「何故、お前がここにいる!」
それが、司波達也が再会した森崎駿にからかけられた第一声だった。
「それは私に言ったのかな?」
「お……お前は……」
達也の影で見えていなかったのだろう。すっと横に出て和泉が問いかけると、森崎は目に見えるほど狼狽した。
「今の状況が分からんほどの戯けか、お前は?」
「ひっ……」
森崎が和泉に何もできなかったのは、一昨日のこと。植え付けられた恐怖感を拭い去るにはあまりにも短い時間だ。
「やめろ!」
ただならぬ様子を見て、摩利が慌てて止めに入る。
「森崎、渡辺風紀長に謝罪せよ」
「はっ、渡辺委員長、申し訳ありませんでした!」
和泉の指示に、森崎は何ら反論することなく応じる。二人の間にはすでに絶対的な上下関係が成立しているようだ。
「もういいから早く座れ」
摩利は苦々しい表情でそう命じる。
どうやら摩利は自分より弱い立場の者を虐げて悦にいるタイプ……例えば和泉とは対極の心性の持ち主のようだ。
その後、風紀委員たちが次々と入ってきて、室内の人数が九人になったところで、摩利が立ち上がった。
「そのままで聞いてくれ。今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやって来た」
そう切り出した摩利は、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすなと戒めていた。そう言われてしまうと、一級のトラブルメーカーを隣に座らせ、自らもトラブルに巻き込まれる体質である達也としては嫌な予感しかしない。
「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」
事前の予告なしに発せられた摩利の言葉だったが、達也も森崎も無難に、まごつくことなく立ち上がった。
立ち上がったのは、達也と森崎の二人だけ。宮芝和泉は微動だにせず座ったままだ。
「おい、宮芝」
摩利が困惑しながら名前を呼ぶも、和泉はやはり動かない。さすがにこの態度はないだろうと眉をしかめかけ、ようやく達也は僅かなサイオンの揺らぎに気付いた。
「おい、一年! 渡辺委員長が呼んでいるぞ! 早く立たないか!」
苛立ちまぎれに発言したのは、岡田という名の教職員選任枠の二年生だった。
「私は、とうに立っているが?」
声が聞こえたと同時に、椅子に座っていた和泉が消え、その後ろにきちんと立った和泉の姿が現れた。他人を攻撃した悪しき記憶を思い起こしたか、森崎が顔を強張らせる。
「またか……まあいい。1-Aの森崎駿、1-Eの司波達也、1-Eの宮芝和泉だ。宮芝以外は今日から早速、パトロールに加わってもらう」
「宮芝以外、ですか?」
聞いたのは、先程、怒鳴った岡田という委員だ。
「そうだ。宮芝はここに残ってもらい、他のメンバーのサポートをしてもらう」
「私は直接の戦闘は苦手でね。私にできるのは……」
そこで言葉を止めた和泉はパチリと指を鳴らす。すると、岡田の目の前に高さ三十センチほどの日本人形が姿を見せた。人形は腕に小ぶりなナイフを持っており、そのナイフは岡田の鼻先に突き付けられている。
「ひっ……」
急に目の前に刃物が現れ、一押しすれば自らの両の鼻の穴が繋がるという状況に岡田の喉が息を吐きだす。その状況をじっくりと見てから和泉は言葉を続ける。
「こうして、人形におままごとをさせるくらいのものだ」
ナイフが凶悪過ぎて視界からは外れがちであったが人形の左手には、ブドウの粒が握られていた。人形は器用にもブドウの皮をナイフで綺麗に剥くと、身を先端に刺して岡田へと差し出す。
「どうした、君のためにせっかく剥いてやったブドウだ。食べないのか? それとも別の人形の方がお好みかね?」
人形が一歩前へと進む。宮芝から脅された岡田は、急いでナイフの先のブドウへと右手を伸ばし、口の中へと放り込んだ。
そして、岡田以外の委員はというと、その光景を横目で見ながら、視線を周囲に飛ばしていた。和泉の言った他の人形という表現が気になったのだろう。けれど、達也の見立てではそれは虚言だ。達也が全力で探っても、他に妙なサイオンの流れなどは感じない。
