魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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継承編 戻り始める日常

新学期第二週、月曜日の朝。

 

「おはようございます」

 

二年E組の教室に入った達也は、以前のように隣の席の美月から朝の挨拶を受けた。

 

「おはよう、美月」

 

達也の返礼に、美月が笑顔で答える。ただしその笑みは、少しぎこちないものだった。

 

もしそれが自然な笑みだったら、達也はかえって胡散臭いと思ったに違いない。

 

無理をしてでもさりげなく笑おうとしていることに、友達のありがたみを感じた。

 

達也は唇に微かな笑みを浮かべながら自分の席に着いた。

 

達也が着席するのと同時に、達也のすぐ横、廊下側の窓が音を立てて開く。

 

「おはよう、達也くん」

 

「おはよう、エリカ」

 

窓越しに話しかけてきたエリカの背後には、もう一人、女子生徒の姿が見える。

 

「やあ、達也、今日も引きこもらず学校に来たのだね」

 

「和泉は激励しに来てくれたということでいいのか?」

 

「べ、別に達也のことが心配だったというわけではないからな」

 

「和泉は誰に何の言い訳をしているんだ?」

 

相変わらず宮芝和泉の思考は、よく分からない。

 

「美月もおはよう!」

 

「おはよう、エリカちゃん」

 

美月らしい春の日だまりのような笑顔に、エリカが「ウンウン」と満足げに頷く。

 

それだけで、美月に変化をもたらしたのはエリカのお節介だと分かった。

 

「私が言っても駄目だったのに。ずるい」

 

そして、和泉も同じくお節介を焼こうとして失敗したのだということも。

 

「ねえ、達也。私って人望ないのかな」

 

「相談相手を間違っている。俺が人付き合いを得意としているように見えるか?」

 

「そうだね。私と同じで達也も敵ばかりだった」

 

「事故に巻き込まれた気分だ」

 

人付き合いが得意でないということは達也自身も認識していることだ。けれど、それを仕方がないと片付けられるほどには、達也の感性は摩耗していない。

 

ともかく、少しだけ以前に戻った教室で達也が日常を取り戻そうとしていた昼休み、達也の携帯端末に深雪より生徒会室にいる旨の連絡が入った。生徒会室には、ほのかと雫もいるらしい。どうやら深雪の方も友人と向き合う時が来たようだ。

 

「で、どうして和泉は俺の後をついてくるんだ?」

 

生徒会室に向かう途中、達也は振り返って険のある声を発した。

 

「え? だってこれから生徒会室で修羅場でしょ。もしも何かがあったときの為に物理的でなく争いを止められる私は必要じゃない?」

 

「そんなことには、なっていないから安心しろ」

 

「どちらにしても、私の見識は役に立つと思うな。何もなければ、普通に昼食を一緒するだけだから、それこそ問題もないだろう?」

 

和泉に役立てられる見識があるかは非常に疑問だが、深雪からは重要な話をする予定だというメッセージは受け取っていない。昼食を一緒に取るだけならば和泉の同席を断る理由には乏しい。

 

「けして、張り切りすぎないように」

 

念のため釘だけを刺して生徒会室に入った。

 

中で待っていた深雪、ほのか、雫の三人はまだ箸をつけていなかった。深雪は弁当箱の蓋を開けていないし、ほのかと雫の前には何も置かれていない。その状況を見て、達也は和泉が付いてくるのを止めなかったのが失策だったと悟った。

 

「お兄様、お待ちしておりました」

 

「達也さん、どうぞこちらへ」

 

和泉のことを気にしつつも、深雪とほのかが立ち上がって席を達也に勧める。場所は深雪の隣、ほのかの正面だ。雫も立ち上がっていたが、ダイニングサーバーの前に行って、保温状態にしてあった二人分のトレーを取り出すためだった。ちなみに和泉も一応は空気を読んでか、離れた席で静かに弁当箱を取り出している。

 

五人は和気藹々と食事を始めた。食卓に話題を提供するのはほのかと雫、そして和泉だ。和泉も意外と気を使い、四葉家の話題も達也と深雪の婚約も、避けてくれていた。

 

