その日の夜、宮芝和泉守治夏は十文字家の屋敷にいた。屋敷の応接間には他に達也と七草真由美もいる。用件は師族会議で決められたというテロ事件の犯人の捜索についての協力要請だ。達也については、すでに当主からの承諾を得ている以上、個別に話す必要はないはずだが、律義な克人が自分の口からも依頼することを望んだために設けられた。
達也と真由美が座るのは、克人と治夏の座るのと同じ三人掛けのソファだ。二人の間には一人分の間隔が空けられている。一方、克人と治夏の間に空間はほとんどない。先に席についていたのは治夏たちで、であれば間隔も合わせてほしかっただが、達也にそんな機微を発揮してくれという方が無理というものだろう。
「昨日のテロ事件の件で、お前たちの力を借りたい」
「その件については四葉の当主からも命じられていますので、もちろん俺は協力させていただきます」
そう言った達也は、しかしそこでチラリと真由美の顔を窺い見る。
「しかし、何故七草先輩を? 七草家もご長男がテロリストの捜索に当たられると聞いていますが」
「司波。あいにくだが、その質問に答えることはできない」
そう言うと、克人は真由美に顔を向ける。
「七草。お前に対するこの依頼は十文字家として七草家のご息女に向けたものではない。友人としての頼みだ。だから家の都合を考える必要は無い。気が進まなければ断ってくれても構わない」
「克人、それは逆効果というものだ。友人として、と言われたら、七草先輩の性格上、余計に断れなくなってしまう」
真由美が小さく呆れの息を吐き出したのを見て、治夏は克人を窘める。
「むっ、そうなのか?」
「そうなんだよ」
そこで再び真由美が呆れの息を吐き出した。今度の呆れの内容は明白だ。克人が慌てて真由美に向き直った。
「それで、十文字くんは私に何をさせたいの? 『力を借りたい』だけじゃ判断できないわ。私にできない事は引き受けられないし」
「それもそうだな」
克人は湯吞みのお茶で唇を湿らせてから真由美に説明を始める。
「今回のテロリスト捜索はいささか変則的な体制で行われることになっている」
「それは知ってる。総責任者が十文字くんで、主力の指揮を執るのが家の兄なんでしょう? 非効率よね。家同士の面子に拘っている場合じゃないと思うけど」
真由美は同じ関東地区を地盤とする七草家と十文字家、両家の面子を立てる為にこのような変則的な体制が組まれたと理解しているようだ。しかし、事実は違う。この体制は名倉を捕らえた宮芝と七草の確執によるものだ。
今回のテロの首謀者は古式の術者である。となれば、捜索には宮芝家の力は必須。けれども本来なら十師族側の指揮を執る七草と宮芝の関係は悪い。そのことを知っていた四葉真夜が手を回した結果が今回の指揮体制だ。けれど、それを真由美に言う必要はない。
「七草が言う通りくだらない面子ではあるが、決まった以上は仕方がない。だが、智一殿と俺が連携を取らずに別々に動くと、無駄が生じてしまうのを避けられない。そこで七草には互いの進捗状況を伝え合う連絡係を務めてもらいたい」
克人には今回の体制の裏を伝えてある。そして克人は今回については、真由美の思い違いを利用することに決めたようだ。
「俺は捜査状況について智一殿に隠し事をするつもりはない。智一殿にもそんなつもりはないだろう。だが、捜査の過程で秘匿技術や秘密情報網を使う場面は必ず出て来る。そうしたものから得られた情報は、部外者には伝えにくいものだ。得られた情報の性質から、その手段を推測することは決して不可能ではないからな」
克人が説明をしている間、治夏は話し相手である真由美ではなく達也のことを見ていた。真由美と達也、どちらが僅かの情報から真実に至る可能性が高いかと考えれば、警戒すべきがどちらなのかは明らかだ。
「なるほど。だから私に、間に入れと言うのね? 単なるメッセンジャーには明かせないことが出て来るから」
実際、真由美は克人の話に耳を傾けていて治夏の注意がどちらに向いているのかは気づいていない。
