二月四日における魔法師の世界においての最大の関心事は、十師族たちによる師族会議の開催である。それは十師族をリーダーに仰がない古式魔法師たちも同様だ。特に今年は二日目に十師族選定会議、次の四年間の十師族を決定する会議が予定されており、魔法師たちの関心はいやが上にも高まっている。
しかし、宮芝和泉守治夏にとっての目下の関心事は来週に迫った旧正月であり、その席で承認を求める十文字克人との婚約のことである。今は側近の杉内瑞希も本家に帰り、準備に大忙しであるはずだ。
おかげで治夏の日常生活の質は確実に落ちた。けれど、これは必要な投資として割り切るべきことだ。
ちなみに、治夏も一緒に戻って手伝うという方法は去年に却下されている。いわく、準備に役に立たない治夏は本家にいても仕方がないばかりか、世話の手間が増えるだけとのことだった。悲しいが、受け止めるしかない。
よって今日も普通に登校をすることにして、ついでに浮き立つ周囲を見回しながら主の不在の達也の席に腰かけて、雑談と情報収集に従事していた。達也が登校してきたのは、そんな中であった。
「あれっ? 達也さん、どうして登校してきているんですか?」
「おはよう、美月。どうしてとはご挨拶だな」
「えっ、あのっ、その……すみません」
達也の美月に対する反応を見て、治夏は思わず嬉しくなった。
「達也、君も世話が大変になるだけだから、むしろ来るなと言われたのか?」
「和泉は、だから学校にでも行っていろと言われたのか?」
途端にかわいそうな者を視る眼を向けられた。
「まさか、達也は違うというのか?」
「そもそも師族会議は十師族の血縁者だから参加できるというものではない。例えば十文字家の当主代理だった十文字先輩は当然、師族会議にも参加していただろうが、七草先輩は師族会議に同行したことも無かったはずだ」
「なんだと。では、達也は……」
「そもそも参加の予定は無かったということだ」
なんということだ。まあ、これは宮芝家の一門会議と師族会議の違いによるものだ。それに宮芝の会議は準備段階であり、本番ではない。本番では治夏の出番は多い。これは去年も経験したので、間違いない。長老たちのお小言会の方こそ、むしろ代わってもらいたいと切実に思ったのだから。
「ところで和泉は十師族じゃないのに師族会議に出るつもりだったの?」
落ち込む治夏に尋ねて来たのはエリカだ。
「ああ、師族会議とは違う宮芝一門の会議だよ。今は準備の大詰めの段階なんだけど、手伝おうとしたら、むしろいると邪魔になるから来ないでほしいと言われた」
「……何というか、ご愁傷様」
「でもよ、参加できないのは仕方ないとして、師族会議で何が話し合われたか、気にならねえか?」
妙な空気を払うためか、レオが話題の転換を図る。
「決定事項は通達されるはずだ」
「達也殿は、いち早く情報を得られるというわけですか?」
そこで話に入ってきたのは平河千秋だ。
「ならば是非、その情報は私にお伝えください。和泉守様には私が責任を持って、完璧なる資料にて報告をさせていただきますので」
「その前に、俺が一番に情報を得られるという前提を何とかしてくれないか?」
「何故ですが? 師族会議に参加されるのは達也殿のお母様なのでしょう?」
「まあ、それはそうなのだが、俺はつい最近まで叔母と思っていたんだぞ。普通の親子と同じと思われると困る」
治夏は達也から両親の話を聞いたことがない。他の友人が親の話題を出したときの反応から考えても、関係を隠したかったということだけではないだろう。事実の程はともかく、達也と四葉真夜の関係が親密でないのは、少なくとも本当のことと見た。
「それでは是非とも、この機に関係改善を!」
「関係改善はともかく、平河の説明のためにやる意味は見いだせないな」
道理である。肉親との関係改善は、当人のために行うべきことで、間違っても他人の任務のために行うものではない。
「平河、あまり達也に無理を言うものではないよ」
「しかし、それでは和泉守様から与えられた命が……」
「達也、もしも良い情報が手に入ったら平河に教えてやってくれないか。なに、公表ができる範囲内で構わない」
