が認識することは忌避感を示す。なるほど、この少女は大いに歪んでいる。
「私が何よりも許せぬのは、君の馬鹿息子が大亜連合の息のかかった者に乗せられそうになったということだ」
「それは和泉守様がそうしろと命じられたからでは?」
「私が介入しなければ、其方らは断っていたか?」
そう言われてしまうと弱い。あのときの九島は確かに大亜の道士の力を欲していた。真言は危険性を認識しながらも道士を受け入れてしまっただろう。
「ともかく魔法師が、自分の意志に反して、戦場に駆り立てられることはありません。お孫さんも」
佐伯の考えは分かった。いまひとつ分からないのは和泉守の意図だ。
「和泉守様は……私に隠居しろと言いに来られたのですか?」
「その通りだ。九島よ。お前は老いた。自分の先の人生の短さに状況を悲観して、短絡的な解決方法を導いてしまうほどにはな」
そう言われれば、そうかもしれない。烈は自分の先がそう長くないことを自覚していた。だからこそ、自分のいるうちに孫たちをなんとかしてやりたいと思ってしまった。
「和泉守様、いくら何でも無礼では?」
「止せ」
自分が従っている相手が貶されるということは、自らを貶されるも同じだ。さすがに苦言を呈しようとした九鬼家の前当主を、烈が手振りを伴ってなだめた。
「未熟な魔法師で、魔法兵器の実験を行う。どう言い繕っても正しい運用とは言えません」
佐伯の横から風間が口を挿む。その声にはマグマのような怒りがこもっている。
「風間、それは私にも言っているのか?」
機嫌を損ねたように和泉守が言う。
「私の考えは、先に言った通りです」
対する風間も一歩も引かず、二人の間にひりついた空気が流れる。高校生を魔法兵器の実験に使うこと自体を忌避する風間と、余計な怪我人が出ない範囲でならば許容する和泉守。今回は手を取り合ったようだが、二人の考え方は全く違う。
「風間少佐、控えなさい」
「ハッ、失礼しました!」
今度は佐伯が風間をたしなめる。今回は引いた風間だが、いずれは和泉守とひと悶着があるかもしれない。
佐伯は烈の目を正面から見詰めた。
「軍の魔法師の権利は、現役の私たちにお任せください。九島閣下がご懸念のような真似はさせません」
「それは、この先にどのような戦乱の時代が待ち受けていようとも、かね?」
「そのような時代になったとしても、我々は最後まで良識を守ることができるよう、全力を尽くします」
「そうか」
こうまで断言してくれたのだ。佐伯は自分の考えを実現させる自信があるのだろう。頼もしい後進の言葉に、肩を落としながらも、何処か晴れやかな気持ちで烈は答えた。