「そうだ。七草家の秘密に関わる部分はお前の判断で伏せてくれて構わない。テロ事件解決の為に必要と判断される情報だけを教えて欲しい」
「難しいこと言うなぁ……」
情報を伏せるか任せると言っているが、真由美が個人の判断で必要な情報を共有せず、犯人を取り逃がした場合、その責任は誰に向かうのか。間違っても真由美個人とはならない。今回の主力の指揮を執るのは七草智一なのだ。つまり、情報の共有不足で取り逃がした場合の責任は七草家が負うことになる。
「……分かったわ。引き受ける。確かに私が一番適任でしょうね」
しかし、真由美はそこまでの意図を読み取れなかったようだ。
「助かる」
そう言った克人が目を伏せたのは、治夏の発案に乗ってリスクを七草にばかり押し付けることへの後ろめたさだろう。
「気にしないで。家の問題でもあるんだし。ところで、宮芝さんが十文字くんに協力してくれようとしているのは分かるけど、それは宮芝家として?」
「無論、宮芝家としてだ。今回の件は他国の工作員による我が国への攻撃だからな。宮芝が手を貸さない道理はない」
「そう、なら安心ね。どうせまた、何か隠している情報があるんでしょ」
「人聞きが悪いことは言わないでほしいな。私はいつだって国のために必要な情報は供出しているつもりだよ」
まあ、逆に言えば全部ではないということだが、それはお互い様だろう。
「それで、私は具体的にはどうすれば良いの? 大学はしばらくお休みするべきかしら」
「それをこれから相談したいと思っていた」
そう言って克人はしばらく蚊帳の外にいた達也に目を向けた。
「有力な手掛かりが見つかるまでは自由に動いてもらって構わないが、連絡だけは密にしておきたい。どうも宮芝は比較的早期に犯人にたどり着けると考えているようだしな」
そう言って治夏を見やってきた克人に頷きを返す。
「それで、できれば毎日、進捗だけでも確認したいのだが」
「俺は構いません」
「毎日必ずって確約はできないけど、原則としてそれで構わないわ」
「それで十分だろう。なに、都合が合わなければ、合う者だけで集まればいい」
そう言いながら達也を見ると、非常に嫌そうな顔をしていた。ということは、真由美が来られないときは達也も来るなというメッセージは伝わったようだ。
よし、これで仕事にかこつけて克人と二人きりになれる。あとは共有すべき情報が少ない日であるかを事前に調査し、真由美と達也に連絡して出席を見合わせるよう依頼する方法を考えておかなければ。
「場所は何処にする?」
「私と十文字くんだけなら魔法大学の近くが良いと思うけど……」
相談を始めた克人と真由美が達也の様子を窺っている。
「問題ありません」
達也が即答した瞬間、決定事項のような雰囲気となっている。
「ちょっと、私の意見は聞いてくれないの?」
「宮芝さんは、この中で一番、時間に融通が利くでしょ」
そう言えば去年のこの時期、治夏はパラサイト関係の研究のために授業は全て替え玉を派遣していたのだった。そして、真由美はそれを知っていたらしい。これはさすがに自業自得なので、大人しく引き下がるしかない。
「しかし、魔法大学の近くに適当な場所がありますか?」
「そんなもの、どうとでもなるだろう」
「そういえば、宮芝はそちらの方面も専門だったな」
諜報だけでなく防諜も宮芝の真価が発揮できる場面。そう簡単に破られはしない。
「情報交換を始めるのは明後日からにしたいが、それでいいか?」
「了解よ」
「承知しました。何時に、どちらにうかがえばよろしいでしょうか?」
「……では、明後日の十八時、魔法大学の正門前に来てくれ」
「分かりました」
ちなみに今回、克人は治夏には待ち合わせ場所について何の相談もしていない。それは、治夏が克人と毎夜、メールや通話で話をしているからなのだが、その裏事情は気づかれていないだろうか。そう思いながら、治夏はちらと達也の様子を窺った。しかし、今の達也は無表情であり、治夏は何の情報も得られなかった。