治夏としては、適当な落としどころを見出してやったつもりだった。しかし、それは達也の裏切りによって無に帰した。
「……だったら、十文字先輩に頼んだ方がいいんじゃないか」
「じゅっ……じゅうみょんぢ先輩をその程度で戸惑わせるなんて、恐れもったいない」
「何を言っているのか分からないぞ。少し落ち着け」
「うぅっ……」
「すまん、俺が悪かった」
治夏が言葉に詰まっていると、達也が急に謝ってきた。態度を豹変させたことに首を傾げていると、理由はエリカに教えられた。
「いや、和泉。自分では気づいてなかったかもしれないけど、涙目だったから」
逆に恥ずかしい理由だった。
「もういい、帰る」
「待ってくれ。ここで帰られると俺の外聞が悪すぎる」
「知らないよ。達也が意地悪を言ったからなんだから、責任は自分で負ってよ」
「俺が得られた情報なら教えてやるから、それで勘弁してくれ」
「分かった、それでいい」
納得ができない部分もあるが、ここは言い値で飲んでおく方がよいであろう。ひとまず教室へと退散することにする。
ちなみにその日の夜、治夏はちゃんと克人から情報を仕入れていた。本日の会議における最大の話題が、冒頭で提案のされた現十文字家当主の和樹から、当主代理の克人への正式な当主の座の継承だったらしい。そしてそれは、四葉家当主の真夜などの賛成で承認された。これで克人は正式に十文字家の当主になったということだ。
さすがは克人。今までの実績の勝利だと祝福しておいた。
続いて本日の会議で出された懸念について。先週、北米航路で横須賀港に到着し、現在は沼津に停泊している小型貨物船を、USNA大使館が所有するクルーザーが観察をしていたという情報が四葉よりもたらされたようだ。
USNAと聞くと、どうしても先のパラサイトの一件が思い起こされる。改めて考えてみると、新年の祝賀行事に気を取られて宮芝の警戒が低下していたかもしれない。そうでなくとも、現下は反魔法師活動がまたしても活発化の兆しを見せており、北米はその反魔法師活動の本場とも言える地域だ。テロ要員の密航などもありえない話ではない。
それにしても、いかに関東は人も物の流れも活発とはいえ、七草は少し情報収集能力が低下しているのではないだろうか。もう少し頑張ってもらいたいものだが、それは宮芝も動きにくくなるということでもある。痛し痒しだ。
他の話題としては、その七草の当主が達也と深雪の婚姻に反対を表明したらしい。理由としては近親婚により貴重な魔法師の才能が失われることへの懸念だそうだ。それを聞いて治夏は以前、反魔法師報道に対抗するために克人とともに七草邸を訪れたときのことを思い出してみた。
現七草家の当主の弘一は、外見だけ見ればエリートビジネスマンというやつだ。強力な魔法師という印象はあまりなかった。その瞳に謀略を好む者に特有の相手を値踏みして計ろうとするような暗い光が見え、はっきりいって治夏の印象はよくない。となれば、今回も純粋な魔法技能に対する憂いではなく、なんらかの策の一環などではないだろうか。
ちなみに七草弘一はその後、司波深雪と司波達也の婚姻の取り消しまで提案したらしい。いかに魔法師の才能の継承のためとはいえ、婚姻という私的な行為に口を出すとは思った以上に、いけ好かない相手だったようだ。
更に言うと、その後は一条家の当主までも七草に乗り、司波深雪と一条将輝の婚姻を提案して、その場で返答を求めて四葉真夜に断られた。けれど一条は諦めず、将輝にお付き合いのチャンスを与えてほしいと懇願し始めたようだ。その話を聞いて治夏は本気で脱力していた。
師族会議はもっと真剣な話をする場ではないのか。何を大の大人たちが十人も集まって、高校生の色恋の話を議論しているのだ。
結局その話題は、アプローチをすることまでは禁じないが婚約は解消しないという、至極まっとうな終わりを迎えたらしい。そして、そのくだらない話題だけで一日目の師族会議は終わったと聞いて、治夏は本気で頭を抱えた。
一日目に九島の十師族からの降格と七宝の昇格はありませんでした。
九島のパラサイドール事件は宮芝が関わっているので四葉の追求から外れましたし、周公瑾は宮芝がこっそり始末してますし、七宝は長男が力士になってしまいましたし。
……最後は何の脈絡もないですが。