一月七日。新学期を直前に控え、宮芝和泉守治夏は護衛としてついてきた側近たちを離れに待たせ、一人だけで本宅へと足を運んでいた。
先日、克人から十文字家の有力者に対して治夏との婚約を進めることについて内々で打診をしてもらった。未だ可能性として伝えただけだが、宮芝家からと伝えた段階では強硬に阻止をしようとする意見はなかったようだ。
正面から克人に反対しなかったことをもって安易に賛成してもらえたとは考えてはならない。けれど、ひとまず猛反発がなかったということはプラス材料だ。
だから、次は宮芝を纏める番。それが今日の訪問の目的だった。
予め準備はできていたようで、治夏が面会相手の秘書役に訪いを告げると、すぐに中へと通された。待つこと少し、四十歳前に見える男性が部屋の中に入ってくる。男性の実年齢は四十五歳であるため、見た目の方が若いということになる。
「さて、治夏殿、本日はどのような用件かな?」
「先代もすでにお耳にはしているかと存じますが、わたくしは現在、十文字家の当主代理である克人殿と交際をいたしております。本日はその件にてお願いがございまして参上いたしました」
「ふむ、話してみよ」
「ありがとうございます」
言いながら、治夏は深く頭を下げた。治夏の目の前にいる男性の名は宮芝治孝。治夏が先代と呼んだように宮芝家の三十五代当主で、治夏の後見人を務める男性だ。
「わたくしが十文字克人殿と交際をしているのは先にお話しした次第です。わたくしの希望としては高校卒業を機に祝言をあげたいと考えております。つきましては、先代には今年の新年の祝いの席までに婚約をすることに対し、ご意見を伺いにまいりました」
「随分と急だな。そなたらが交際を始めたのは一昨年の末頃であったであろう。であれば、交際期間は一年ほどではないのか?」
「仰せの通りでございます。ですが、克人殿はわたくしより二歳年上です。十師族の次期当主としては魔法大学の卒業……つまりは三年後までには、いずれにせよ婚約は必要となります。であれば、今でもさほど変わらないのではないかと存じます」
「いや、大いに変わるな。そのような理由であれば、私は三年後の克人殿の魔法大学の卒業を機に祝言を上げることを命じるぞ」
予想外に強い反対の言葉に治夏は一瞬、言葉を失った。
「どうした? 別に私は婚姻自体を反対しているわけではないぞ。ただ、三年後にしてはどうだと提案しただけだ。あるいは、治夏殿の卒業時に婚約をし、三年後に祝言という流れでもよいな。その方が良いとは思わぬか?」
「……思います」
「で、あろう。少なくともこれから一月の間に婚約の準備を整え、わずか一年の期間で婚儀にまで至るよりは現実的だ」
普通の女子なら、或いはその期間でも可能かもしれない。けれど、治夏は宮芝家の当主だ。普通の女子とは異なる仕事や技術を多く抱えている。それらの多くは門外不出。つまり例え夫婦になった後でも克人には秘密にしなければならない。要するに今と同じように仕事をして秘密を増やせば婚姻はより難しくなるということだ。
解決策としては、そもそもの仕事を制限することだ。けれど、そのためには引継ぎを終えなければならない。だが、そのためには一年という期間では短すぎる。宮芝の当主は、そんなに軽いものではない。
先代の言っていることは、いちいち正しい。宮芝の当主を務めあげた手腕は、やはり並みのものではない。未だ治夏は先代には及ばないのだと思い知った。だからといって、諦めるわけにはいかない。
「三年後では、あまりに遅すぎるのです」
「ほう、その理由は?」
「逆にお聞きしましょう。宮芝家は、わたくしがこのまま、あと三年もの間、戦力を蓄え続けることを、良しとしてくれますか?」
その質問に、先代は答えを返してはくれなかった。つまりは、それが答えだ。
「先日は国防軍の中の対大亜連合強硬派の暴走がありました。その前には京都の部隊でも敵の工作員に汚染されるという事件がございました。これを国防軍の気の緩みと断ずるのは簡単ですが、わたくしはそれだけではないと考えています。間違いなく敵の工作が質と量、ともに増加していると思われます」
