魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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南海騒擾編 決戦前の宴

三月二十八日。この日は宮芝淡路守治夏にとってテロ工作阻止の本番の予定だった。

 

しかし、一昨日に勃発した予想外の潜水艦との遭遇戦において放った関本魚雷で、座乗中の大亜連合脱走兵の指揮官の一人であるダニエル・リウとオーストラリア軍の士官が戦死した。加えて昨日、潜水艦の母艦ともいえるタンカーに偽装された移動式の潜水艦ドックに対して国防軍は空挺攻撃を行い、その主力を壊滅させている。

 

残るは首謀者の一人、ブラッドリー・チャンの他、十名にも満たない兵たちのみと聞いている。それくらいなら、国防軍だけでどうにでもなる。油断をしきるつもりもないが、全力で警戒に当たる必要もないだろう。

 

というわけで前日の夜からの現地入りの予定を変更。目的地である人工島『西果新島』にはパーティー開始に合わせて向かうことにし、それまでは雫とほのかと久米島で過ごすことにした。その久米島に達也たちが到着したのは、昼前のことだった。

 

「達也さん!」

 

ほのかは相変わらず、達也を見るなり喜色を満面に浮かべる。

 

「ほのか、雫、和泉、わざわざ来てくれたのか」

 

「その順番には、どんな意味があるのかな?」

 

「どんな意味もないから、いちいち突っかからないでもらえるか」

 

ちょっと場を和ませようとしただけなのに、達也は酷く面倒そうに言う。実際に達也は、ほのかに対して随分と気を使っているように見えるが、これ以上の指摘は不興を買うだけなので、ここは引き下がることにする。

 

「三人とも、食事は? まだだったら一緒に食べないか?」

 

「是非! 是非っ! 喜んでっ!」

 

「ほのか、興奮しすぎ。……私たちもそのつもりだった」

 

今にも踊り出しそうなほのかと、思いがけない申し出にはにかむ雫、それを見て微かな笑みを浮かべる達也。なんだか随分と平和な景色だ。

 

それもこれも、破壊工作への対応が上手くいっているからだ。緩み切りはしないものの、確かな成果を得られていることの充足感に満たされながら、治夏は達也たちと、ほのかのお勧めの「車海老バーガー」でお腹を満たした。

 

「ところで、達也さんたちは何処で着替えるの?」

 

食後のデザートに沖縄ぜんざいを食べながら、雫が主に深雪の方を見ながら訊ねる。

 

「もし良かったら、美容室を使えるよ」

 

「ありがとう。でも大丈夫よ。クルーザーの中で着替えられるわ」

 

クルーザーの中での着替えと、美容室で専門家の手を借りての仕度では天と地ほども差が出てもおかしくない。雫の申し出は女子としては非常に魅力的な提案であるはず。それなのに、迷う素振りもなく辞退ができるあたり、深雪はやはり自分の容姿に絶対の自信を持っているのだろう。

 

「深雪、せっかくだから雫の好意に甘えたらどうだ」

 

「達也様がそう仰るなら……お願いしようかしら」

 

けれど、その言葉は達也の一言で、あっさりと翻されることになる。

 

「水波も」

 

けれど、雫は嫌な顔一つせず、今度は桜井に声をかけていた。

 

「水波もお世話になると良い」

 

その桜井も達也からの勧めに従い「お願いします」と頭を下げる。

 

「和泉もどう?」

 

「なぜ私は最後なのかが気になるところだが」

 

「和泉は自分でも用意しているんでしょ?」

 

九校戦を始めとして何らかのパーティーがあるときは治夏は毎回、仕立て直した新作を着用して参加していた。ならば、今回も相応の準備はしているはずと考えたようだ。

 

もしも最初に声をかけられていた場合、治夏はそれを理由に断っていただろう。そして、結果として一人だけ違う美容室に籠ることになったはずだ。前々から片鱗は見せていたが、雫は存外、頭が回るようだ。

 

「それで、どうする?」

 

「せっかくの申し出だ。私もお願いさせてもらえるかな」

 

こうして、女五人で美容室で行くことになった。パーティーに出席する為のメイクに要した時間は二時間半。この間、達也は深雪と桜井の纏うドレスの運搬の他、国防軍との仕事の打ち合わせを行っていたらしい。何とも仕事熱心なことだ。

 

準備の後は船を使う達也たちと別れ、雫が用意してくれたヘリに同乗して、治夏は西果新島に向かう。西果新島の位置は久米島西三十キロの沖合。ヘリなら十分前後だ。

 

今日のパーティは西果新島に作られた五層構造の人工地盤の第一層のホテル宴会場で開催される。開会三十分前には宴会場のロビー前には続々と招待客たちが集まってきている。その中に見知った顔があった。

 

「やあ、馬子にも衣裳の諸君。早い到着だな」

 

治夏が声をかけたのは第一高校の卒業生たち七人の集団だ。

 

