古都内乱編 姿を消した周公瑾
西暦二〇九六年九月二十九日。宮芝和泉守治夏は司波深雪の生徒会長就任祝いの会場となっている喫茶店、アイネブリーゼにいた。
治夏の周囲ではきな臭い話が多い。目下の重要案件は、横浜の周公瑾だ。周は追討に動いた黒羽家の包囲網を突破して脱出後、海路西に向かい、太平洋に逃れようとしたが、阻止された。その後は伊勢に上陸し、北上して琵琶湖大橋と京都三千院で戦闘が確認されたのを最後に足取りは途絶えている。
とはいえ、足取りが途絶えたといっても現在地は知れているようなもの。まず間違いなく最後に戦闘が確認された地である京都に潜伏中だろう。
京都周辺は伝統派の力が強い所だ。一方の宮芝家は関東に移ってから早二百年以上が経過しており、更には九島家を始めとした「九」の各家との研究でも利益を得た側であることもあって伝統派とは対立関係にある。
よって今のところは宮芝もあまり派手には動けないでいる。ともかく次の予定としては十月六日だ。その日は、九島烈と司波達也との面談が行われる予定となっていて、治夏もそれに同席するつもりだ。
と、そんなふうに時折、仕事のことを考えながらではあったが、今日のところは高校の関係者との歓談を楽しむつもりだった。それもこれも、捕らえたパラサイトの本体を定着させたパラサイト関本の他に培養したパラサイトを用いた真の量産型関本の開発が進み、宮芝の戦力強化の目途が立ったためだ。
「それでは、深雪の生徒会長就任を祝って、乾杯!」
エリカの音頭によりソフトドリンクのグラスが高々と掲げられる。今日の参加メンバーは達也、深雪、レオ、美月、吉田、ほのか、雫に桜井水波、七草泉美と香澄の姉妹に治夏という十一名だ。
「まっ、順当といえば順当だけどね」
「当然です! 深雪先輩以外に一高の生徒会長は考えられません! 当校を代表するに相応しい実力! 才能! 美貌! 立ち居振る舞いの美しさ! この結果はまさに天の思し召しです!」
「そ、そうかしら?」
七草泉美が深雪に憧れていることは何となく知っていた。しかし、これほどだとは思わなかった。
すっかり腰が引けた深雪と双子の妹の狂態にさじを投げている感じの香澄の姿が面白い。人間の生の感情というのは、精神制御を得意とする宮芝の人間には大好物なのだ。
「深雪、役員は決めたの?」
「副会長は泉美ちゃんにお願いしようと思っているわ」
七草泉美が悲鳴と大差ない歓声を上げ、さすがに恥ずかしかったのかそれまで関わる姿勢を見せていなかった香澄がその口を塞いでいる。
「他の役員はまだ決めかねているの。ほのかにも手伝って欲しいと思っているのだけど」
そう言った深雪だが、その目は達也の方を向いている。
「遠慮することはないだろう。達也も役員にしてしまえばいい」
提案した治夏に対し、深雪は曖昧な笑顔をもって答えとした。
「そういえば、以前は和泉も生徒会長に立候補するとか言ってなかったか?」
治夏にそう言って聞いてきたのは達也だ。
「それは、私がまだ現代魔法の研究で十分な成果を得られていなかった頃の話だろう。今となっては無意味に時間を取られる生徒会長になど魅力はないよ」
「どこまでもビジネスライクということか……」
そうは言われても、治夏にとっては宮芝の利益が何よりも重要だ。宮芝の利益になるなら生徒会長でも目指すし、逆に利益が薄いと感じれば興味もなくなる。
「ときに達也」
そう言って治夏は達也を隅へと誘った。
「黒羽家は周公瑾を取り逃がしたようだな」
「耳が早いな。どうやってそれを知った?」
「方法については明かせないが、周公瑾については我々も監視をしていたのでな」
