魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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桐生深夏とは宮芝淡路守治夏の本名です。
随分前に出たきりなので念のため。


動乱の序章編 十文字邸での争い

四月九日の夜。

 

大学から帰宅した十文字克人は、客が待っていると家人から伝えられた。

 

それを聞いた克人は、着替えもせず応接間に急いだ。

 

「相変わらず宮芝はやることが過激で陰険ですね」

 

「あら、同じくらい陰険なくせに肝心なときに何もできない口だけ女には言われたくありませんね」

 

応接間では、すでに醜い争いが繰り広げられていた。どうやら、克人は遅かったようだ。

 

「お待たせしました」

 

応接間に入るなりそう謝罪した克人に、客人の一人であるスーツ姿の女性、十山つかさも立ち上がって丁寧にお辞儀をした。

 

「こちらこそ、お留守の間にお邪魔してしまい申し訳ございません」

 

「本当に、十山には常識というものがないんですね。そんなことだから、いい歳をして彼氏の一人もいないのではありませんか?」

 

そして、もう一人の客人である桐生深夏は十山に盛大に喧嘩をふっかけていた。

 

「煩いですね、私は克人殿と話をしているのです。小便臭い小娘は黙って待っていることもできないんですか」

 

十山の反撃に、深夏がさっと顔色を赤くした。十山は普通の罵声として何気なく発しただけなのだろうが、今の発言は拙い。第一高校での出来事を、深夏が泣きながら電話をしてきてから、まだ二か月と経っていない。

 

「殺す」

 

「待て、宮芝。少し落ち着け!」

 

言いながら、慌てて深夏を押さえつける。しばらく暴れていた深夏だったが、頼む、と耳元で言うと、ようやく落ち着いた様子でソファに戻った。

 

「珍しい組合せですが、どうして二人でここへ?」

 

「今日も、私が十文字家を訪ねようとすると、宮芝殿がどこからともなく現れました。嫉妬深い婚約者を持って克人殿も大変ですね」

 

「それを言うなら、同じ研究所の出身として皆の嫌われ者の相手をせねばならない克人が大変だと言うべきではないですか?」

 

この二人に会話をさせてはならない。強引にでも克人が話を進めるよりないだろう。

 

「それで、つかささん、今日はどのようなご用件ですか?」

 

「克人さんからご招待いただいた件です。誠に申し訳ございませんが、十山家はご存知の通りの事情を抱えておりますので、欠席させてください」

 

「そうですか……残念ですが、致し方ありませんね」

 

克人が招待した件とは、七草智一との会談で開催が決まった、二十八家から三十歳以下の魔法師を集めての、反魔法主義に対抗するための話し合いのことだ。会議は次の日曜に執り行われる予定となっている。

 

そして十山家の事情とは、国防軍との繋がりのことだ。師補十八家・十山家は魔法師開発第十研究所で、首都防衛の最終防壁として生み出された。ミサイルや機械化部隊を迎撃する目的で開発された十文字家に対し、十山家は防衛線を突破された後の重要施設防衛や要人護衛を目的としている。

 

十山家は国民を守る為というより国家機能を守る為の魔法師だ。国防軍中枢との関係は、二十八家の中で最も強い。

 

十山つかさは、実質的に軍情報部を牛耳っている諜報畑の黒幕的実力者との密約により『遠山つかさ』として情報部の超法規的任務に従事している。

 

国家を守るための魔法師。情報部で超法規的任務に従事。十山家と宮芝家は非常に似た立ち位置にある。ゆえに友好関係にあるかというと、むしろ逆。先程の遣り取りを見ての通り犬猿の仲である。

 

協力しあえれば、できることも広がると思うのだが、互いに相手のことは商売敵と思っているのか、歩み寄りの姿勢は微塵もない。せめてもの救いは会えば嫌味や罵声を浴びせるのみで足の引っ張り合いのようなことはしていないことだろうか。

 

もっとも十山家の思いは分からなくはない。十師族は魔法師が国家権力によって使い捨てにされない為の仕組みとして、日本という国家に口答えをする為の組織として作られたものだ。だが十山家は、十師族体制の中枢に参加していながら、決して十師族として国家に魔法師の利害を主張することが許されない一族だ。そして、それを勧めたのが国家と魔法師の対立を憂慮した宮芝家だというのだ。

 

こうして十山家は国家に与する魔法師となった。しかし、そうして国家権力に組み込まれてみれば、宮芝家が歴然とした力を持っており、せっかく移籍してきた十山家は中枢に関われない日々が続いた。十山家にとっての宮芝家は、長らく頭を押さえつける蓋のような存在だったのだ。そうした状況の中、もう十師族に戻れない十山家は、地道に国防軍との関係を強化していった。その結果が現在の国防軍との緊密な関係だ。

