西暦二〇九七年一月二日。有力魔法師たちの間で話題になっていたのは、四葉家より魔法協会を通じて出された司波深雪の次期当主指名と、司波達也に対する四葉家現当主である四葉真夜の認知。そして達也と深雪との婚約についてだった。
宮芝和泉守治夏も無論、その報告には驚いた。治夏は達也が四葉の関係者であるとは確信していたが、現当主の子であるとは知らなかった。同様に深雪が次期当主候補であることも。けれど、治夏は四葉家からの通知を怪しいと感じていた。
どう控え目に見ても、達也と深雪では深雪の方が立場としては上に見えた。明確に宣言されたわけではないが、立ち位置などから考えても達也は深雪を護衛していた。無論、一般的な魔法力という面では深雪は達也より上なのは間違いない。けれど、それだけで当主の子を当主候補の護衛にするというのはあり得ない。
それでも、達也が一般的な魔法師としての評価では劣等生というのは確かで、その面から護衛に落とされたというのはあり得る。しかし、それほどの低評価ならば、今度は次期当主の婚約者に選ばれるということがあり得なくなる。
総じて見れば、ちぐはぐという印象になってしまう。とはいえ、それらは治夏にとっては関係のないことだ。四葉の次期当主も、四葉の中での婚姻も勝手にやってくれればいい。
それよりも治夏にとって大事なのは自分と宮芝に関することだ。
宮芝にとっての正月となる旧正月を前に、治夏は杉内瑞希、村山右京、山中図書、皆川掃部と極秘の会談を行っていた。議題は治夏の今後の身の振り方について。具体的には治夏と十文字克人との関係を先に進めること、もっと具体的に言うと婚約まで進める場合に行うべき対応についてだ。
「率直に言うと、本家は難色を示すでしょうね」
「やっぱり、そうだよね」
本音を語り合う場として、やや言葉を崩した右京の言葉に、治夏も砕けた口調で返す。
「さすがに治夏様が力を持ちすぎますからね」
その後に続けた掃部の言葉が治夏の現状をよく表していた。宮芝にとって治夏は、本家に有望な次代が育つまでの繋ぎの当主だ。しかし、治夏はパラサイトを用いた兵器により宮芝の戦力を劇的に増加させた。加えて十師族でも有力な十文字家と個人的に強い関係を持つに至れば、このまま宮芝家を簒奪するつもりと疑われても仕方がない。
「せめて治房さんが五年くらい早く生まれていてくれたら、よかったんだけどね」
分家筋ではあるが宮芝本家に繋がる家に生まれ、今のところ優れた素質を示して次期当主と期待されている者もいるにはいる。しかし、治房の現年齢は六歳。順調に成長したらという仮定の上でも当主になるまでは十年近くかかる。
そうなると、疑いをかけられないように治房に当主を譲ってから婚約、結婚に進むという方法は採れない。早婚が多い魔法師の世界で二十台の後半というのは婚期を逃していると言われても仕方がないし、相手となる克人についても、十師族の当主が三十歳まで未婚というのは一族が黙っていないだろう。
要するに情勢が許すまで待っていては治夏が克人と結ばれることはない。一応、裏道として既成事実を作ってしまうという方法もないではないが、治夏の好みではない。違法行為もお構いなしの治夏ではあるが、結婚くらいは祝福をされたいと思うのだ。
「関本は私の戦力じゃないって言っても通用しないだろうしね」
そもそも治夏がここまで警戒されるようになったのは関本の存在だ。十文字は十師族ではあるが、宮芝への影響力は限られる。有力な分家を軽々と上回ってしまいかねない関本の量産化が、治夏に対する警戒心を著しく上昇させることになったのだ。
とはいえ、関本は治夏の個人戦力というわけではない。量産化を行っているのは宮芝家であり、治夏ではないのだ。しかし、オリジナル関本が治夏個人に忠誠を誓っている節がある点から、実は制御権を奪う隠しコマンドを持っているのでは、という疑いをもたれている。ちなみに、それは単なる疑いで、実際に治夏はそんなものは持っていない。
けれど、持っていないことを証明することは難しい。どんなに公表をしても隠し持っているという疑惑を晴らすことには繋がらないからだ。
「つまり私が関本を抑えているという疑惑を持たれた上で、なお十文字との繋がりに同意してもらう必要があるということだ」
「難問ですね」
図書が腕を組んで考え込む。
「やはり方法は二つしかないのではないでしょうか」
そう言ったのは瑞希だ。
「やっぱり、そうなるよね」
「はい、治夏様の本意ではないでしょうが」
「そうだね」
瑞希の言った二つの方法は、どちらも究極的な方法だ。誰でも考え付くだけに、実行するには弊害が大きい。
その方法とは、一つは関本の武力を背景に強引に事を進めるという方法。この方法は反発が非常に大きくなり、場合によっては身内による暗殺まで警戒しなければならない。今後の平穏な暮らしのためにも、できれば避けたい方法だ。
そして、もう一つの方法が出奔同然に自らの望みを果たすという方法だ。しかし、こちらも賢い方法とは言えない。宮芝を捨てるということは、宮芝の秘密を守るために口を封じられる危険性をも許容するということ。つまり、こちらも暗殺などを警戒せねばならなくなる。
一応、十文字家が後ろ盾になってくれている間は、軋轢を避けるために手は出してこないと思う。けれど、それは克人との関係が悪化した場合には、即座に身の危険の話になるということでもある。いや、それだけでなく克人と十文字家の間の意見の食い違いなどでも同じ結末になる可能性がでてくる。
治夏は克人のことを信頼している。けれど、それでも全面的に委任しきるような関係は望んではいない。
「どちらにせよ、まずは十文字家の意向を確認する方が先決ではないでしょうか?」
「瑞希の言う通りだね。ひょっとしたら、先方が名門とはいえ古式との婚姻には難色を示す可能性もあるかもしれない」
「恋愛と結婚は別ですからね」
「掃部、言ってることは正しくても、今ほしい言葉じゃない」
軽く睨むと掃部は慌てて口を閉ざした。今の治夏には現実的な視点が必要だ。だが、そればかりでは気が塞いでしまう。
「ともかく克人に連絡を取っておく。その間に皆は手分けして宮芝の本家と有力な諸家の姿勢を探っておいてくれる?」
「探るといっても、そう簡単に態度は明らかにしないのでは?」
「私と克人の交際が順調で高校卒業を機に結婚するかもしれない、って噂を流してしまえばいい。実際、本当に順調に進んだなら、そうなる可能性もあるわけだし」
「しかし、治夏様が自分の口から結婚という言葉を発するなんて……」
「あの……瑞希、お母さんみたいな顔になるの、やめてくれない?」
瑞希とは十歳の頃からの付き合いだ。まだ深夏であった頃のことも良く知っているだけに妙な感慨があるようだが、目の前で言われると治夏の方まで恥ずかしくなってしまう。
「せめて姉にしてくれませんか?」
しかし、瑞希は別のことが気になったようだ。二十台も後半に差し掛かった瑞希にとっても今は微妙な年頃なのかもしれない。そういえば、治夏の身の回りの世話を一手に引き受けてもらっていることもあり、瑞希には出会いが極端に少ない。婚姻は治夏が何らかの世話を焼く必要があるかもしれない。
「私が結婚したら、今度は瑞希にも良い人を紹介するね」
「治夏様の回りは変な方しかいないではないですか」
せっかくの申し出であったが、瑞希の回答は手厳しかった。
ともかく、治夏は相談を兼ねて克人とお出かけの予定を入れることにした。