魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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古都内乱編 伝統派との争い

十月二十日、土曜日。

 

吉田幹比古はエリカとレオと共に、探査の術式を派手に使いながら論文コンペの会場となる新国際会議場の近隣を歩き回っていた。これは伝統派の神経を目一杯逆撫でして敵をいぶりだすためのものだ。

 

敵が仕掛けてくれば、それもよし。仕掛けてこなくとも探査式が大陸系の術者の居場所を探り出してくれる。どちらの結果がでても悪くはない。

 

会議場は外国人を逗留させることを前提としていて、ホテルはもちろんのこと広い緑化公園も近くに設けられている。宝ヶ池と言う湖まではいかないが大きな池に臨み、池の周りを緑豊かな里山が取り囲んでいる。

 

状況が変化したのは、コンペの会場を宝ヶ池の対岸から観察しているときだった。

 

背後に迫る小高い里山から押し殺した気配が漂ってきたのを、まず幹比古が、それにほとんど遅れることなくエリカとレオが察知した。

 

「来たみたいね」

 

エリカが幹比古の左隣に駆け寄り、日傘を傾け下からのぞき込むようにして囁いた。

 

「山の中からか?」

 

レオがエリカと幹比古の間に割って入るように首を突っ込んで、やはり低い声で囁く。

 

「気配は山の中にしか無いけど、敵がそこからしか出てこないとは限らないよ。襲ってくるのは人間だけじゃないかもしれないんだ。注意して」

 

幹比古は不快に感じているように装いながら振り返り、レオに注意する。

 

それからほどなく、三人に目掛けて鬼火が降り注いできた。すかさずエリカが手にしていた日傘を振り抜くと、傘の部分が抜け、柄に偽装した得物が現れる。

 

「はっ!」

 

気合一閃、銀色の細い杖、あるいは銀鞭とも言うべき武装デバイスが振るわれ、鬼火が打ち落とされる。

 

第三波まで続いた鬼火の雨が止んだ。しかしそれで襲撃が終わりであるはずもない。

 

赤や黄に色づいた葉を巻き上げて、今度は風の刃が押し寄せる。

 

「任せて」

 

ここで幹比古が前に出た。古式の術式による風の刃なら、古式の名門として幹比古は負けるわけにはいかない。

 

金属の呪符を束ねて扇にした術式補助具から、敵と同じ風の刃の術を選び取る。

 

空中に火花が散り、後から発動したにも拘わらず、幹比古の風の刃は敵の刃を全て弾き返した。

 

「うりゃあ!」

 

そのとき敵の次の攻撃に意識を向けていた幹比古の背後でレオが吼える声が聞こえた。振り返ると、レオの拳が唸りを上げて黒いセーターの男に叩きこまれるところだった。その男はレオに殴られながら、自ら後ろ向きに飛んで威力を殺して間合いの外に逃れる。

 

「忍者か、こいつら?」

 

伝統的な忍者装束とはまるで違う、現代的な、当たり前の格好。だがその右手に構える苦無を見るまでもなく、左手の巻物を見るまでもなく、その人影は忍者だった。

 

三人、五人と人影が増えていく。しかし、それに全く怯むことなく、レオは前に足を踏み出そうとしている。

 

それは勇敢な行動だった。しかし、些か思慮に欠ける行動でもあった。

 

忍者の一人が右からレオへの不意打ちを狙っている。左からは古式術者が風の刃を放とうとしている。

 

一人であれば、レオはやられていただろう。けれど、今は幹比古たちもいる。

 

右の忍者はエリカが迎撃した。左の魔法師からの風の刃は、幹比古が風の刃で相殺した。態勢を立て直すため、三人は背中合わせに固まる。

 

「レオ、心は熱く、意識は冷静に、よ。一人で戦ってるんじゃないんだからね」

 

エリカの忠告に、レオが軽い謝罪を返した。

 

「さて、と。それじゃ改めて」

 

レオがガツッと音を立てて左右の拳を打ち合わせた。

 

「側面の敵は任せなさい」

 

エリカが銀色の武装デバイスを一振りして構えを取る。

 

「援護は任せて」

 

そして、幹比古は術具を扇状に開いた。

 

忍術使いたちは八人。個々の実力では幹比古たちに及ばないようだが、数的不利はやはり厄介なものだ。

 

「さて、そろそろ参ろうか」

 

そのとき不意に場違いなほど落ち着いた声が、その場に響いた。そして次の瞬間には次々と飛来した魔法が八人の忍術使いたちに襲い掛かった。

 

ある忍術使いは飛来した炎を、口から噴いた火で迎撃しようとしていた。しかし、噴いた火は空中で反転して使用者の顔を焼くだけに終わる。そこに火球が飛来したことで、その忍術使いは一瞬で戦闘能力を奪われた。

 

また、別の忍術使いは分身の術で攻撃を躱そうと試みていた。しかし、その術も精霊魔法で解除され集中攻撃で倒された。

 

幹比古の目から見て、攻撃を行っている術者の個々の実力は、忍術使いたちよりも上だ。そして、それが忍術使いたちの倍はいる様子だ。忍術使いたちに勝ち目はない。幹比古の予想通り、手を出す暇もないまま忍術使いたちが全員、戦闘能力を奪われる。