 

しかし、十山家が国防軍、特に情報部との関係を深めるに至ると、今度は宮芝家にとって商売敵になってしまった。これまで宮芝家から買っていた情報を十山家が独自に仕入れて情報部に流すようになり、宮芝家と十山家は対立関係となった。これが二人から話を聞いた克人が出した、これまでの両家の経緯である。

 

「ところで、欠席の理由はどうしますか?」

 

「それをご相談したいと思いまして。是非とも克人さんのお知恵をお借り致したく」

 

「色ボケ女が克人に色仕掛けをしようとして勘気を被ったというのではどうでしょう?」

 

「どこかの尻軽女と違って、私はそんなことはしませんよ。唐突にそんなことを言い出すなんて、さては無乳が災いして誰かに寝取られましたか?」

 

「やめないか、二人とも!」

 

さすがに黙っていられず、二人を制止した。これ以上、言い争いをさせては、たぶん深夏が泣き出してしまう。

 

「つかささん、知恵と言われても、私にそのような機転はありません」

 

「十山家以外にも、欠席を申し出てきた家はあるのではありませんか?」

 

「回答自体、まだ数件ですが、七夕家から欠席すると詫びの書状をいただきました」

 

「それは次期当主殿が防衛大に在籍しているから、という理由ではありませんか?」

 

「……そうです」

 

他人の手紙の内容を知りたがるのは、余り礼儀に敵っているとは言えない。けれど、十山の言っていることは正しい。克人は渋々頷いた。

 

「そうすると、同じくご子息が防衛大在学中の一色家、ご子息方が軍務についておられる五頭家、八朔家は会議を欠席しそうですね」

 

「……はっ、相変わらず十山は性悪ですね。そのような理由で他家が欠席すると読めているのなら、わざわざ探りを入れずに欠席の知らせを出せばよいではありませんか」

 

「つかささん、十山家も同じ理由で欠席でよろしいですね」

 

さすがに今度は深夏の発言に心情としては頷かざるをえない。十山つかさは、悪気も悪意も無い代わりに善意まで欠如している。彼女は喜怒哀楽の感情はきちんと備わっているくせに、他人の喜怒哀楽を簡単に無視してしまうのだ。そのため彼女の相手をするのは、克人にとって疲れを感じる事柄だった。

 

だがちょうど彼女の用件も終わった。後は別れの挨拶を交換するだけだ。克人はそう考ていた。

 

「ところで、四葉家の次期当主とその婚約者、司波深雪さんと司波達也さんは会議に来られるのですか?」

 

だが、それは希望的観測に基づく誤認識だった。

 

「……返事はまだ届いていませんが、おそらく出席するでしょう」

 

「克人さんはあのお二人とご面識がお有りなのですよね?」

 

「貴様があの二人の何を知りたいというのだ?」

 

少し表情を険しくして、今日初めて深夏が宮芝治夏としての声音で問いかける。

 

「秘密主義の四葉家の人間のことです。気にならないわけはないでしょう?」

 

「その必要はない。この私が言っているのだ。その意味が分からぬ無能ではあるまい」

 

宮芝は国の不利益になることは見逃さない。だから司波兄妹を探るのは不要だと深夏は言っている。

 

「それは政府に、いえ、国防軍に裏切られたとしても、ですか?」

 

「馬鹿なことを言うな」

 

「それは軍の幹部や政府の要人には平気で敵対するということですね?」

 

「もう一度、言うぞ。馬鹿なことを言うな。そのような仮定は無意味だ」

 

軍の幹部や政府の要人には平気で敵対するという言葉は、宮芝にこそ相応しい。宮芝が守るのは国家の存続。今の政権がどうなろうと知ったことではないし、国のためにならない要人などというものは、そもそも宮芝の守る対象ではない。

 

「独善的な愛国者は、教条的な平和主義者と同じくらい有害ですね」

 

「何とでも言うが良い。我らは国に害為す輩はすべからく排除する」

 

それは司波兄妹への敵対行動を宮芝は許さないと宣言したも同じ。

 

「分かりました。今日のところはこれで引かせてもらいます」

 

十山は、予想外の肩の入れように驚いた様子を見せていた。けれど、少しすると、もう何事もなかったような顔をして、十山は十文字邸を辞去していく。十山は他人の感情に気を配ることがない。それが悪い結果を呼ぶことを克人は密かに懸念した。

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