十月六日、司波達也は奈良行きのリニア列車に乗って九島家のある生駒を目指していた。同乗者は深雪と水波、そして和泉だ。どうせ同じ目的地であるということ、四葉家と関係があることは知られているので不利益は少ないことから同乗を認めたのだ。しかし、達也は早くもその決断を後悔し始めていた。
「やっぱり大室屋かな?」
「そうですね。私も行ってみたいです。水波ちゃんはどうですか?」
「はい、私も行ってみたいなと思っていました」
女三人寄れば姦しいと言うが、今の状態は正にそれだった。奈良の名物料理のサイトを見ながら盛り上がる三人を横目に、ただ一人の男である達也としては、いかにほとんどが身内といっても、居心地が悪いことこの上ない。
「達也様、紅茶のお代わりはいかがですか?」
「ああ、もらおうか」
達也たちが四葉の関係者と知られている時点で、水波が従妹という設定の信憑性は皆無になっている。そのため、この個室内では水波は達也たちのことを様付けで呼び、世話を焼くことができている。そのこともあり、最初は少し緊張した様子を見せていた水波が、今は生き生きとしている。
水波が和泉と馴染めたと考えると、悪いことばかりではなかった。けれども、次はやはり和泉は抜きとしよう。そんなことを考えながら、生駒山東山麓の九島家に向かう。
「ようこそ起こしくださいました、和泉守様」
門前で待っていたのは、使用人ではなく藤林響子だった。
「出迎え、ご苦労」
「ありがとうございます。それでは、ご案内いたします」
九島家の門から玄関までの道は、高さ二メートル以上の生け垣で作られた迷路になっていた。それも、ただの迷路ではなく魔法的なパターンを持つものだ。
門の外から見れば、豪華ではあるがそれ以上の異常は無い三階建ての洋風建築。
だが一歩門の中に入れば、招かれざる客を拒む絡繰り屋敷。あるいは城塞建築が本格化する前に見られた軍事的な意味を兼ねる領主の館。
「少し、仕掛けが古いのではないか?」
しかし、その九島家を和泉はそう評した。
「古い、ですか?」
「そうだな。仕掛け自体というより仕掛けの設計思想という方が正しいかな。古い術式を新しい術式には置き換えても、それに伴っての仕掛け自体の全面的な見直しはしていないのではないか?」
「私には詳しいことは分かりません。ですが、祖父には伝えさせていただきます」
「それがいいだろう。もっとも、今のご時世に大層な労力を割いて術式の全面更改を行う必要があるかという問題はあるがね」
「それは伝統派の危険度が小さくなっているということですか?」
聞いたのは、それまで黙っていた深雪だ。
「いいえ、そもそもここは伝統派の襲撃に備えて作ったものじゃないのよ。この屋敷ができた時から、旧第九研の研究成果を取り入れながら少しずつ守りを調えていったの。ここに屋敷を構えることは、当時の政府の決定事項なのよ」
「ちなみにその理由は分かるかな?」
「大阪の監視と聞いています」
口を挿んできた和泉は深雪を意識していたが、明確に回答者を指名しなかった。だから、達也は遠慮なく回答を口にした。
「少しでも深雪が困るとすぐに助け舟か。ここまで兄馬鹿となると、重傷だな」
深雪の困り顔が見られると思ったのに、などと和泉は呟いていたが、達也の回答としては、そのような趣味に妹を巻き込むな、の一択だ。
「お兄様、大阪の何を監視するのでしょうか?」
達也の知識は一般的なものではない。達也に質問した深雪に、今度は藤林が答える。
「大阪は国際商業都市という性質上、外国人の行き来に寛容で居住も容易です。どうしても監視の目から漏れる工作員が出てきますし、何か事件が起こった際、後手に回り易いのです」
「それに対処する為ですか?」
「ええ。魔法工作員の暗躍は政治家にとって最も質の悪い悪夢の一つですので。九島家は旧第九研最高の成功例として、外国人魔法師工作員の跳梁を抑えるという任務が与えられたんですよ」
藤林の説明に一応納得した素振りを深雪は見せた。だがまだ疑問が残っているような印象だった。
「深雪さん、遠慮はいらないんですよ」
「ありがとうございます。大したことではないと思うのですが……大阪に潜入した工作員の監視が任務なら大阪に、少なくとも生駒山の東ではなく西側に拠点を設けるべきではないかと思いまして」
「それは少しばかり危うい。そう見られていたということだよ」
言葉に詰まった藤林に代わり、回答を口にしたのは和泉だった。
「危うい、ですか?」
「木乃伊取りが木乃伊になっては詰まらなかろう?」
「裏切る、ということですか!?」
「多くの古式がいる京の地にて九島は新参も新参。最初から信用をされようという方が間違っている」
迷路が途切れ、玄関が見えた。当時の政治家と古式魔法師たちが九島をどう見ていたかについての話題は、掘り下げられることなく中断された。四人はそのまま応接室で九島烈との会談に臨む。
「本日はご足労いただき、誠にありがとうございます」
日本魔法師界の長老が十代ばかりの面々に頭を下げているのを、達也は妙な心持ちで見つめていた。
「君たちの用向きは周公瑾の捕縛。これは四葉殿より下された任務で、和泉守様もそれに助力くださっているということでよろしいかな?」
「そうです」
四葉家当主からの直命であるという部分を認めるかは少し迷ったが、十師族への協力依頼という時点で、かなり上位の者の指示であることは知れる。ここは素直に頷いておいた。
「四葉殿が誰の依頼で動いているのか、それは知っているのかな?」
「いえ。存じませんし、知る必要も無いと考えています」
「四葉の駒であることに甘んじると?」
「知らないことにしておくべきだと分かっているからです」
「二人とも、そこまでにしておくべきではないか? 話の裏はこの際、どうでもいい。九島はこの件を受けるか拒むか、如何する?」
そこで和泉が割って入ってきた。そうして九島烈に回答を強要する。
「十師族は師族会議で定めたルールに縛られています。その一つに十師族は非常事態を除いて、師族会議を通さず共謀、協調してはならないという決まりがある」
「そのようだな」
「九島家としては、四葉家の協力依頼を受けることはできません。だからこの件は、私が九島烈個人として、司波達也君個人の要請を受けようと思います」
回りくどい言い方ながら、とりあえず九島家の協力は得られたと思ってよいだろう。目的を果たした達也は、必要以上の長話をせず、九島烈の前を辞した。
「和泉守様はこの後、祖父が歓待の場を用意させていただいております」
「そうか、それでは招かれるとしよう」
「達也くんたちは別に食事の席を設けさせてもらいたいと思うのだけど、どうかしら?」
これは和泉に比べて軽んじられているというより、気軽な食事の方が達也たちも気楽だろうという気配りだろう。十師族の長老と宮芝家の当主の晩餐への同席など御免蒙るので、達也としてもありがたい申し出だった。
九島邸に複数ある食堂の内、親たちに連れてこられた未成年同士が親睦を深める為の一室に案内された三人は、料理が運ばれてくる前の談笑の最中、軽く響いたノックの音に各々ドアへ目を向けた。
「失礼します。あの、お祖父様が皆様とご一緒させていただきなさいと……」
現れたのは達也たちと同年代の少年。
その麗しい顔は人間離れしており、達也も瞠目せずにいられないほどの美貌だった。
「九島家当主、九島真言の末子、第二高校一年、九島光宣です。司波達也さん、司波深雪さん、桜井水波さん、お会いできて光栄です」
そして、その光宣に翌日、奈良の伝統派主要拠点を案内してもらえることになったことを成果に、この日の九島家の会談は終了した。