人工島『西果新島』から西に、わずか一キロ。
満月の光を受ける波の上に、森崎駿は立っていた。森崎の足元には一枚の木板。大海では急流の木の葉よりも頼りないその足場の上でも、森崎はわずかの揺らぎもみせない。
森崎の周囲に他の宮芝の術士たちの姿はない。それは、宮芝の術士たちが総じて魔法力自体は低いことに原因があった。隠蔽の魔法に、水中や海上活動用の魔法を併用してしまえば他の魔法に割けるリソースは極めて少なくなる。また、好んで用いる近代兵器も水中の敵に効果があるものがないためだ。
ただし、他に参戦する戦力として増援として派遣された水中戦型関本が五機、水上バイクに乗って少し後方に待機している国防軍の魔法師が九名、大亜連合の脱走兵追討軍の兵士が八名、そしてなぜか第一高校の卒業生である服部、沢木、桐原の姿もあった。ちなみに第一高校の卒業生組の服装はスーツ姿のままだ。
「先輩方はこのような所で何をしているのですか?」
「横浜の時とは違って、遠慮無く悪者退治ができるからな」
風紀委員の先輩でもあった沢木の言葉は酷く好戦的なものだ。
「参戦は構いませんが、けして戦列を崩さず、国防軍の指揮官の命令には絶対に従ってください。命令違反があれば、先輩方でもその場で処刑します」
「お前もすっかり宮芝の人間だな」
呆れたように言う沢木に目を向けず、森崎は前を見続ける。
「森崎、予定通り水中での敵の相手は関本たちが行う。そなたは水面に上がってきたところを仕留めてもらえればよい」
指示を行っているのは、森崎と関本たちの指揮官である郷田飛騨守だ。
「隠岐殿からの連絡があったのですね」
飛騨守が改めて確認をしてくるということは、隠岐守の索敵に敵がかかったということだろう。その読みは当たった。
「その通りだ。約三分後に前衛の関本に接敵予定だ」
「敵の数は分かりますか?」
「魚雷型のカプセルが五機だ」
「了解です」
今回の敵の目的は、海中から人工島に接近し、爆弾を仕掛けてフロートに穴を空けることだと聞いている。つまり、魚雷型カプセルさえ潰してしまえば爆弾の設置が不可能になり、敵は作戦目的を達成できなくなるということだ。
ただし、その場合でも決死隊がホテルに乗り込み、無差別攻撃を行うなど、テロ行為としてはやりようはある。ゆえに敵は全員、確実に仕留める。
じっと精神を落ち着かせて、小銃型のCADを前方に向けて構える。設定されているのは氷の弾丸を生み出す魔法。海上戦では効果が高く、また森崎としても得意の魔法であることから本作戦で用いる魔法として選択した。
待つこと約三分。前方で魔法の発動の気配があった。
男たちが次々と海面から飛び出してくる。その数七人。
「敵の総数は九人、内二人は海中で関本が仕留めた」
飛騨守からの連絡が入る。それは、目の前に飛び出てきた敵以外に伏兵がいないということも示している。友軍は森崎も含めて総数二十六。この戦は勝ち戦だ。だが、それは森崎の命まで保証してくれるものではない。どれだけキルレシオが友軍に傾いていようとも、唯一の被撃墜が自分ではつまらない。ここは死を覚悟する戦ではないのだから。
「具申します。国防軍に二人、大亜連合に二人、残り三人を第一高校と我らで受け持つのがよいかと思います」
「貴官の考えは分かった。国防軍に提案する」
人数比的には森崎と高校生たちの負担が重いように思える。だが、森崎たちは撃破されても代わりが利く関本たちを盾にすることができる。分担としては間違っていないはずだ。
「提案は了承された。貴官は第一高校の生徒と協力して三人を撃破せよ」
「了解しました」
飛騨守に返した森崎は続けて第一高校卒業生組に命じる。
「我らが受け持つは三人だ。小官が一人を受け持つ。刑部殿が一人、沢木殿と桐原殿で一人を受け持て。それぞれに関本二機を付ける」
本戦の量産型の関本は五機。卒業生組に、それぞれ二機の関本を付ければ森崎に付けられるのは一機のみとなる。他に比べると森崎組だけが随分と手薄だ。だが、森崎にも良識というものはある。卒業旅行中の高校生に犠牲を出さないためには仕方がない。
海中から出てきた男たちのうち、一際大柄な敵の足元に向けて森崎は小銃の先を向ける。発動させる魔法はウォーターバレット。その名の通り水の弾丸を射出する魔法だ。男はその巨躯に重厚な障壁魔法を纏い、弾丸を受け止めた。
