魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

142 / 198
動乱の序章編 矢車侍郎と宮芝の魔法師

二〇九七年四月七日。入学二日目のこの日、十師族三矢家の末娘である詩奈の護衛役を自認している矢車侍郎は悶々とした一日を過ごしていた。

 

昨日、入学式後に生徒会室の様子を探ろうとした侍郎は、違反行為で詩奈に迷惑をかけてしまった。そして、侍郎自身は警戒対象であった司波達也と、もう一人の女子生徒によって完膚なきまでに叩きのめされた。

 

調べてみると、女子生徒は宮芝和泉という古式魔法の名門の当主ということだった。驚くべきは、宮芝は二科生ながら他の生徒たちから一目置かれるどころか畏怖の対象として見られているということだった。

 

失神させられた侍郎が言うのも変な話だが、昨日、魔法を受けた感覚では、それほど強い相手という印象は受けなかった。使われた魔法は強力なものではなかったと思うし、司波達也の影に隠れるように魔法を行使していた姿は近接戦闘を苦手にしていると感じた。接近戦ならば侍郎の方が上手であると思う。

 

けれど、一方で納得せざるを得ない部分もある。司波達也もそうだったが、宮芝の接近に侍郎は全く気づけなかった。そして、侍郎と対峙したときに選択した魔法も、侍郎と司波達也の動きを読み切った的確なものであった。試合ではともかく、実戦では相手が一枚も二枚も上手であるというのが、侍郎の偽らざる実感であった。

 

その侍郎は、さきほど「お近づき」になりたいクラスメイトたちの輪から詩奈を救出し、生徒会室に送り届けたところだった。正確には、到着前にひと悶着があり、生徒会室までは連れていくことができなかったが、役目は概ね果たせたと言っていいだろう。

 

そして今、侍郎はそのひと悶着のせいで詩奈から何も指図を受けていないことで、時間を持て余していた。侍郎は現在、正式には詩奈の護衛から外されている。理由は単純な侍郎の力不足だ。

 

だが、侍郎はまだ、諦めてしまったわけではない。現時点で力不足であることは自覚しているが、才能と能力はイコールではないはずだ。強さが足りないなら、それを補う技術を磨くだけだ。

 

しかし、具体的にどうすべきなのかが分からない。技術は正しく身に着けないと意味がないが、正しい技術というのは、えてして我流で得るのは難しいものだ。

 

「矢車侍郎だな」

 

そうして思い悩んでいるところに、唐突に声を掛けられた。視線を向けると胸に見慣れぬエンブレムをつけた男子生徒が立っていた。いや、完全に見慣れぬとはいえない。その紋は楠木正成が使用したとして有名な菊水紋だ。

 

自然と昨日、侍郎を倒した女子生徒である宮芝和泉が頭に浮かんだ。宮芝は胸に桔梗紋を付けていたことは、一瞬の邂逅ではあったが覚えている。

 

「そうですが、何か御用ですか?」

 

宮芝の関係者には逆らうな。これは、昨日から今日にかけて侍郎が色んな人に何度も聞かされたことだ。だから、いきなり名を尋ねられたにも拘わらず丁寧に答えておいた。

 

「小官は宮芝淡路守様の配下の森崎雅樂と申す」

 

淡路守という官位がでてきたおかげで、うた、という響きから、辛うじて雅樂という字に変換ができた。それにしても、随分と古風な名だ。長い歴史を誇るという宮芝らしいと感心すべきなのか、今の時代にと呆れるべきだろうか。

 

「淡路守様から伺ったが、其方は古式の魔法を使いこなすようだな。古式であれば宮芝以上に上手く使える者はおらぬ。其方、小官と宮芝の戦い方を学ぶつもりはないか?」

 

それは思いもよらぬ誘いであった。しかし、宮芝には警戒しろと多くの人に言われてきた。この誘いには乗らない方がいいだろう。

 

「せっかくのお誘いですが……」

 

「とはいえ、小官の力も知らぬうちからでは、簡単に首を縦には振れぬであろう。まずは小官と一戦、模擬戦を行わぬか? 返事はその後で考えてもらえばよい」

 

が、侍郎が答えを言いきらぬうちに次の誘いを受けてしまった。今度はこの先輩との模擬戦の誘いだ。

 

「確認ですが、自分が負けたら森崎先輩の言う通りにしなければならない、ということではありませんね?」

 

「無論だ。模擬戦の勝敗と誘いとは分けて考えてもらってよい」

 

「分かりました。それでは、お受けいたします」

 

実際に古式の強者がどのような戦い方をするのか。それは十師族と関係していても現代魔法師に分類される侍郎には未知の事柄だ。興味が引かれないわけがない。

 

森崎が侍郎を伴って訪れた場所は第二小体育館、通称「闘技場」だった。そこでは剣術部と剣道部が合同で稽古をしていた。

 

「森崎殿、今日はいかがなさいました?」

 

