テロから一夜明けた二月六日。
普段通りに登校した宮芝和泉守治夏は、昼休みに達也たちと食堂に赴いていた。
食堂の大型ディスプレイがテレビの緊急ニュースを流し始めたのは、治夏たちが食事を始めてすぐの頃だった。
ニュースキャスターが読み上げ始めたのはテロリストの犯行声明だった。
昨日、箱根のホテルを襲ったテロを実行したのは自分たちである。
自分たちは魔法という悪魔の力をこの大地から一掃する為、聖戦を行う者である。
昨日の攻撃はこの国における魔法師の首魁、十師族を標的とするものだった。
しかし十師族は卑劣にも、一般市民を盾にして逃げ延びた。
自分たちは今後も魔法師を名乗るミュータントから人類を解放する為、戦い続ける。
日本人が魔法師を追放しない限り、犠牲者は増え続けるだろう。
ゴテゴテと飾り立てた声明を要約すると、こんな内容だった。
「馬鹿だな」
それを聞いて、思わず治夏は漏らした。
「馬鹿っていうのは、誰のこと?」
聞いてきたのは、いつも行動の早いエリカだ。
「今回のテロリストのことだよ」
「その理由は?」
「はっきり言って、自らの望みを語り過ぎだ。放っておいても反魔法師の機運は高まりそうな場面であったのだ。ここで外国人によるテロ活動ですと馬鹿正直に告白しては逆に利用の目が出てくるだけだ。正体や目的を語らない方が、かえって想像力を駆り立てるということもあるのだよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなのだよ」
語れば裏を読まれる。語れば矛盾を突かれる。それを避けるためには語らぬというのも立派な手段だ。
その間にキャスターは爆弾テロの被害状況を伝え始める。
ホテルの利用客八十九名の内、死者二十二名、重軽傷者三十四名。無事だった利用客三十三名の内、二十七名が魔法師。
キャスターは死者・重軽傷の中に魔法師が含まれていないことを付け加え、彼らが我先に逃げ出すのではなく人命を優先していれば被害はもっと抑えられたのではないか、と結んでいた。
「何で自分の命より他人の命を優先しなきゃいけないのよ」
画面の中で政治家のコメントを報じるキャスターに向かってエリカが吐き捨てる。
「地位や職業で他人の命を優先しなければならない場合もあるけどね。それを無条件かつ当然のように語られるのは確かに不愉快だ」
吉田も珍しく強い口調で嫌悪感を露わにしている。それだけキャスターの理不尽な言い分が我慢できなかったのだろう。
「元より人は勝手なものだ。自分が人を助けることは当然ではなくとも、人が自分を助けるのは当然と思っている」
「そんな奴ばっかりじゃないと思いてえな」
頷ける部分もあるが、頷きたくない。レオの言葉からはそんな複雑な心境が見えた。
「そもそも今回のテロで自爆したテロリストは五十人近かったんだろ? そんだけの数を相手にどうやって被害を防止できたって言うんだよ。十師族を万能のスーパーマンか何かと勘違いしてねえか?」
「良い所に気が付いたね、レオ」
「へ? 何のことだ?」
「君は今の自分の言葉に不自然な部分があることに気づかなかったか?」
「俺の言葉?」
レオは思い当たることがないのか、考え込んでいる。
「はあ、君は考えが深いのか浅いのか、よく分からないな」
「ほっといてくれ」
「自爆したテロリストが五十人。これは普通のことか?」
それでレオもはっとした表情になった。ただのテロリストが五十人でも十分すぎるほど多い数だ。けれども自爆するような狂信的なテロリストが五十人は、すでに異常事態だ。
「我々は達也からの情報によって敵が魔法師であることを知っていた。だから何とも思わなかった。けれど、民間人の中には敵の素性にまでは思いを馳せていない者もいよう。だが、魔法師たちをミュータントと呼んだ者たち自身が魔法師で、しかも外国人だ。外国の魔法師が人類の解放を叫んで日本の魔法師を攻撃する。これほどの喜劇はあるまい」