「宮芝さん、それは褒め言葉じゃないということは当然、知ってて言ってるのよね?」

 

「当然であろう。壬生、私は魔法力ではお前と同じ二科生だが、学なしではないぞ」

 

「だったら、ちょっと酷いんじゃない?」

 

「だが、自分でも場違いだと感じていたのだろう? 顔に書いてあったぞ」

 

そう言うと、事実であったのか壬生が気まずそうに視線を逸らした。意外と慣れているのか平気そうなのが千代田で、中条も少し居心地が悪そうにしている。

 

「誰もが私たちのように衣装に金をかけられる訳ではない。壬生の衣装は一般人としては及第点で、少なくともこの場で浮くほどではない。どうせ衣装だけ立派にしても立ち居振る舞いでぼろが出る。壬生は普段通りに過ごせば、それでいい」

 

「ええっと、それって励ましてくれてるってことでいいのよね」

 

「まあ、そう取ってもらって構わない」

 

「あれ? ってことは、もしかして、わざわざ励ましに来てくれたってこと?」

 

もしかしなくても励ましにきたのだ、いちいち言わなくても察してほしいものだ。

 

「千代田先輩、壬生先輩、お早いですね」

 

そこに少し遅れて卒業生たちを見つけた、ほのかがやってくる。

 

「あれ、光井さん一人? 北山さんは?」

 

「あそこに」

 

ほのかが掌を向けた先では、雫の父、北山潮が妻と雫、もうすぐ中学生になる長男を連れて有名政治家から挨拶を受けていた。

 

「雫も先輩方の方に来たかったようだが、私が止めた。弟が挨拶を受ける場にいて姉が友人と遊んでいるのでは示しがつかないからな」

 

「そういうところは律義なんですね」

 

中条は他の面でも律義さを発揮してほしいと言っているのだろう。だが、治夏は今でも十分に律義だ。もし律義でないと見えるとしたら、それは相手が気を使う価値もない存在にすぎないだけだ。

 

「それにしても、あの人、結構偉い政治家だったよね? 挨拶するんじゃなくて、向こうから挨拶に来るんだ……」

 

千代田の声は、感心しているだけではなく、呆れ混じりだ。

 

「結構偉いって言うか、大臣経験者だよ。あの方は国防族の有力者だから、余計に気を遣うんだろうね」

 

五十里が後ろから小声で口を挿む。他の者は驚いた様子を見せていたが、宮芝は政府にも深く関与している一族だ。相手が国防族の有力者となれば治夏は当然に顔と名前を知っている。

 

ちなみに、北山家の傘下に直接兵器を扱っている企業は無い。だが銃弾から戦闘機まで、兵器の生産に必要な中間財で北山家の企業グループは高いシェアを抑えている。なまじ軍需分野が主業態で無い為、北山潮の機嫌を損ねれば売上を民生品や輸出に大きくシフトして国防軍の補給が滞る恐れがあった。五十里が使った「気を遣う」という表現は、実態に対して控えめなものと言える。

 

だから治夏は北山潮と密かに会談を行い、その場で大量の物資を発注している。それは来るべきUSNAとの開戦を見越したものだ。

 

かつての日本軍の例を見るまでもなく、USNAと本気で戦争をすれば日本は必ず負ける。ゆえに、いかに開戦直後に大きな打撃を与えられるかが鍵となる。相手の態勢が整う前に、矢継ぎ早に二の矢、三の矢を繰り出すことができるよう、日本は大量の武器弾薬を保有しておく必要があった。治夏はその準備を北山潮に命じている。

 

何も起こらなければ、それが最善。だが、妙なテロまで主導したUSNAが、このまま引き下がってくれるとも思えない。

 

「達也さん、まだ来ていないのかな」

 

治夏が日本の未来にとって重大な事柄を考えているときに、相も変わらず、ほのかは達也のことを考えているようだ。

 

「心配せずとも、パーティーが始まれば姿を見せる」

 

治夏の考えた通り、パーティー開始時には達也たちも姿を現していた。ただし、会場への入場は最後の方だった。

 

その瞬間、ざわめきに満ちていた会場が、入口の方から急速に静まり返っていった。

 

人々は息を呑み、身動ぎ一つできず、深雪の人が持ち得るものとは思えない美貌に目を、意識を奪われた。

 

「もう見慣れたつもりでいたけど……ああいう格好を見ると、改めて圧倒されちゃうわね」

 

千代田の発言は治夏も同意せざるをえないものだった。治夏は美容室で着飾った深雪の姿を目にしている。それでも寛いでいる場面と、相応の場で相応の態度を取っている場面とでは、また違う印象となる。

 

まったく、ブラッドリー・チャンが率いる大亜連合の脱走兵との開戦は、間近に迫っているというのに、緊張感を削がないでもらえるかな。治夏は心の中で深雪を詰ってみせた。

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