すると、すぐに慌てた様子で男子生徒が駆け寄ってきた。

 

「今日は御役目ではない。この者との模擬戦の為にしばし場所を借り受けに参った」

 

「それくらいであれば、お安い御用です。どうぞ、真ん中の試合場をお使いください。皆も森崎殿の戦闘ならば勉強になるでしょう」

 

この場の皆を代表している様子から察するに、この男子生徒は剣術部の部長なのではないだろうか。その割には森崎に平身低頭すぎる気がする。

 

「では、参られよ」

 

足を肩幅に開き、森崎は右手を身体の正面で、だらりと下げる。森崎の右腰には拳銃型の特化型CADが、左の腰には日本刀が見えている。森崎は加減をして勝てるような相手ではない。そう判断した侍郎は本来の得物である十手を懐から出した。

 

どうやら、先手は譲ってくれるらしい。ならばと、侍郎は僅かに下げた右足に力を込めて森崎に迫ろうとした。

 

その瞬間だった。ひゅん、という軽い何かを振り下ろすような音が背後から聞こえたのは。侍郎は慌てて振り返りながら、顔の前に十手を掲げた。

 

振り返った先には、何もなかった。確かに攻撃の音が聞こえたにも拘わらず。

 

と、その次の瞬間には侍郎は右脇腹に強烈な衝撃を受けて板の間に転がっていた。見ると、足を振り抜いた森崎の姿があった。

 

「種を明かそうか。今のは魔法隠蔽の技術を用いて、木霊という録音と再生を行う魔法を其方の背後で使ったものだ。加えて無音と気配遮断を用いて其方に接近した。木霊は事象の改変能力が弱い魔法なので魔法隠蔽は難しいものではないし、無音も気配遮断も体術との併用であったため、こちらも弱い魔法だ。それでも、このくらいのことはできる」

 

言われてみれば、確かに個々の技術も魔法も目を見張るものではない。けれど、実際に侍郎は何もできずに敗れた。おそらく、相手を警戒しすぎて周囲に気を配る余裕がない所を見透かされたのだろう。そして、予想外の背後からの攻撃と思って慌てたところで正面から攻撃を受けた。

 

改めて思い返しても強いとは言えない。だが、上手い。そして、これならば侍郎でも習得可能という魔法と技術ばかりだった。

 

「終わりか?」

 

「まだまだ……!」

 

中距離ではいいようにやられた。けれど、この距離なら。

 

右手と左足に力を込める。真っ直ぐに起き上がるのではなく、蹲った体勢から直接森崎に飛び掛かる。

 

「跳躍!?」

 

「いや!」

 

観戦していた剣術部員の輪から声が上がった。一目では跳躍の魔法かと考えた声と、魔法が発動した気配がなかったと断じた声だ。

 

剣術部員たちが見抜いたとおり、侍郎が使ったのは魔法とは別種類の身体能力強化術だ。上から襲い掛かるのではなく、床とほぼ水平に跳んで低い体勢から足を狙う。それは、剣道でも古流剣術でも余り攻撃を受けることがない部位への奇襲だった。

 

「甘い」

 

だが、それすら森崎の手の内だった。飛び掛かってから気づいたのは、森崎が光を屈折する魔法を使っていたということ。森崎がいたのは、侍郎が目的とした場所から三十センチほど左の地点。だが、その僅かの距離が致命的だった。

 

ほんの少しの動きで侍郎の攻撃は完全に躱され、お返しとばかり放たれたカウンターの蹴りは見事に侍郎の左脇腹を捕らえた。右脇腹の痛みが消えていないところに左脇も痛め、今度こそ侍郎は起き上がることもできずに身体を丸める。

 

今のも、魔法自体は大した難易度ではなかった。何せここは闘技場だ。屈折の程度も大きくなければ、板張りの床も背後の壁も偽装が容易い。周囲の状況から有効な魔法を選択する。森崎はその技術だけで侍郎を圧倒した。

 

「……参りました」

 

今度は簡単に起き上がれそうにない。侍郎は素直に負けを認めるしかなかった。

 

「身体を使う技術は及第点」

 

その頭上に、森崎の声が降ってくる。

 

「だが、戦い方が未熟」

 

厳しい言葉だ。だが、侍郎の心には拒絶も反発も無かった。森崎は確かに戦い方で数段、侍郎の上をいっていた。

 

「矢車、強くなりたいか?」

 

端的な言葉が侍郎の心の急所を的確に穿つ。森崎の使った程度の魔法なら、侍郎にも使うことができる。それは、侍郎も森崎と同じくらいには強くなれるということだ。

 

「少し……家の者と相談させてください」

 

辛うじて、その場で森崎の手を取ることはしなかった。だが、そう答えながら侍郎はすでに森崎の提案を受ける理由を探していた。




森崎駿は宮芝家に認められ、雅樂の名乗りを許されました。
どのみち、中身は別人になってますから、名も変えてしまえ、と。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。