二〇九七年四月六日、土曜日。東京では魔法大学の入学式が華やかに行われていた。
有力な諸家の三名の子弟を魔法大学の入学式に送り出した宮芝淡路守治夏は、今度は翌日の魔法科高校の入学式の祝い状をしたためていた。これは本当は和泉守が行う仕事であるが、学業が始まる前で今は時間に余裕がある治夏が代行しているものだ。
学校が始まってしまえば、宮芝家のために費やせる時間は少なくなる。エリカとも決別し、学校に行く意味は薄くなったとはいえ、不登校を決め込むつもりはないので、今のうちに手伝えることは、やっておこうというわけだ。
祝い状をしたためた後は報告物の書類仕事を片付けて、迎えた午後。その知らせは唐突にもたらされた。
一条家当主、一条剛毅が敵の魔法攻撃により重態。報告によると、一条は佐渡近海で敵対行動が予想される国籍不明船舶を拿捕しようとしたところ、魔法による強力な爆発にさらされたようだ。
五年前の佐渡侵攻事件で公式には正体不明とされている新ソ連軍を撃退した立役者は、国防軍ではなく一条家が中心となって組織した義勇兵だった。北陸から東北に掛けての日本海沿岸部防衛における一条家のプレゼンスはそれ程までに高い。
一条家は単に魔法の実力に優れているだけでなく、そのリーダーシップで北陸と東北地方西半分の魔法師を掌握し、南北に戦力を集中せざるを得ない国防軍を補完してきた。一条家の当主が動けないという状況は、国防体制に大きな穴が空いたことを意味している。
二日前に、治夏は新ソ連の公認戦略級魔法師、ベゾブラゾフがウラジオストクにある科学アカデミーの極東支部に入ったという連絡を受けていた。ベゾブラゾフの使用する戦略級魔法、トゥマーン・ボンバは内容が知られていない。そうなると、時期から考えて、一条を重態に追い込んだ魔法はベゾブラゾフが行使した魔法の可能性も捨てきれない。
「当然、これで終わりではないな。国防軍に連絡は取ったか?」
「はっ、すでに国防軍は北陸と北海道に増援を派遣する用意を進めているようです」
山中図書の報告を受け、ひとまず迅速な対応ができているような様子に安堵する。
「しかし、この間、南が治まったと思えば今度は北か。USNAへの対処を考えねばならないこの時期に、厄介な」
「今の日本は、こちらから攻撃に出るだけの余裕がありませんからね。足元を見られているのでしょう」
「腹立たしいが、こればかりは我ら単独ではどうしようもないな」
宮芝が本気になれば、テロ活動により新ソ連に大きな打撃を与えることも可能だ。だが、それで力を大きく失ってしまっては、今度はUSNAや大亜連合に仕掛けられたときに対処ができなくなる。ここで損害が大きくなる手段は取れないのだ。
「一条が弱体化したときの対応はどうなっていたか?」
「一之倉と一色がサポートをすることになっているはずです」
「一色か……そういえば宮芝にいる一色は十師族と関係があるのか?」
「宮芝の一色家は清和源氏系です。十師族と同族という話は聞きません」
「そうか。両家に親族関係があれば、この機に関係を築けるかとも思ったが、そう上手くはいかないか」
直近の情勢からUSNAに力を注いでいた現状、新ソ連はそれほど手厚い対処ができていたとはいえない。宮芝としても、限りある人員を有効活用するためにも、北陸に強い影響力を持つ一族とは関係を深めたいのだ。
「ところで一条は復帰までにどれくらいかかりそうか?」
「それが、過負荷により魔法演算領域に深刻なダメージを負ってしまったということですので、果たして復帰できるか……」
「なに、それほどの重傷だったのか」
てっきり一時的な不在と思っていたが、そうとは限らないらしい。そうなると困る。一条家には将輝という後継者がいるが、魔法師としての実力はともなく、衆を率いるという点ではまだまだ不足が多い。現下を任せるには、あまりに頼りない。
「一条の状態はなんとかならないのか?」