「で、あろうな」
「であれば、我々も戦力の増強を止めることはできません。灼熱のハロウィン以来、諸国の我が国への警戒心は増しています。必ずや何らかの騒乱は起こると思います。その中でわたくしも多くのことを知り、また為していくことになりますが、その後でも宮芝家はわたくしを他家に送り出してくださいますか?」
「そなたの言いたいことは分かった。つまり、そなたは……」
「はい、わたくしが宮芝家を離れるのを容易にするために、わたしくは一刻も早く先代に当主の地位をお返しして、その上で先代の忠実な部下として職務を全うさせていただきたく存じます」
一旦は先代に権力を返した上で改めて当主代理などに任じてもらえれば、実務的な不具合は大幅に緩和される。二人の判断が異なった場合など、いくらかの懸念点はあるが、解消が不可能というほどではない。
「その方法を取るとして、そなたは婚姻後も代理という立場で宮芝の務めを果たしてくれると考えてよいのか?」
「はい、そのように考えております」
「しかし、それでは克人殿まで事実上、宮芝の監視下に置かねばならない。先方はそれでよいのか?」
「それについては、しばらくは別居という形を取ることで解決しようと思っています」
「克人殿は、それでよいのか?」
仕事の都合で遠距離の場合はともかく同じ都内で別居というのは余程の政略結婚以外にはないだろう。けれども、そのくらいは許容すべきだ。
「いずれにせよ、克人殿が大学生のうちは昼の間は授業がございます。その間にわたくしも引継ぎを含めた業務時間に充てようと思っています。わたくしとしては業務のない休日にだけ外泊の許可をいただければ十分にございます」
「そなたらがそれでよいと言うのなら、そのことについては何も言うまい。しかし、宮芝の次代が育つまでにまだ時間がかかる。その間に我らにもしものことがあった場合はどうするつもりだ?」
「その場合は、育成の期間だけは仮に宮芝を離れて少し経っていたとしても、完全に宮芝に戻るつもりでいます」
宮芝の秘術には当主のみに伝えられるものも少なくない。けれど、宮芝の当主というものは戦闘指揮官という面も持っている。そうなれば当然、戦死の可能性はある。一子相伝のように後継者のみに伝えることにした場合、技術の承継が途切れてしまう可能性がある。
宮芝の継承が若いうちに行われるのは、先代が存命の間に行うという慣例によるものだ。今の宮芝の場合は先々代も健在であるが、その年齢は七十を超えている。有力と見られている治房が継げるような年齢になるには十年近くかかる。その間も先々代が健在であるという保証はない。治夏が言ったのは、先々代が亡くなった場合は、結婚して子供がいようが、それらを捨てて宮芝に戻るということだ。
「それを先方は了承しているのか?」
「いえ……まだ話していません。ですが、了承してくれるものと思っています」
「そんなことを、よく想像で話せるものだな」
軽い非難の響きを感じ、治夏は慌てて弁明する。
「先方にはわたくしが宮芝を離れるという意味も正確には伝えていません。ですが、わたくしはこれまでも、多くの戦いで戦陣にありましたから、当然に戦死の可能性も考えているはずです。それに比べれば少しの間、離れることなどなんでもないでしょう」
「言い分は分かった。しかし、重要なことだ。必ず確認をするように」
「はっ、分かっております」
「それにしても、このようなことを避けるために、本当なら宮芝の家中での婚姻を考えていたのだがな」
ひとまず治夏の方針は受け入れくれるつもりなのだろう。けれど、本音としては今の言葉が表しているはずだ。
「わたくしの我が儘でご迷惑をおかけして申し訳ございません」
言いながら、治夏は心から頭を下げた。
四葉継承編相当、終了。
ですが、次の師族会議編も含めて継承編とさせていただきます。
治夏にとっては宮芝の継承の方が大事ですので。