達也たちの一行が生徒会室に入ってくるのを七草真由美は心穏やかに迎え入れた。昼と違って緊張をしていないのは、宮芝和泉の個人指導を行ってもらうことを学校側に認めさせることに成功したためだ。
どうも学校側も一連の騒動は把握しており、このままでは拙いと考えていたらしい。
成績から考えると、宮芝和泉が一科に上がるためには、現一科生を半分以上は退学させる必要があった。けれども、彼女はそれを躊躇わずに実行するだろう。
将来が有望な一科生が大量に学校を去るなどということになれば、国立魔法大学に百名を合格させるというノルマをクリアできなくなる。それは、学校側としては絶対に許容できないことだ。
だからといって、そのような手段を選ばない宮芝を処分しようとして目を付けられれば、何をされるか分からない。優秀な魔法師とはいえ安定待遇を得ている教師陣に、そんなことができる訳もなく……要は非常に頭の痛い問題となっていた。そこに、風紀委員として働く代わりに個別指導を受けさせるという提案が出された。名目上は風紀委員としての活動能力を高めるため。
過去、二科生が風紀委員に選ばれたことはない。だから、実は制度自体はあったのだが、これまでは一科生しか選ばれていなかったため、使われることがなかったということにしても気づかれることはない。しかも、真由美が交渉して枠としては部活連の推薦枠を使ってくれるという。こんな、おいしい話はない。
真由美が提案を持って行ったとき、百山校長の顔にはそう書いてあった気がした。
なんだか貧乏籤を引かされた気はするが、これで宮芝問題が解決するのなら払った労など、たいしたことはない。
ごきげんな真由美に対して生徒会副会である服部は達也と和泉に対する敵意を隠そうともしていない。そこで入学式の日に、和泉が服部を挑発していたことを思い出した。
生徒会と和解をしたのだから和泉も今度は無暗に挑発してこないはず。しかし、敵意を向け続けた場合も同様であるかは分からない。
真由美が、お願いだから穏便に、と願う中、服部は深雪に近づいていく。
「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、生徒会へようこそ」
服部は深雪にだけ挨拶をして、達也と和泉を完全に無視した。お願いだから穏便に、って祈ってたのに、と心の中で叫ぶが当然ながら、それで服部が態度を改めることはない。
「いらっしゃい、深雪さん。達也くんと宮芝さんもご苦労様」
務めて笑顔で、できるだけ場を和ませるように言葉をかけ、目で摩利に早く二人を部屋から連れ出してくれ、と語りかける。
「じゃあ、あたしらは移動しようか」
「どちらに?」
「風紀委員本部だよ。色々見てもらいながらの方が分かりやすいだろうからね」
達也の疑問に摩利が答え、そのまま席を立とうとする。
「渡辺先輩、待ってください」
しかし、服部がそれを止めてしまった。
「何だ、服部刑部少丞範蔵副会長」
「フルネームで呼ばないでください!」
「じゃあ服部範蔵副会長」
「服部刑部です!」
「そりゃ名前じゃなくて官職だろ。お前の家の」
摩利がそう言ったときであった。
「まあ、刑部殿でございましたか」
はしゃいだような声を上げたのは意外や意外。和泉だった。
「申し遅れました。宮芝和泉守治夏と申します」
丁寧に腰を折った一礼をした和泉を真由美のみならず摩利や達也、深雪までもが不気味なものを見た、という目つきで見つめている。
「昨今は先祖代々受け継いできた官位をあっさりと捨てる方が多い中、しっかりと守り続けておられるとは素晴らしいです」
そう言うなり和泉は服部の手を取り、両手でしっかりと握りしめたまま吐息がかかるほどの距離まで近づける。
「み、宮芝さん、何を!?」
「すみません。感動しすぎて、つい……。あ、刑部殿、私のことはもっと気軽に和泉守または和泉とお呼びください」
和泉は満面の笑みを服部に向けて投げかける。しかし、それが作った笑顔であることに真由美は気づいた。
服部は二科生に対して若干の差別意識を持っている。しかし、男と女という差は一科生と二科生という差以上に大きい。相手が誰であろうと、かわいい異性に尊敬の眼差しを向けられて悪い気がするはずがない。
しかし、服部が異性との触れ合いを苦手としていることを初見で見抜き、女であるということを最大限に利用して懐柔しようとするとは、やはり和泉は油断がならない。真由美は和泉の評価を下方修正しようとしたが、宮芝株はすでに底値に達していた。
「刑部殿、私はこのような術は得意なのですが、何分、直接戦闘能力が低いので、刑部殿には色々とご迷惑をおかけしてしまうことがあると思います。ですが、精一杯働かせていただきますので、どうかよろしくお願いします」
そう言いながら、和泉がブレザーの内側から取り出したのは、折紙で作られた水色の鳥であった。鳥は一羽でなく次々に取り出され、合計は九羽になった。
「みんな、お願いね」
和泉が折紙の鳥たちの上空をひと撫でする。すると、折紙だった鳥は本物の水色の鳥へと姿を変えて室内を飛び始めた。
「彼らの見た景色は全て私に送られてきます。景色を見るだけでなく、サイオンなども感知することができるので、彼らだけで人間九人分以上の監視能力があります。あとは……すみません、モニターを借ります」
そう言って、これまたブレザーの内から取り出した小さな機械を端末の接続端子に刺す。すると、モニターが九分割されてそれぞれ別の景色が映しだされた。
「こうして情報を転送して他の人にも見えるようにできます。こうした術で補助はさせていただきますが、その後の対応となると刑部殿のような力のある方が頼りとなってしまいます。心苦しいですが、お願いできますか?」
「ええ、まあ。こういった方法で早期に異常を知らせていただければ、大事になる前に場を収めることはできますね」
あ、認めちゃうんだ。と思いはしたが、真由美にとっても都合がいいので、黙っておいた。
しかし、かわいい女子生徒にちょっと上目遣いでお願いされただけで、あっさりと陥落するとはどういうことだろうか。これは後で教育が必要そうだ。
「けれど、それをもって風紀委員としての適性がありとはできません」
と思ったが、意外にも服部は踏みとどまった。
「実際、過去にウィードを風紀委員に任命した例はありません」
服部の言葉に含まれた蔑称に、摩利は軽く、眉を吊り上げて見せた。
「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会による摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとは、いい度胸だな」
「それは良いことを聞いた。では、摘発といこう」
愉悦に満ちた声を発したのは和泉だった。
「ぐああっ」
直後、絶叫が生徒会室に響き渡り、服部がその場に崩れ落ちる。どんな魔法によるものかは真由美にはよく分からなかったが、直前の発言から考えて攻撃者は和泉なのだろう。
「君のその異常なまでの攻撃性の高さは何とかならんのか?」
摩利が頭痛を抑えるように、こめかみを揉みながら言う。
「善処はしよう」
「善処ではなくて、何とかしてくれ。ちなみに摘発は相手が警告に応じない場合に行われるもので、発見次第攻撃開始というような手段は認められていない」
「そうは言われても、先手を取るというのは兵法の基本であろう?」
「完全に後手を引いてからでも、相手を取り押さえるのが風紀委員だ。だから高い実力を求められて……なぜか、服部の気持ちが分かったような気がしてくるな」
やはり和泉を風紀委員として外に放つのは危険すぎる。ここは和泉の索敵能力にだけ期待して風紀委員会本部に押し込めておく方が安全かもしれない。
真由美は完全に気絶させられた服部を見て、そう感じていた。