十二月二十九日、土曜日。宮芝和泉守治夏は司波達也たちの乗ったキャビネットを三台の車の車列で追走していた。三台の車の中には治夏の側近の他に森崎、関本、呂剛虎、郷田飛騨などの腕利きと松下隠岐をはじめとした結界術士が控えている。達也たちの追走を始めてからほどなく、治夏の端末に達也から電話がかかってきた。
「どういうつもりだ、和泉」
達也の発した言葉は少ないが、自分たちが四葉の本拠に向かっていること、そこに宮芝が介入する意図を問うた言葉であるのは明白だった。
「勘違いしないでほしいな。私は別に四葉と事を構えるつもりはない。君たちが四葉の支配圏に無事に入り次第、我々は撤退させてもらうよ」
「何か掴んでいるということか?」
達也を狙っている者がいるということを伝えていることは、すぐに察してくれたようだ。話が早くて助かる。
「君たちでは少し対応に困るだろう。面倒を我々が引き取ってやろうというのだ、感謝して何か奢ってくれ」
「分かった。考えておく」
自衛目的以外の魔法の使用は違法行為だ。法律を守ることの方が少ない宮芝と違って街中では達也たちは身動きが取り辛い。達也はあっさりと面倒事は宮芝に任せる方針に舵を切ったようだ。
やがてキャビネットは小淵沢という駅に着き、そこで達也たちは四葉のものと思われる迎えの車に乗り換える。そのときには、すでに達也たちの様子を窺う目を確認することができるようになっていた。
治夏の情報網は、対大亜連合強硬派に属していた国防陸軍松本基地所属の矢口という中尉が、同地に存在する強化超能力者を収容施設から連れ出したことを掴んでいた。特定の異能力に目的を絞って強化措置を施された強化サイキックである強化超能力者たちは、国防軍の暗部ともいえる存在だ。矢口は、それを使って達也たちを狙っている。
このことが判明したのは、相手が幻像の投影体という宮芝が残滓から再生可能な方法を使ったためだ。だから、襲撃は必ずあると治夏は確信することができた。ゆえに行動に移すのも、迅速であった。
街を出て民家が途切れた瞬間、治夏は部下たちに攻撃開始を命じる。森崎、関本、呂剛虎、郷田飛騨の乗る攻撃役を乗せた車がスピードを上げる。達也たちの乗る車を追い抜くと同時に森崎が車の屋根に飛び乗り、下からせり出してきた重機関銃を撃ち始める。
前方で達也たちを待ち構えていた強化超能力者たちが銃弾の雨に薙ぎ払われる。しかし、相手も黙ってやられてはくれない。森崎の乗る先頭の車を目掛けて二発のグレネード弾が発射される。
森崎に続いて屋根に上がったのは、郷田飛騨だった。郷田は右手に二本の苦無を持つと、飛来するグレネード弾に投擲して打ち落とした。
続けざまに撃ち込まれた榴弾は、関本がパラサイトとしての物体制御で逸らせる。敵の攻撃は今の所、全く打撃を与えられていない。
ここで襲撃者たちも火器による遠距離攻撃だけでは倒せない相手であると悟ったようだ。襲撃者たちが背中から格闘戦用のナイフを引き抜いたのが、式神の送る映像で確認できた。敵が使うのは指を保護する幅広のガードがついた、ナックルダスターに刃を付けたような形状のナイフだ。
銃器に頼らない格闘戦を前提とした装備は、格闘戦に特化した人造サイキックならではの武器といえる。特殊ステンレス鋼で作られた刀身は帯電しており、躱しても不自然に溜め込まれた電荷の放出、火花放電によってダメージを受けてしまうことだろう。ナイフに溜め込まれた電力量は致死性。恐るべき武器と言える。
「ゴガアアァア」
ただし、それは相手が並みの魔法師であった場合だ。世界最高峰の近接格闘戦能力を持ち、剛気功で全身を強化した呂剛虎を相手取るには力不足だ。