「残念ながら、我らにはできることはないかと。あとは他の十師族が何か手を持っているか、ということになりますな」
宮芝の術士たちは、基本的に出力に欠けており、一条が陥っているような過負荷による魔法演算領域のオーバーヒートとは無縁の者の方が多いのだ。
「やむを得ん。我らは、我らのできることに専念をしよう。その後、新ソ連軍の動きはどうなっている?」
「小型のものばかりですが、多数の艦艇と漁船が出港準備を終えているという報告が入っています」
「漁船を前面に出して盾とするか、或いは漁船を沈めたことを口実に攻撃を行うつもりなのか、いずれにしても小賢しいことだな」
いざとなれば、自沈させておいて攻撃を受けたと騒ぐこともできるのだ。遠慮してやる方が馬鹿というものだろう。こちらには水中型の関本がいるのだ。もしも攻めてくるようなら漁船だろうと軍艦だろうと遠慮なく沈めて乗員も皆殺しにしてやろう。
「ところで、ベゾブラゾフに動きは?」
「ウラジオストクにある科学アカデミーに入ったきり動きはありません」
「そうか、何とか暗殺できればよいのだが、難しいか?」
「ベゾブラゾフの守りは固く、狙撃銃の射程に近づくことは難しいかと」
新ソ連の極東に潜り込ませた術士は諜報能力を第一に選んだはず。暗殺技術に長けていない術士に無理な任務をさせて失うのは得策ではない。
「ひとまず増援を送るとして、水中型の関本は何機用意できる?」
「換装用の装備が不足しています。水中型ということでは、二十機がせいぜいでしょう」
「二十か、少ないな。空戦型は?」
「同じく二十機ほど」
「それでは駄目だな」
二十機で空挺しても、戦果は得られまい。逆に降下中に蜂の巣にされるだけだ。
「何らかの対策があればよいのだがな」
「関本の主能力は念動力です。飛行魔法に力を割いてしまうと、戦闘能力が大幅に低下すると報告されていますが」
「分かっている。だから、航空型の関本は開発を諦めさせた」
ひとまずは関本は陸戦用として運用するのが正解だろう。だが、それではUSNAや新ソ連との戦いでは有効な活用ができない。なんとも難しいところだ。
「お話し中、失礼いたします。右京にございます」
そこで部屋の外から声を掛けられた。
「入れ」
「はっ」
短く許可を出すと、村山右京は音もなく図書の横に並んだ。
「先ほど、十文字家の克人様より連絡がございました」
「十文字が? 内容は?」
個人的な内容なら克人は治夏に直接、連絡を取ってくる。ということは、今回の連絡は宮芝内に周知しておいた方がよい内容ということだ。
「本日、克人様は七草家の智一殿より面会の申し込みを受けたとのことにございます」
「七草智一? 弘一ではなく、か?」
「はっ、そのようにございます」
克人を呼んだのが智一だとしても、それは当主である弘一の意を受けてのものに相違ないだろう。普通に考えれば、一条が欠けたことに対応するための北陸への支援の在り方についてだろうが、それならば弘一が出てくるはずだ。
宮芝も人のことは言えないとはいえ、あの謀略好きの七草のことだ。今度は何を仕掛けてくるものやら。
「十文字には会談が行われ次第、内容を教えてくれるよう伝えてくれ」
十師族同士の会談であれば、さすがに治夏が出るわけにはいかないだろう。克人は調略を仕掛けることはしないが、仕掛けられた罠を見抜けないほど愚かでもない。ひとまずは任せてしまっても問題ないだろう。
「では、差し当たって私は、明日の高校の入学式に備えるとしようか」
少し下火になったとはいえ、一連の反魔法師活動はまだ記憶に新しい。そのため、明日は治夏も風紀委員として入学式に参加することになっている。自分の蒔いた種だ。それくらいの労は負わねばならない。
「では、皆。私が入学式に出席している間も情報収集を進めるように」
二人に命じて、治夏は再び宮芝の書類仕事に戻った。