「けど、それも憶測だって言われるんじゃない?」
エリカはなお、懐疑的な様子だ。
「憶測でよいのだ。初めは単なる憶測でも裏付けるような事実がいくらか起これば、やがては真実になる」
「起こるんじゃなくて起こすんだな」
一方の達也は呆れ顔だ。宮芝がそれを可能なことも、現実に実行する可能性が高いことも理解しているからだろう。
「……なんとか穏便に済ませられないのかな」
そう言ったのは吉田だ。吉田は相手が敵であれば躊躇いなく倒すことができるが、罪のない者を巻き添えにすることは嫌う傾向があるように見える。もっとも、それは誰しもが大なり小なり持っているものだ。殊更に甘いと言うつもりはない。
「私もできれば穏便な方法を望んでいる。かといって反魔法師活動の長期化は国にとって大きな不利益になる。ならば、手荒な手段もやむをえまい」
宮芝だけに限定をすれば、実は反魔法師活動はほとんど影響がない。元々、ほとんどの宮芝の術士たちは山奥に引っ込んでいるのだから。
しかし、反魔法師活動が活発化すると、現代魔法師の活動は低調になる。魔法の衰退や停滞は、そのまま他国と比したときの戦力の劣後となって現れる。実際に、それが他国の狙いなのだ。そのような馬鹿げた狙いを通してやるわけにはいかない。
それに、愚かにも敵国の策に乗り、祖国に害を与える者は宮芝にとって、守るべきものに当たらない。被害は魔法師ではなく愚行に走るものが追うべきだ。悪いが、愚行の対価は自らの血をもって払ってくれ。
「それにしても、あのキャスターの言い方、優先すべき人命に魔法師の命は入っていないようだったな。被災時の助け合いは必要なことだが、自分よりも他人を優先しろという美談の押し付けよりも深刻に思えるな」
魔法師の兵器からの解放を目指す達也としては、キャスターの言い分は承服しがたいものだったのだろう。
「そんなものだよ。人はいつだって、勝手に自分を優先してもらえる方に入れたがるものだ。軍人より民間人。警官より民間人。役人より民間人。高給者よりも薄給者。そして、魔法師より非魔法師。違いなど些細なものなのに、少しでも強いと思うものを探して、自らの弱さを理由に助けてもらうことを願う」
「そして、それが満たされないと不満に思う、というわけか」
だからこそ、宮芝は魔法師が国防に関わることを望みながら、魔法師は兵器という考えには賛同ができない。魔法師というのは望んでなれるものではない。つまり魔法師が兵器と認識されることは、非魔法師に自分は兵器ではないという誤った認識を与えかねない。そして、国防が多くの者にとって他人事になったとき、その国は滅亡を迎える。
達也は魔法師たちに積極的に軍事教練を課していることをもって誤認しているようだが、宮芝は通常戦力こそ国防の主力と考えている。宮芝はあくまで敵の魔法師を受け持ち、敵の戦闘機や戦車は国防軍に任せる。それが宮芝の基本戦略だ。
「そうだね。全くもって始末に悪い」
けれど、始末が悪いといえば、宮芝はそれ以上だろう。宮芝が守るのは、いつだって強いものの方だ。宮芝にとっては、秩序は安定している方が望ましい。危険を冒して新しいものを求めるよりは、安全策を取る。
今の秩序を一刻も早く取り戻す。次の宮芝の方針はそう決まっている。そのためならば、多少の犠牲も許容する。
流れたばかりのニュースに不快な思いを抱いていることを隠せないでいる少女の姿を、ちらりと覗き見る。彼女の関係者が巻き込まれると、まだ決まったわけではない。けれど、その可能性は高いといえる。
そのとき彼女は、どのような反応を示すだろうか。私との関係は今とどのくらい変わってしまうのだろうか。
暗い思いを悟らせないように治夏はそっと目を逸らした。