二月十七日、宮芝和泉守治夏は本家の邸宅で延期されていた新年の祝賀会を行っていた。参列しているのは宮芝家の有力な術士たち二百名ばかり。その前に立った治夏は無事に新年を迎えることができたことを慶び、皆の働きを労う挨拶を行う。
ここまでは例年通り。違うのはここからだ。
「皆も知っていると思うが、去る二月十二日、我々は箱根のテロの首謀者である顧傑を座間にて葬った。そして、本日、首謀者死亡を魔法協会を通じて発表を行った。昨日、一昨日の事件については皆も知っての通りだ。反魔法師主義者たちへの目が厳しくなっている現状況下でのテロ首謀者の死亡の報は、盛り上がった反魔法師活動を終息に向かわせるだろう」
反魔法師活動に外国の工作が多分に影響を及ぼしているということは、この場にいる者たちなら誰もが知っていることだ。次の工作が成功しにくくなる土壌を築けたことを確信して、今のところは皆の表情は明るい。
「だが、反魔法師活動とは別に気がかりなこともできた。それは、今回のテロがUSNAの主導で行われた可能性が高いということだ。現にテロの首謀者はUSNAから入国しており、箱根のテロで使われたのはUSNAの兵器だ。更には、USNAの魔法師が首謀者の顧傑の逃亡を助けるような行動を取っていた」
今度の発言には、さすがの宮芝の精鋭たちも動揺の色を隠せなかった。同盟国であるはずのUSNAが露骨に敵対的な行動を取ってくるとあらば、穏やかな話ではない。
「皆も知っての通り、現在のUSNAには明確な脅威となる外敵が存在しない。此度の件は国内の不穏分子の目を外に向けさせる狙いが考えられる」
大亜連合と新ソ連が、それぞれ目を日本に向けており、また大亜連合と新ソ連の関係もよくない現状下では、USNAがどこかから攻められるという展開は考えにくい。USNAがてこずっているのはむしろ内なる敵で、その代表格が人間主義者たちだ。
日本で人間主義者たちに過激なテロを起こさせ、それをもって外国で引き起こした事件を理由に弾圧を行う。それがUSNAの狙いではないかと治夏は疑っている。もしも、そのようなことのために火種を日本に放ったのだとしたら、宮芝としては絶対に黙っているわけにはいかない。
四葉ではないが、日本に手を出した者には相応の報復を行う。それが抑止力となり、国を守ることに繋がるはずだ。
「これまでもUSNAは潜在的には敵国であった。しかし、先日より奴らは我らの明確な敵国となった。かくなる上は今まで以上に戦力を増強しなければならない」
その言葉にはこれまでと違った種類の動揺が走ったようだった。有力な家の中には宮芝宗家の力が増し過ぎることを厭う者も多い。
ざっと見て治夏の敵に回りそうなのは、大見福川、逸見福川、岩瀧中原、佐倉中原、丹羽、三田、安藤、高梨、二階堂の一族。所属する術士たちは合計すると百二十人くらい。ここにいる者たちと限定しても五十人くらいだ。全体の四分の一というのは、あまり喜べる数値ではない。しかも、上手く腹の中に押し込めている隠れた反対派がいる可能性もあるのだ。
大きな溜息でもつきたい気分だが、皆の前でそのようなことはできない。微かな笑みを絶やさぬように話を続ける。
「戦力増強の具体的な手段として、我らは十師族である十文字家と婚姻による盟約を結ぶこととした」
はっきりとしたどよめきが、場に満ちた。
「婚姻による盟約とは具体的には、どなたとどなたによるものですか?」
声を上げたのは反対派と目していた佐倉中原家の当主だった。
「宮芝和泉守である私と十文字家当主の克人殿だ」
治夏の回答はどよめきを大きくした。
「十師族の当主が宮芝に来ていただけるとは思えません。和泉守様が宮芝を出られるということですか?」
「将来的には、そうなるだろう。しかし、当面は婚約に留めるため、私はしばらく宮芝に残ることになる」
「しかし、いつかは外に出られるとなると……」
「皆の懸念は当然だ。ゆえに私は和泉守を先代にお返しし、今後は淡路守を名乗るつもりである」
淡路守は宮芝家の当主が引退したときに名乗る官位であり、現在は先代が名乗っていた。今回、治夏はあまり前例のない先代との官位の入れ替えを行うと表明した。それは治夏が宮芝家の当主から退くことを意味している。