「分かったか、岡田。宮芝については何も聞くな。ろくな事にならない。あと宮芝、頼むからもう少し穏便に頼む」
服部のときのように、いきなり攻撃よりは数段ましとはいえ、これでは気が休まらないだろう。達也は少しばかり摩利に同情する。
「ともかく、これより、最終打ち合わせを行う。巡回要領については前回までの打ち合わせのとおり。今更反対意見はないと思うが?」
和泉が最初から飛ばしてくれたためか、二科生である達也が風紀委員としてこの場にいることに、誰からも疑問も異議もあがらなかった。同じクラスということもあるし、もしや自分も和泉の同類と思われたのだろうか。だとしたら、甚だ遺憾だ。
「よろしい。では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。一年生の三名については私から説明する。他の者は出動!」
全員が一斉に立ち上がり、踵を揃えて、握り込んだ右手で左胸を叩いた。
どうやら風紀委員会で採用されている敬礼のようだ。それを摩利から聞いた達也は思わず和泉の方を見てしまった。その和泉はというと興味なさそうな様子である。
これまでの言動から考えて、和泉は他人が決めたルールに、何の価値も見出していないように見える。これは、絶対にやらないな。達也はそう確信した。
風紀委員たちが退室していく。それを見送った和泉は、早速とばかりお茶を淹れ、部屋の隅でくつろぎ始める。
「まずこれを渡しておこう」
それを無視して整列している達也と森崎に、摩利は腕章と薄型のビデオレコーダーを手渡してきた。巡回中はレコーダーを携帯して違反行為を発見した場合は撮影をするようだ。ただし、風紀委員の証言は原則としてそのまま証拠とされるため、撮影を意識する必要はないということ。それならば達也としても気が楽だ。
その後、委員会用の通信コードの連絡と諸注意を受けた。その中にはCADの不正使用が判明した場合には、委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が課されるというものもあった。摩利は明らかに和泉に釘をさしていたが、和泉はやはり涼しい顔で受け流していた。
注意を聞き終えた達也は風紀委員会の備品であるCAD二機を借りて、部活本部に向かう摩利と別れて巡回に参加することになった。ちなみに和泉は風紀委員本部の中に自分専用のスペースを作る気のようで、採寸を始めている。
「おい」
そうして、いよいよ巡回と足を踏み出そうとした所で、達也は森崎に呼び止められた。
「何だ」
「はったりが得意なようだな。会長や委員長に取り入ったのもはったりを利かせたのか?」
「羨ましいのか?」
「なっ……」
たったそれだけの切り替えして、森崎は逆上した。
「複数のCADを同時に使うなんて、お前ら二科生如きにできるはずがない」
そう言ったときであった。
「君は本当に成長をしないのだな」
いつの間にか森崎の背後に現れていた和泉が、森崎の右肩に手を置いて囁きかける。
「あ……」
恐怖のあまり森崎は悲鳴すら上げられないでいる。
「君には徹底的に教育を行ってやろう。恨むなら、せっかくの深雪くんの好意を無為にした己を恨むのだな。さ、こちらに来い、森崎駿」
「はい……和泉守様」
森崎が、森崎には名乗っていないはずの官職名で和泉のことを呼ぶ。その一言で、深雪と和泉との約束が無効となったこと、森崎が和泉の術中にあったことを悟った。
森崎が、退出したばかりの風紀委員本部に戻っていく。教育という言葉には嫌なものを感じるが、達也にはそれを止めることができない。
深雪は和泉との間で、次に一科生が愚かな言動に出た場合には和泉の邪魔をしない、という約束をしている。その約束を破った場合にどうなるのかを、達也は知らない。
約束の文言を素直に解釈すれば、対象に達也は含まれていないように思える。しかし、絶対に深雪に害が及ばないという確証がなければ、たいして接点のない一科生のために、達也が和泉の行動を妨害することはない。
達也は結局、そのまま巡回に出ることにした。達也はこのとき、森崎を見捨てたのだ。