魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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入学編 入学四日目・放課後(後)

「入学三日目にして、早くも猫の皮が剥がれてしまったか……」

 

聞こえてきた達也のぼやきに、司波深雪は自らの短慮への後悔から胸が裂けそうなほどの痛みを感じた。

 

「申し訳ありません……」

 

「お前が謝ることじゃないさ」

 

「ですが、わたしの所為でまたお兄様にご迷惑が……」

 

続けようとした謝罪の言葉は、達也の手により遮られた。達也は優しく深雪の頭を撫でてくれたのだ。おずおずと顔を上げてみる。

 

「怒ることのできない俺の代わりに、お前が怒ってくれるから、俺はいつも救われている。それに、今回はお前の所為ではなく、和泉が悪い」

 

「これは手厳しいな」

 

和泉は何ら悪びれた様子なく邪気たっぷりの笑顔を浮かべている。

 

今から一時間ほど前、生徒会室で風紀委員候補の宮芝和泉が生徒会副会長の服部刑部を、禁止用語の使用の咎で制圧するという前代未聞の事件が起きた。その後、和泉は目覚めた服部に対して丁寧に謝罪をしながらも、一科生で上級生の服部が、まさか二科生の簡易な魔法一発で気絶するほど弱いとは思わなかった、と弁明したのだ。

 

和泉の弁明を傍で聞いていたが、出てくる言葉はいずれも、この学園の一科生は揃って搦め手からの攻撃に弱い脳筋ばかりで、少しの工夫でどうにでもなる、といった言葉ばかり。はっきり言って弁明でなく挑発だった。

 

その挑発に耐えかねたのか、服部が達也たち二科生のことを補欠と呼んだのだ。それは、深雪には看過できない言葉だった。

 

達也は実家ではいなくても構わない存在として扱われていた。服部の言葉は、この第一高校でも達也はいなくても構わない存在であると言ったように聞こえてしまった。深雪は服部の発言を否定しなければ、達也の居場所がまたひとつ消えてしまうように感じたのだ。

 

必死に反論するうちに冷静さを失い、ついには言ってはならない言葉を発しようとしたところで達也は服部に模擬戦を持ちかけた。その結果として、今、深雪たちは演習室の前まで来ていた。

 

「深雪、もうすみません、とは言うな。今、相応しいのは別の言葉だ」

 

「はい……頑張ってください」

 

目からこぼれかけた涙をぬぐい、笑顔を浮かべた深雪に笑って頷き、達也が演習室の扉を開ける。そこで待っていたのは、審判役の渡辺摩利だった。

 

「それで、自信はあるのか?」

 

達也にそう聞いた渡辺の顔の距離は、吐息がかかるのではないかと思うほどの近さだ。それほどまでに顔を近づけずとも、服部は近くにはいないので聞こえることはない。はっきり言って、渡辺摩利の意図が分からない。

 

「和泉とは少し違いますが、正面から遣り合おうなんて考えていませんよ」

 

「落ち着いているね……少し、自信をなくしたぞ」

 

さすがに達也は、その程度では動揺はしない。

 

「こういう時に赤面するくらいの可愛げがあった方が、力を貸してくれる人間が増えると思うがね」

 

ニヤッと笑って後退ると、渡辺は中央の開始線に歩いて行った。

 

達也は黒いアタッシュケースの中から拳銃形態のCADを取り出し、カートリッジを抜き出して、別の物に交換する。その様子を、深雪を除く全員が、興味深げに見詰めていた。

 

渡辺が簡単にルールの説明を行う。

 

それは、相手に致死性の術式、回復不可能な障碍を与える術式および相手の肉体を直接損壊する術式、武器使用の禁止。勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。双方開始線まで下がり、合図があるまではCADを起動しないこと。というものだった。

 

それまでも達也の勝利を疑っていなかった深雪であるが、試合のルールを聞いて、より強く勝利を確信した。対人戦で兄に勝てる相手はいない。

 

達也と服部の双方が頷き、五メートル離れた開始線で向かい合う。

 

この勝負は通常、魔法を先に当てた方が勝つ。そして、同時にCADを始動するルールであるため、魔法構築の速度に優れる一科生である服部は二科生の達也より圧倒的に有利。服部はそう考えていることだろう。

 

けれど、魔法の構築速度など些細な問題だ。

 

達也はCADを握る右手を床に向けて、服部は左腕のCADに右手を添えて、渡辺からの開始の合図を待つ。

 

場が静まり返り、静寂が完全な支配権を確立した、その瞬間。

 

「始め!」

 

渡辺の声により達也と服部の正式な試合の火蓋が切って落とされた。

 

先手を取ったのは服部だった。スピード重視の単純な起動式を即座に展開を完了させ、魔法の発動態勢に入る。

 

