魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

106 / 198
古都内乱編 河辺の死闘(前)

西暦二〇九六年十月十一日木曜日の夜、京都市内某所。

 

空はどんより曇って今にも雨が降り出しそうな漆黒の夜空。

 

昼間は人々の憩いの場となっている公園も、真夜中ともなれば人気はほとんど無くなる。

 

そんな公園の一角に、森崎駿は身を潜めていた。森崎の視線の先には七草家の長女、真由美のボディーガードと言われている名倉三郎がいた。

 

「名倉様。お待たせいたしましたか?」

 

川辺に立っていた名倉に、上流側から歩いてきた周公瑾が声を掛けた。遮音の魔法の応用、集音の魔法で森崎はその言葉を聞いている。

 

「いえ、時間通りですよ、周さん」

 

名倉と周はお互いが手を伸ばしてもちょうど届かない距離で向かい合った。

 

「隠岐守様、閉鎖結界の準備をお願いします」

 

名倉と周が話をしているうちに宮芝の結界術士たちが逃亡を防ぐ術式を展開する。森崎たち強襲部隊が突入するのは、その後だ。

 

「周さん、九島が四葉と手を組んだのをご存知ですか」

 

「私も随分出世したものです。現在の世界最強に率いられた四葉だけではなく、かつての世界『最巧』をいただく九島にまで狙われることになるとは」

 

そう言って周公瑾は楽しそうに笑っている。

 

「閉鎖結界は準備完了です」

 

「遮音結界と遮光結界は?」

 

「遮音結界があと少し、遮光結界までは今しばらく、といったところですな」

 

「まだ彼らは衝突していません。放っておいても問題はないでしょう」

 

二人が顔を合わせた瞬間に激突することも想定していたが、彼らはどちらかといえば語るのが好きなタイプなのだろう。

 

「正直に申しましょう。周さんが四葉の手に落ちるのは、七草として許容できません。だから私が、決して四葉の手が届かぬ所へお連れいたします」

 

「ほう……その場所の名はもしかして」

 

周がさりげない仕草で懐へ手を入れた。

 

対する名倉の手にも携帯端末タイプのCADが握られている。

 

「冥土というのではないでしょうね!」

 

「いいえ、その場所の名は地獄です!」

 

二人は同時に地面を蹴って互いに距離を取った。周は懐から令牌を取り出し、名倉はCADから起動式を展開する。

 

周の令牌から全身黒一色の犬を模した化成体が飛び出した。黒い犬は一旦地面を跳ねて、一直線に名倉の喉笛に飛び掛かる。その陰の身体を下から、十数本の透明な針が貫く。その攻防を見ていた後方の支援部隊員が、急ぎ術式の解析を始める。

 

「水の針、ですか……」

 

「そちらは影を媒体に獣の化成体を作り出す魔法ですな」

 

会話を交わしている間にも周の手に持つ牌は新たな影獣を吐き出し、名倉はそれを水の針で迎撃している。

 

周の作り出す幻影の獣が一瞬、途切れたのを見て今度は名倉が攻勢に出る。暗闇で人の目では視認できない水針を、周に向かって次々に飛ばした。しかし、周はサイドステップを踏むことで軽々と躱している。

 

およそ人間が筋力のみで出せるスピードではない。大陸の古式魔法師が使用する自己加速術式と似た効果を持つ術によるものだろう。

 

速いには速い。けれど、森崎が普段の訓練で対峙している呂剛虎には遠く及ばない。

 

直射は躱されると判断したか、名倉は針を雨のようにして広範に降り注がせる。それを見た周は胸ポケットからハンカチを引き抜いた。

 

白いハンカチは周の前身を覆い隠すサイズに広がって水針のシャワーを防いだ。古式は防御魔法を苦手としている。あれだけの魔法が使えるとは、やはり周は油断がならない。

 

布を下ろして顔を見せた周が、一匹の影獣を放つ。名倉はそれをギリギリのところで撃ち落としていた。

 

ここまでの戦いは互角。しかし、この戦いは周が勝つだろう。周にはまだ隠し玉がある。そう確信できるのは、古式はレベルが上になればなるほど、芸達者になるのを森崎は経験で知っていたためだ。

 

白い布を構えていた周の次の一手は、意表を突く令牌の投擲だった。名倉は円を描く軌道に乗せて水針を周へ飛ばす。しかし、それより先に空中の令牌から影獣が飛び出してくる。名倉は新たな魔法を組み上げてそれを迎え撃った。