 

とりあえず忍術使いたちを倒した者は敵ではないと思いたい。というか、どこの所属かは何となくだが分かっている。しかし、確証まではない。どうすべきか迷っていると、林の中から一人の大柄な男が歩み寄ってきた。

 

「和泉守様のご学友であられるな。某は宮芝家の郷田飛騨守である」

 

「吉田家の吉田幹比古です」

 

「では、吉田殿、挨拶の前に次の敵を片付けようか」

 

そう聞いた直後、幹比古は扇形デバイスを構えて郷田が現れたのと別の林を睨みつけた。同時に探査用の式神を放つ。

 

「見て!」

 

幹比古が術の発動を捉えたのと、エリカがそう叫んだのは同時だった。エリカの視線の先にある池の中からは、水で形作られた四匹の小さな怪物が飛び出してくる。

 

「化成体か!?」

 

「違う! 水を材料にした傀儡式鬼、一種のゴーレムだ! 実体を持っている!」

 

レオに答えを叫び返しながら、幹比古は瞬きもせず怪物たちを凝視した。

 

四匹の怪物は皆、洪水を引き起こすと言われている怪物のミニチュア版。これは明らかに、大陸の古式魔法師が放つ術だ。

 

「子供騙しだな」

 

しかし、そんな怪物たちを郷田はそう評した。そして、その言葉通りに次の瞬間には怪物たちは形を失い、水に還った。

 

「さすがは隠岐守」

 

郷田が呟いたところから考えて、大陸の術士の魔法は宮芝家の高位術士によって解除されたようだ。

 

しかし敵の攻撃は、それだけでは終わらなかった。

 

池の水が渦を巻く。最初は緩やかに、すぐにスピードを増して。

 

そして、ごうごうと音を立てて、回転する渦の中央から、泥水でできている異形の大蛇が首をもたげた。

 

「相柳!?」

 

九の人面を持つ巨蛇。洪水の悪神「共工」の直臣と言われる大陸有数の大妖怪。相柳が現れた地は水が腐り果て、実りをもたらさぬ沼地になったという。

 

九つの人面の口が、細く濁った水流を吐き出した。

 

「風壁!」

 

それを郷田は腰の刀を一閃させつつ発動させた魔法で防いでいた。弾き飛ばされた飛沫が草地に落ちると、そこにあった雑草が泡を立てて溶け始めた。

 

「腐食の呪法か。しかし、和泉守様の魔法には遠く及ばぬな」

 

呟いた郷田が刀を構える。

 

「合わせよ!」

 

そして、叫ぶと同時に刀を袈裟懸けに振り下ろした。振り下ろされる直前に、郷田の刀に増幅の魔法が四重に重ね掛けられたのを幹比古は確かに見た。他人の魔法を強化するのは非常に難易度の高い技術のはず。けれど、宮芝の術者たちはそれを難なく行っているように、幹比古の目には見えた。

 

増幅された太刀風が相柳に向かって飛んでいく。相柳が飛来する魔法に耐えようと体の前面に魔法力を集めようとしている。

 

「脇が甘いぞ」

 

郷田が笑う。そこで幹比古は、相柳の懸命の防御を嘲笑うかのように横手から同質の魔法が放たれていたのに気が付いた。

 

無防備な横手からの斬撃に九頭人面蛇身の巨体が両断される。

 

怪物の傀儡式鬼を作るという結果が崩されたことで、傀儡形成の魔法も崩壊した。相柳は形を失い、ただの水飛沫となって池の水面を打つ。

 

納刀した郷田が池に背を向けて幹比古の方に向かってくる。

 

「吉田の直系の力、しかと見させていただいた。その若さでたいした腕をお持ちだ」

 

「恐れ入ります」

 

「あの、敵の方術士を探さなくていいんですか?」

 

術者を倒したわけでもないのに、のんきに挨拶をしているように見えたのだろう。エリカが疑問の声をあげた。

 

「いや、その心配はないよ」

 

「どうしてそんなことが言えるのよ!」

 

「……論より証拠だ。見に行こう」

 

「その言い方からすると、方術士とやらは無力化されているのか?」

 

レオの質問に言葉では答えず、幹比古は首を縦に振った。

 

忍術使いたちを回収している郷田たちと離れて林の中に入って少しのところに、方術士の亡骸は転がっていた。

 

「……術を破られた反動だよ。傀儡を操作する系統の古式魔法は、魔法発動後も術式の本体と術者の精神がつながり続けている」

 

だから、術を破壊されれば術者も死を迎えることになる。そして、あの郷田という術者は術式を破壊するのに何の躊躇いも見せなかった。おそらく、術式を解除する術も有していたにも関わらず。

 

「敵は逃がさない。それが宮芝の戦い方ということか……」

 

宮芝の術者の考えを改めて目の前で見せられた幹比古は、知らずそう呟いていた。そして、幹比古は未だ、これが伝統派と宮芝の開戦の狼煙であることに気づいていなかった。

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