魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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継承編 四葉のいる教室

一月八日、新学期初日の教室内は奇妙なざわめきに満たされていた。原因が、先に発表がされた司波深雪の四葉家次期当主への指名と、司波達也と深雪の婚約にあることは明白であった。特に達也については、ただの二科生ではないという評価ながらも、四葉の直系というのは想定外であり、そのために動揺も大きい様子だった。

 

この事態を予想して、宮芝和泉守治夏は珍しく授業開始の三十分前には学校に来ていた。そうして周囲の様子を窺っていたのだ。達也の元クラスメイトたちの様子は総じて見れば、困惑。次に顔を合わせたときは、どうすればいいのか。その答えを探していた。

 

「あ、和泉も早く来たんだ」

 

そんな治夏に声をかけてきたのは、こちらもいつもより早く登校したエリカだった。

 

「うん、やっぱり気になるでしょ」

 

「ところで、和泉は今回のことを知ってたの?」

 

「四葉家の関係者だってことは何となく。けれど関係者どころか、どっぷり中枢に座っていたとは思ってなかった」

 

「よう、お前らも早いんだな」

 

割って入ってきたのはレオだった。

 

「アンタもね。じゃあ、揃ったところで行きますか」

 

何処へ、と聞くのは野暮というものだ。黙ってエリカたちと二年E組に向かう。

 

「平河、司波達也は登校しているか?」

 

「おはようございます、和泉守様。司波達也は早めに登校するも、教室を経ることなく校長室に向かい、今もってここには姿を現しておりません」

 

達也の監視役を任せていた平河千秋は、校長室に入るところまでを目視確認していたらしい。仕事熱心で大変に結構と褒めるべきか、ストーカーと呼ばれないように窘めるべきか判断に迷う。

 

「だそうだが、どうする?」

 

「オレは一度、教室に戻るぜ」

 

「じゃあ、あたしはここで待っていようかな」

 

「それでは私もここで待つとしよう」

 

エリカが達也に話しかけるときの定位置である窓枠に陣取ったのを見て、治夏は達也の席へと腰かけた。

 

「あ……エリカちゃんに和泉さん」

 

そうしてエリカと話していると、美月が登校してきた。こちらは、いつもより気持ち遅いくらいだろうか。

 

「あの、達也さんは?」

 

「校長室に呼ばれているみたいだよ。こちらにはまだ顔を出していない」

 

「そうですか……」

 

その声には若干だが、ほっとしたような響きがあった。

 

「やっぱり、四葉は怖い?」

 

「いえ……でも、少しだけ」

 

美月の中でも上手く消化できていないのだろう。答えた声には戸惑いの方が大きい。

 

「まあ、悪名高い四葉の直系と聞けば、身構えてしまうのも仕方ないよね。けど、四葉であろうとなかろうと、達也は達也だ」

 

「和泉が達也くんの味方するような発言するのって珍しいね。どういう心境の変化?」

 

「茶化さないで、エリカ。別に私は事実を言っているだけだよ。妹がなによりも大事で妹のためなら、どんなに悪辣なことでもしてしまう、稀代のシスコン。それは達也が何であろうと変わらない……そういえば、妹じゃなかったんだっけ。そうすると、嫁自慢家に変わるのかな。うわ、会いたくなくなった。帰ろうかな」

 

「随分な言われようだな」

 

言われて見ると、いつの間にか達也がやってきていた。姿を見かけてやって来たのだろう、その背中にはレオの姿もある。

 

「いや……私は達也の本質は前から歪んでいたということを言っていただけで……」

 

「それは単なる悪口ではないのか?」

 

「はい、そこまで。和泉は和泉なりに達也くんをフォローしてくれていたってことで、今日のところはいいんじゃない?」

 

「全くフォローになっていないが、まあいいだろう」

 

エリカの執り成しの成果か、ひとまず達也は矛を収めてくれた。

 

「エリカ、レオ、久しぶりだな」

 

「ちょっと、私には何もないの?」

 

「元気に人の悪口を言っているような奴にかける言葉はない」

 

治夏一人にだけ酷い反応だった。もっとも治夏は、達也たちが四葉に向かうときに若干の関わりがあったのだが、それにしても、この反応は納得いかない。

 

「達也くん、いつ東京に戻ってたの?」

 

微妙に拗ねた様子でエリカが言うには、用事が済んだら連絡するという約束を交わしていたらしい。

 