 

周の姿を隠していた白い布が地面に落ちるが、その向こうに周公瑾の姿は無い。水針を受けた影獣が影になって夜に溶け、孤を描いた水針の群れが虚しく宙を貫く。

 

一瞬の静寂のあと、川面に落ちた令牌が黒い影を吐き出した。水飛沫を上げて飛び出した顎から、跳躍の術式を発動した名倉が間一髪で逃れた。

 

岸に着地した名倉が次の攻撃に備えて体勢を立て直す。川を挟んだ闇の中へと名倉は目を凝らしている。

 

もはや名倉は敵の術中。さて、そろそろ出番だろう。

 

「闇鍋」

 

闇の中に言葉が響き、背中から聞こえた轟音に名倉が振り返る。名倉の背に出現しているのは巨大な黒い鍋。黒い鍋は名倉を背後から強襲しようとした黒犬の角を防ぐために、郷田飛騨守が放った魔法だ。

 

「なかなかに見事な鬼門遁甲であるな、周公瑾」

 

「貴方は……確か宮芝家の郷田飛騨守殿でしたかな」

 

周の質問への郷田の回答は魔法攻撃だった。敵に対して語る言葉は持たず。さすがに郷田の行動は宮芝の術士らしいものだ。

 

周の足元の水が渦を巻く。その渦に捕らわれる前に周は跳躍で逃れようとした。

 

「網天井」

 

しかし、その先にあるのは魔法で作られた網。周は空中で更に跳躍の方向を変えるというアクロバティックな動きでその罠から逃れようとした。

 

「雷三槍」

 

「蔓切旋風」

 

しかし、逃れた先に立て続けに魔法攻撃が行われる。支援役の術士たちの攻撃の間を突いて森崎も戦場へと突入した。

 

まずは両手に持った特化型のCADから細雨の魔法と水槍の魔法を放つ。細雨は細かい水の弾を多数放つ魔法で、逆に水槍は一発の強力な弾を放つ魔法だ。どちらも古式を元にした現代魔法なので森崎でも問題なく使用可能だ。

 

「現代魔法師もいるのですか!」

 

名倉と対峙していたときのように、周は白い布を盾のようにして使って森崎の魔法を避ける。続いて予備の令牌を取り出して、そこから狼のような影獣を呼び出した。

 

狼の化成体はその姿に違わぬ速さで森崎へと迫ってくる。だが、遅い。

 

森崎家は百家にも連なる家柄だ。しかし、魔法発動の速さ以外は平凡な能力に過ぎない。森崎家は以前より速さでは誰にも負けないように研鑽してきた。その自信は宮芝和泉守と出会って粉々に砕かれたが、それでも速さが森崎の武器であることには変わりはない。

 

標的を見据え、左手の拳銃型の特化型CADの引き金にかけた指に力を込める。打ち出された水の弾丸は狼の影獣を貫いて影へと返す。影獣が本当に力を失っていることを、目視確認しつつ、視界の端の周に向けて細雨を放っておく。

 

「どういうつもりですか?」

 

周が言っているのは、郷田飛騨を始めとした宮芝の術士たちが名倉を連れて姿を消していることについてだろう。その問いに森崎は冷笑を浮かべて返す。

 

「そなたなど、小官一人で十分ということだ」

 

無論、このような言葉を無邪気に信じてはくれまい。けれど、信じてもらわずとも何の問題もない。要は何の情報も与えなければよいのだ。

 

「なら、あなたを倒すしかありませんね」

 

挑発じみた発言を聞いて逃げてくれれば都合がよかった。そうすれば結界に阻まれたところに郷田飛騨たちの魔法が撃ち込まれ、この戦いは終わっていた。さすがに、そこまで愚かではなかったようだ。

 

ならば第二の策、時間稼ぎだ。右から左から上から、次々と周の生み出した影獣が襲い掛かってくる。森崎は周から距離を取り、ひたすら影獣の迎撃に専念する。

 

「いつまで耐えられますかね!」

 

嘲笑うように周が言った直後、三方から同時に影獣が襲い掛かってくる。森崎は両手を左右に伸ばし、影獣を迎撃した。これで二体の敵は消滅した。

 

しかし、正面の影獣にCADを向けて魔法を発動させるより敵の方が僅かに早い。自らに迫る黒い獣の目に宿る暗い光を森崎は静かに見つめた。




本話は長くなったので前後編となっています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。