実際に宮芝が取ったのは隠密術式が得意な者が視力強化と双眼鏡で目視監視するという古典的な方法だ。精霊を感知できる古式の術者の場合、術を用いない方がよいという判断によるものだ。よって手法を明かしたところで格別な不利益はないのだが、逆にわざわざ手の内を明かしてやる必要もない。
「そして、その件について達也は九島家の力を借りることにしたのだな」
「どこからそれを……と考えるまでもなかったな。今度は九島家からか」
「その通りだよ。九島家は今、我らの監視下にあるからな」
「この間の九校戦の後から、ということか」
九校戦のスティープルチェース・クロスカントリーの裏について、ある程度は知っている達也はそれだけでよく理解してくれた。
「ところで君と九島との会談というのは、君個人としてか、それとも四葉としてか?」
「どちらも、だな」
「なるほどね」
一応は個人として会談を行うが、達也が四葉の関係者である以上、四葉家を代表してという側面を廃することはできないという意味だと、治夏は理解した。
「ときに周公瑾を取り逃がしたという黒羽家の実力はいかほどのものなのかな」
「詳しいことは分からないが、精鋭揃いだとは聞いているな」
「ならば、実力不足で取り逃がしたというわけではないということだな」
横浜で周と対峙したことのある郷田飛騨守も油断のならない相手だと感じたと報告をしてきている。周は個人戦の技能も高いと考えておいた方がいいだろう。
「和泉がここまで質問をしてくるのは珍しいな。もしかして、手を貸してくれるのか?」
「もしかしなくとも、手を貸すつもりでいる」
そう言うと、達也は目を見張ってみせた。
「驚いたな、どういう風の吹き回しだ?」
「別に驚くほどのことではないだろう? 周公瑾は間違いなく日本の敵だ。それを排除するためなら、私はよほどの敵とでない限りは誰とでも手を結ぶつもりだよ」
「なるほどな、理解した。だが、その考えだと伝統派はどうなる?」
「愚問だね、情勢の見えていない馬鹿どもだ」
伝統派と「九」の各家の対立の理由は、旧第九研に参加して自らの魔法を提供したにも関わらず、望んだ成果を与えられなかったというもの。けれど、同じように旧第九研に参加した側でも宮芝は十分な利益を得ている。
宮芝は得られる利益と、それに費やせる対価を厳格に計算した上で情報を提供する。だが、他の古式の魔法師たちは飛躍が予想される現代魔法に対する危機意識からか、無警戒に情報を出し過ぎた。それが宮芝との最大の違いだ。
ちなみに宮芝は情報を出し過ぎだと思っていたにも関わらず伝統派を諫めず、逆に垂れ流される秘術を喜々として自分たちの魔法に取り込んでいった。そして、それが宮芝と伝統派の対立の始まりとなった。しかし、宮芝である治夏からすれば、助ける義務など全くない相手に助けてくれなかったと非難するなどお門違いも甚だしいと言わざるをえない。
生き残りたくば、生き残るために知恵を絞ってほしいものだ。自らの浅はかさを他人のせいにしてもらっては困る。
閑話休題。
結局、伝統派というのは「九」の各家に対して嫌がらせをすることを目的として集った古式魔法師たちに過ぎない。その目的には何の生産性もなく、はっきり言って存在自体が害悪である。
「分かった。それならば、宮芝とも手を組める余地はあると思う」
達也としては現代魔法師である九島と古式魔法師である伝統派のどちらに宮芝が付くか、今ひとつ確信が持てなかったのだろう。治夏の辛辣な言いように安堵した様子を見せた。
「しかし、宮芝も九島と対立したり共闘したりと忙しいな」
「全くだね」
九校戦においては若干、嵌めるような形になった九島と共闘しようとしているのだから、情勢というのは難しいものだ。もっとも、どのような情勢となろうとも、宮芝のやることは変わらない。
この国を守る。そのことは二度と忘れないと心に誓いつつ、治夏は達也から離れ、束の間の休息を楽しんだ。