「戻ったのは、四日だが……連絡しなくて済まんな」

 

「あ、良いよ。大変だったんでしょ?」

 

「大変だった、ていうか、これからが大変だよな。こっちは落ち着いてからで構わないぜ」

 

「レオはともかく私は聞いておかなければならないことがあるんだけど」

 

「……何だ?」

 

なぜ達也は治夏にだけ警戒態勢を取るのだろうか。やっぱり納得いかない。

 

「達也、深雪と婚約したって聞いたけど、ちゃんと達也から申し込んだの?」

 

そう聞いた瞬間、微妙な空気が教室中に広がった。今、聞くのがそれか。なんて言葉も聞こえてきた気がする。

 

「な、なんだ。大事な事だろう? で、どっちから申し込んだの?」

 

「どっちも何もない。家の都合だ」

 

「断れないという意味では、そういう面もあるかもしれない。けど、深雪が達也との婚約をそんなふうに考えているわけないでしょ。ちょっと不誠実なんじゃない?」

 

「不誠実ということなら、無関係にも関わらずにそんなふうに口を出してくる和泉の方が不誠実なんじゃないか?」

 

確かに、治夏は深雪と特別に親しい友人関係というわけではない。口を出す資格がないと言われれば、そうかもしれない。

 

「けど、やっぱり深雪としてはちゃんと達也から婚約者としても大事にするって言われたいと思うよ。達也が義務感だけで婚約を了承したとは思わないけど、やっぱり言葉で伝えてほしいと深雪も思ってるんじゃないかな」

 

「分かった。分かったから、朝からする話題じゃないだろう」

 

克人とのこともあり、ちょっと感情的になってしまった治夏に対して、達也は嫌そうな顔で手を振りながら言ってくる。言われてみれば、朝の教室でする話ではない。

 

「分かった。今は退いておく」

 

そう言って治夏が引き下がると、達也はあからさまに安堵の息を吐いていた。

 

「おはよう」

 

その後に達也が声をかけたのは、いつもと違って話に入ってこなかった隣の席の美月だ。

 

「あ、その、おはようございます……」

 

一応は挨拶を返した美月だが、その後はすぐに目を逸らしてしまう。腫れ物に触るようなその接し方は治夏にとっても意外な反応だったし、もっと意外だったのは、美月をして若干の怯えが見て取れたためだ。

 

「達也、私が宮芝だって名乗っても、皆はこんな反応じゃなかった。宮芝が四葉より軽んじられているみたいで気に入らない」

 

「俺に言われても困るんだが」

 

「和泉、あんたはこの状況で、どうやったらそういう発言になるのよ」

 

「宮芝の方が国に貢献しているはずだし、残忍さでも宮芝は負けてない。なのに、現代魔法師が宮芝を恐れて敬ってないのが気に入らない」

 

少しの茶目っ気と多分な本音で不満を口にすると、なぜか全員が面倒くさそうな顔をしていた。

 

「宮芝の冷酷さは俺もよく知っている。正直に言って、危険度という面では宮芝は四葉を超えていると思う。しかし、宮芝は裏の世界の住人であるため、表にはそれを知られていない。そういうことでいいんじゃないか?」

 

「なんだか、投げやりな気がする」

 

「これ以上、俺にどうしろと?」

 

「四葉から、宮芝は恐るべき魔法師だって声明を出してほしい」

 

「何の脈絡もなく、そんなことを言い出したら四葉全体の正気を疑われる」

 

どうあっても達也は、宮芝の地位向上に協力はしてくれないようだ。もっとも、治夏の方は何の見返りも用意していないので、それも当然ではあるのだが。

 

達也に対して皆が抱いているのは、おそれ、の感情。元々、異質な存在ということは感じていた者が多かったのだろう。そこに、四葉という要素が加わったことで、歪な存在は異質な強者へと印象を変えた。

 

とはいえ、これをどうにかするのは治夏の役目ではない。多少の手助けくらいなら、やぶさかでないが、本質部分は達也の役割だ。

 

「ま、健闘を祈るよ。あと、今後とも宮芝をよろしく」

 

「よろしくの内容が気になるが、今は聞かないでおこう」

 

「その方がいいだろうね」

 

そう言いながら、平河に視線で引き続きの監視を命じる。それに対して、平河は敬礼で応じていた。

 

平河、それでは秘密裏に指令を伝えた意味がないぞ。若干の脱力感とともに治夏は自分の教室へと歩み始めた。

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