和やかな空気に変化があったのは、達也と深雪が弁当箱をセカンドバッグに戻し、ほのかと雫がトレーをダイニングサーバーの返却口に戻して深雪がお茶を配った後だった。ちなみに和泉はというと、一人だけ飲み物が入った水筒を持参している。あまり他所で食事をしないというのは親しくなっても継続中だ。

 

「深雪」

 

立ち上がり、声と表情に緊張を滲ませてほのかが話し掛ける。

 

「なにかしら」

 

深雪も笑みを消し、真面目な顔でほのかを見上げた。

 

「あの……あのね。私……」

 

ほのかが一所懸命な表情で言葉を絞り出す。

 

「私、達也さんのこと、諦めないからっ!」

 

「譲れないわ」

 

すかさず、深雪がそう応じた。

 

そして優雅に立ち上がり、ほのかへ右手を差し出す。

 

「絶対、負けない」

 

ほのかが深雪の手を握る。ほのかの顔には闘争心がみなぎっていた。

 

「で、達也は二人とも娶るということでいいのか?」

 

そうして自分のことを取り合うという、些か以上に気まずい思いをしながら、なんとか場が纏まったかと思ったとき、今まで大人しくしていた和泉が爆弾発言をした。

 

「何を言っているんだ、和泉は?」

 

「ああ、そうか。当主が深雪なら公然と側室を持つのは難しいか。じゃあ、愛人?」

 

「そういう意味で言ったんじゃない」

 

日本はとうの昔から一夫一妻制だ。ましてや今の時代では、側室を持つなんて言った瞬間に正気を疑われる。

 

「ん、まさか四葉には本当に側室制度がないのか?」

 

「その言い方だと宮芝にはあるんだな」

 

「当然だろう。そうでなければ、安定的に魔法の継承をしていくことなどできない。そもそも側室を含めて多くの子がいても一族や一族外からも当主を擁立しなくては継承ができていないのだ。ましてや……ということだな」

 

達也たち現代魔法師と宮芝の魔法師たちは根本から異なる。達也たちの祖父世代たちは大なり小なり遺伝子の操作などの方法で最適化されている。しかし、宮芝の魔法師たちは、魔法師同士の婚姻という現代魔法師と同様の方法を取っていても、最初から玉石混交だ。

 

そのため現代魔法師では高い確率で継承される親の魔法特性が、宮芝ではそれほど高い確率では継承されないらしい。似て非なるものの場合が大半だと、以前に和泉が言っていたことがあった。

 

そういう意味では当主を身内から出そうと思えば、多くの子が必要ということは分からなくはない。ただし、それと受け入れられるかは別物だ。達也は荒事に関連する方向での倫理観は薄いが、全方向の無法者ではないのだ。

 

「俺は愛人なんか作るつもりはない」

 

愛人という表現で頭に浮かぶのは父の愛人であった義理の母のことだ。その義母に対して深雪は良い感情を抱いていない。それもあっての発言だった。

 

「私としては深雪を正室にして大事にしながら、時々ほのかにも気をかけてやる、というのが穏便な方法と思うのだがね」

 

「今、互いの健闘を誓いあったのが見えていなかったのか?」

 

「あんなもの勝負にもならないだろう。深雪は次期当主に正式に指名された。対して達也は現当主の息子だ。この婚姻は深雪にとっても、達也にとっても、そして現当主の四葉真夜にとっても必要なもの。深雪と実母が困ることになると知った上で、達也がほのかを選ぶことがあると思うか?」

 

そんな可能性は、万に一つもないと分かってしまったのだろう。ほのかが顔色を暗くして俯いた。ほのかが諦めてくれるのは、達也にとっても悪い話ではない。しかし、せっかく深雪が纏めた話をひっくり返すのは本意ではない。

 

「和泉、宮芝がどうかは知らないが、四葉は別に現当主の子意外が当主を継ぐのが難しい家ではない。だから、心配は無用だ」

 

達也が言ったことで、ほのかの顔に赤みが少し戻った。

 

「そうなのか……ところで、愛人の話に戻るが、機械なら愛人枠には入らない……」

 

「枠の問題以前で、関本たちを受け入れるつもりなんてないからな!」

 

あんな機械と機械もどきを七体も受け入れるなんて御免蒙る。

 

「まあ、そうだよね……」

 

さすがに達也が断ることは想定されていたのか、和泉はあっさりと引き下がった。だったら始めから何も言わないでほしいと、達也は心の底から思った。

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