しかし、達也はその一瞬の間のうちに服部の目前にまで迫っている。達也はそのまま服部の側面へと回った。対象を見失ったことで、魔法の起動に失敗した服部に向けて達也がCADの銃口を向けて魔法を発動する。

 

服部の身体が崩れ落ち、勝敗は決した。

 

「……勝者、司波達也」

 

渡辺の勝ち名乗りは、むしろ控え目で、勝者の顔に喜悦はない。軽く一礼をするとCADのケースを置いた机に向かう。これはポーズではなく、達也は自分の勝利に何の興味も抱いてはいない。

 

「待て」

 

その背中を、渡辺が呼び止める。

 

「今の動きは……自己加速術式を予め展開していたのか?」

 

「そんな訳がないのは、先輩が一番良くお分かりだと思いますが」

 

「しかし、あれは」

 

「魔法ではありません。正真正銘、身体的な技術ですよ」

 

「わたしも証言します。あれは、兄の体術です。兄は、忍術使い・九重八雲先生の指導を受けているのです」

 

深雪の証言により、服部を翻弄した動きが体術であることは信じてもらえたようだ。観戦していた七草真由美たちの興味は服部を倒した攻撃に移った。

 

達也が服部を倒した魔法はサイオンの波であることを伝えると、市原鈴音は、それが振動数の異なるサイオン波の合成によるものと見抜いた。更に、中条あずさは達也のCADがシルバーホーンという名の、天才プログラマであるトーラス・シルバーがフルカスタマイズした特化型モデルであることを言い当てた。

 

三人がかりであること、達也が多少なりともヒントを与えたとはいえ、初見でこれだけの分析ができるあたりは、さすがは名門第一高校の生徒会メンバーだと感心する。それに、トーラス・シルバーを高く評価しているところも素晴らしいとしか言いようがない。

 

七草と市原の分析は続き、ついに達也が座標・強度・持続時間・振動数の変数化して魔法を起動していたことに思い至った。

 

「多数変化は処理速度としても演算規模としても干渉強度としても評価されない項目ですからね」

 

「……実技試験における魔法力の評価は、魔法を発動する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度で決まる。なるほど、テストが本当の能力を示していないということはこういうことか……」

 

肩をすくめて醒めた口調で嘯いた達也の言葉に応えたのは、半身を起こした服部だった。

 

「はんぞーくん、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です!」

 

少し腰を屈めて、のぞき込むように身を乗り出した真由美に対し、寄せられた顔から逃げるようにして、服部が慌てて立ち上がる。

 

「ならば私とも模擬戦をしませんか?」

 

そう言い出したのは和泉だった。

 

「どうですか、刑部殿も私の実力を知りたくはないですか?」

 

「ちょっと、和泉さん。はんぞーくんは今、達也くんに倒されたばかりで……」

 

「分かりました。やりましょう」

 

七草の言葉を遮り、服部が前に一歩、進み出る。生徒会室で不意打ちとはいえ、あっさり倒されたことは服部にとっても汚点なのだろう。服部の目には闘志がみなぎっている。

 

「ルールは達也と同じでいいか?」

 

「ああ、それでいい」

 

「風紀長、審判はお願いしてもいいかい?」

 

「真由美、どうする?」

 

渡辺に問われ、七草は少しだけ迷った素振りを見せた。しかし、服部が引く気がないのを見て仕方なく頷く。

 

「分かった。それでは、二人とも開始位置に!」

 

渡辺に言われ、和泉と服部がそれぞれ開始位置へと歩き出す。が、その途中で突如として和泉が振り返り、無防備な服部の背に魔法を放つ。

 

「ぐあっ!」

 

服部がたまらず前のめりに倒れる。

 

「何をしている!」

 

叫んだ渡辺はCADに手をかけ、魔法の発動態勢を整えている。

 

「すみません、ついフライングをしてしまいました。今回の模擬戦は私の負けですね。いや、口惜しいことです」

 

対する和泉は悪びれた様子もなく白々しく悔しがって見せている。

 

「……今後一切、貴女が模擬戦をすることは認めないことにしますね」

 

「いいのか、真由美?」

 

「だって、模擬戦でルール違反しても反則負けになるだけで、それ以上のペナルティは決めてないでしょ?」

 

言われた渡辺は苦虫を噛み潰したような顔ではあるが、反論はない。まだ規則を十分に読み込んでいない深雪には判断がつかないが、その様子から事実であるのだろう。

 

「刑部殿に伝えておいてくれ。思い込みは思わぬ隙を晒すだけだ、とね」

 

それだけ言い残して和泉は演習室を去っていく。

 

服部は深雪の大切な兄を貶めた。それだけに、あまり良い感情は抱いていない。

 

しかし、本日三度目となる気絶をさせられた服部は少しだけ哀れに感じた。


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