突き出されたナイフは身体に当たる前に曲がり、振るわれた剛腕によって肉体を引き千切られる。その光景を見た別の男が、今度は加速の魔法も用いた全力の突きを繰り出してくるが、それでも結果は変わらない。呂剛虎の剛腕の前に彼もまた命を散らした。
襲撃者たちの動きはスピードこそ目を見張るものだが、格闘術としてまるで洗練されていない。魔法で加速したスピードに、自分自身がついていけていない様子だ。そして、それが分かれば森崎の偏差射撃も精度を増す。
それから程なく、十二人の強化超能力者たちは全員が殉職した。この間の出来事は松下隠岐たちが巧妙な結界により隠蔽したため知られていない。
達也たちは反転してどこかに去ったようだが、国防軍絡みの本件こそが治夏の仕事。この後の彼らがどうしようと治夏の感知するところではない。それよりも問題なのは、これからのことだ。
「松下、この場の後始末にどのくらいかかる?」
「そうですな。二時間ばかりよろしいですか?」
「もう少し急いでもらいたいところだが、やむをえまい」
襲撃者たちがグレネード弾や榴弾砲まで持ち出してきたことは、正直に言うと想定外だ。おかげで道が酷いことになっている。本格的な対処は国防軍に任せるとして、しばらくの間、戦場の様相を見せている場所を欺罔する術式を張っておかねばならない。
「しかし、国防軍も四十年以上も飼い殺しにしておくくらいなら、我らに譲ってくれればよいのにな」
「失敗作と評される程度の強化しかできなかったことに対して、多少の後ろめたさは有していたのでしょう。宮芝に預ければ、完全に人格を消されると考えていた者は大いでしょうから」
治夏のぼやきに答えたのは村山右京だ。
「それで、このような最後では意味がないではないか」
「結果だけを見れば、そのようになってしまいましたな」
悪名は役に立つときもあれば、足を引っ張ってくれることもある。当然のことではあるが、こういう場合は面倒だ。
「矢口の行方は掴んでいるな」
「はっ、掴んでおります」
「では右京、確実に処分せよ」
「ははっ」
矢口の対応は右京に任せておいて問題ないだろう。となれば、次だ。
「他に確認されていた不穏な動きを行う国防軍の様子はどうだ?」
「少し厄介なことになっている様子です」
今度の質問に答えたのは山中図書だ。
「どうした?」
「ヘリを持ち出そうとしているようです」
「本当に厄介だな」
空の敵は宮芝がもっとも苦手としている相手と言っていい。対応ができる人員は限られている。
「やむをえん。空戦装備の関本を出そう」
といっても地上からでは届かない。予めヘリの上空に輸送機を飛ばしておかなければ攻撃は不可能だ。当然のことながら燃料代もかかるし、隠蔽の手間も多くなる。治夏としても頭の痛い問題だが、他に方法がなければ仕方がない。
「ただ、なるべくなら地上駐機状態で撃破するよう心掛けるように伝えてくれ」
「かしこまりました」
「不穏分子の人数と装備は?」
「歩兵が一個小隊に魔法師部隊も一個小隊のようです。装備はさほどでもないようです」
さすがに精鋭部隊は大丈夫なようだが、末端になればなるほど規律が緩んでいる。日本は憲兵組織がしっかりしていないから、そこを付け込まれているのだろう。
「この機に、国防軍も引き締めを行うぞ」
「はっ」
言うまでもなく、国防において主力を担うのは国防軍だ。宮芝はあくまで国防軍を補助するに過ぎない。けれど、このままでは宮芝が国防軍に情報を流すのも躊躇われる。国防軍が宮芝の足を引っ張るということはやめてほしいものだ。
そのような事態を防ぐためにも、ここで膿を出し切らなければならない。京都に続いて不穏分子の粛清を行うことで後顧の憂いを断つ。
けれど、それもこの場の処理が終わってからだ。治夏は逸る気持ちを抑えて窓も向こうの作業を見守った。