距離が詰まったことで、巨体の男が大亜連合軍脱走兵の首魁、ブラッドリー・チャン元中尉であることが知れた。図らずも当たりを引いたらしい。
先の森崎の魔法を無傷で受けきったことからも、相手が攻防に優れた近接戦タイプであることは知れた。一方の森崎は宮芝型の手数と技量で攻めるタイプで、堅固な守りを持つ敵は苦手としている。
勝つのは困難かもしれない。けれど、負けるつもりはない。ここでも森崎が負うべき役割は時を稼ぐこと。敵を釘付けにしていれば、いずれ数的優位にある味方が敵を葬って援軍に駆けつけてくる。
ブラッドリー・チャンが海面を蹴って疾駆してくる。その前方に向けて森崎は水柱の魔法を使った。巨大な水柱をものともせず、チャンは正面から突破してくる。だが、チャンの前には関本が投じた高周波ブレードを纏った銛が待っている。
急ブレーキをかけ、チャンが海面で足を止める。そこに森崎は水砲の魔法を放つ。敢えて砲弾は幅広にして攻撃力よりも衝撃力を重視したものだ。
吹き飛ばされたチャンが波の上を転がる。森崎とチャンとの距離は十メートルほどに広がった。けれど、油断はできない。チャンは水の上に「足場」を作っている。板を浮かべて上に乗っている森崎に比べて機動性は遥かに高い。
ブラッドリー・チャンは水中と水上を自在に駆け巡る魔法を身に着けている。日本の古式魔法に当てはめれば、忍術の一つ『水遁』の使い手といえる。
だが、そればかりでは勝つことはできない。海中にはスクリューと念動力で高速機動を実現している水中戦型関本が待っている。その機動力はチャンよりも上だ。そして、森崎も簡単にやられるつもりはない。
油断ならない敵と悟ったか、チャンの目の色が変わった。身体からは抑えきれない想子が噴き出し、陽炎のような揺らぎが全身を覆っている。
チャンが、波の上でグッと身体を屈めた。
四つ足の肉食獣が襲い掛かる為の力をためるような姿で、両腕を海面につける。
その腕を、水が這った。
足と腕から這い上がった海水がチャンの巨体を覆い、空中に持ち上げる。
海水はチャンを閉じ込めるものではなかった。水の塊が上下に割れ、大蛇の顎を象る。
チャンは細部を放棄した大蛇、あるいは龍の口の中から森崎を見下ろしてくる。
「あれは、なかなか防げぬな」
ならば、打つ手は一つ。森崎の足元には、敵が魔法を練り上げている間に関本が近づいてきている。
「三十六計逃げるに如かず」
浮上してきた関本の肩に乗り、森崎はスクリューの力を借りた急速後退を実行する。標的に射程外に逃げられたチャンが呆然と森崎を見つめている。
「逃げたからとて終わりではないぞ」
遠距離戦は苦手ではあるが、全く手がないわけではないのだ。長距離から長射水撃の魔法で嫌がらせをしていく。焦れたチャンが遠距離から一気に突撃してくる。すでに森崎の攻撃を見切り、全力防御なら一撃で倒されることはないと確信した走りだった。
しかし、これこそが森崎の待っていた好機だ。疾駆するチャンの前に、優勢な沢木たちから戻した関本が海中から突如として現れ、行く手を塞ぎながら右手の銛を突く。チャンはその銛をぎりぎりで躱しつつ関本の胸へと右手を突き出した。関本の機械の身体をチャンの右手が貫通する。次の瞬間、関本が隠し腕を展開してチャンに抱き着いた。
「オイゴトサセ」
機械音声が森崎に促す。
「応!」
高周波ブレードを纏った淡路守より授かった森崎の愛刀が関本を貫き、チャンの守りを貫き、胸へと突き立った。突き立てた刀を素早く抜くと、関本を飛び越えながら空中で刀を振るう。その一閃はブラッドリー・チャンの首を切り落とし、海中へと沈めた。
チャンの身体が首の後を追うように海中に沈んでいく。それを横目に、森崎は破壊された関本の機体を見やる。
「自爆シマス。退避ヲ」
「そなたの働きに最上の敬意を捧ぐ」
短く言って、空中に離脱する。その直後、関本が爆炎に包まれた。空中に吹き上げられ、散らばって沈んでいく残骸を追いながら、周囲の様子を観察する。
他のチームも無事に勝利を収めたようだ。見た所、重傷者もいない。完勝といえよう。
「飛騨守様、任務完了。これより帰投します」
簡単な報告を行い、森崎は出撃時より一機少ない、関本四機を率いて帰途についた。
南海騒擾編完結。
最初は南海編は丸ごと飛ばすつもりだったのですが、治夏たちの一年上の学年組の最後の雄姿となりそうなのと、今後も登場する水中型関本のお披露目として書くことに。