「無論、今後とも宮芝のために力を尽くすが、決定権者は先代で、私はあくまで現場の指揮官となるだろう」
座間基地で討ったベンジャミン・ロウズが実はスターズ所属のベンジャミン・カノープスであることを知り、治夏は報復を行った。以前のパラサイト事件のときに知己を得ていた、スターズのヴァージニア・バランスを処断したのだ。
二人が日本の魔法師によって殺害されたことは、当然にUSNAも気づいただろう。敵対的な行動を取るのなら、こちらとしては一戦も辞さずという意思は伝わったはず。果たして、どのような対処で来るか。
はっきり言ってしまえば、USNAと開戦となれば敗色は濃厚だ。けれど、こちらが簡単にやられるほどの弱者でないことは、パラサイト事件や今回の件で示してきた。例え敗北しようともUSNAの国としての基盤を半壊させる程度の打撃を与えてみせる。
少なくとも治夏はご丁寧に戦争のルールを守るつもりはない。民間人を手当たり次第に死人兵に変えて各地で民間人の虐殺を行う。それを宮芝の術士が全滅するまで続ける。国の敵に対する戦いにおいて宮芝は四葉よりも余程、悪辣だということを思い知らせる。
もっとも、そのようなことになる可能性は皆無だろう。今回、USNAが日本に工作を仕掛けてきたのは、此度の新年会で各家に伝えたように、国内の不穏分子に対応するためという内向きの理由だと睨んでいる。
理由が内にあるのなら、割に合わないと思えば手出しは控えるはず。だから、スターズの実力者の暗殺という強硬な警告を行ったのだ。
とはいえ、いつも読み通りとはいかないのが世の中というものだ。もしもUSNAが野心を秘めていたとすれば、今回の件は格好の口実になる。ただ、それでも宮芝のやることに変わりはない。元から攻撃する予定だった敵からの非難など放置して、宮芝は宮芝の戦いで敵に被害を与えるだけだ。
そのための十文字家との同盟だ。治夏の思いとしては、このような緊急の事態に対処するためではなく、普通に婚姻を了承してもらいたかった。しかし、事ここに至っては結果が同じなのだから呑み込むべきだ。
国内では稲垣という警察官に術を仕込んでいた、近江円麿という魔法師を討った。また術を仕込まれた稲垣も、下手に利用される前にテロのどさくさに紛れて殺害した。エリカに恨みを持たれそうなところが気がかりだが、これは受け入れるしかない。
「以上が、私からの話となるが、これに異議のある者はいるか」
積極的に賛意を示す声はあがらないが、反対意見もないようだった。
「では、これより先の新年会については宮芝和泉守治孝様に執り行っていただく」
そう宣言して、治夏は脇に避ける。同時に先代が和泉守として中央に坐す。
「淡路守、ご苦労であった」
通常、淡路守は宮芝の先代であるため、和泉守となっても敬意を持って接することを慣例としてきた。しかし、今回は和泉守は淡路守の先代でもあるため、和泉守が淡路守よりも上位とするようだ。治夏としても先代に敬意を示されても困るため、問題はない。
「さて、最近になって列席するようになった者の中にはよく知らぬ者もいよう。儂が前淡路守であり、此度、和泉守となった治孝だ。淡路守からも説明があったと思うが、今の日本は目には見えぬが危機的な状況にある。今年は間違いなく、動乱の年となろう。皆は明日より迫りくる危機に対応できるよう全力を尽くしてもらいたい」
さすがに先代だ。話を始めてすぐに皆の顔が引き締まった。これが年月を積み重ねた者のみが会得できる威厳というものなのだろう。
「とはいえ、それは明日からのこと。皆で来年もこの場所で集うために、今宵は明日への英気を養うために存分に楽しんでもらいたい」
先代がそう言うと同時に、酒と料理が運ばれ、皆の空気が緩んだ。新年会の第二幕、宴の始まりだった。
こっそりと千葉寿和生存。
彼が生き残れた理由は、本作では未登場に近かったため。
エリカが平然としているのも変だし、かといって存在自体が無に近い親族の死を急に悲しんでいるのも変。
というわけで、生存しているものの、今後の登場はないことでしょう。