地の文で治夏の言う和泉守とは先代でもあった治孝のことです。
現和泉守が誰か知らないことでのちょっとした行き違い。
四月十三日、土曜日。授業中、宮芝淡路守治夏の情報端末に学校からの緊急メッセージが表示された。
治夏はその指示に従い、授業を中断して教室を後にする。
治夏が向かった先は学校内の応接室。そこには達也と、今日はスーツ姿の独立魔装大隊所属の国防軍士官、真田が待っていた。
「真田か、北海道で異変か?」
治夏は早速、遮音結界を作ってから真田に問いかける。
「その通りです。和泉守様と達也くんの力が必要です」
「分かった。部下に出撃を命じよう」
今回は国家と国家の争いだ。出撃の際に宮芝が使う兵器の費用も馬鹿にならない。事前に国防軍からの依頼があったという事実を作ることは大切なことだった。そして、それよりも大事なことは作戦の概要を把握しておくことだ。
「敵軍は宗谷海峡に艦艇を展開。侵攻艦艇は多数の小型舟艇から成っており、センサーはほとんどの船が戦闘艦艇であることを、示していますが、一部は漁船が混じっているようです。我々の第一目標は敵魔法の無効化。それが不可能な場合は、侵攻艦艇の航行阻害で撃沈は可能な限り避けるつもりです」
「それは遠隔からの魔法では、という意味と捉えてよいか。我らは敵艦はできる限り沈め、更には敵兵は一人でも多く殺害することを目指すつもりだが」
「全面戦争を避けるためにも、人的被害は抑えたいと考えています」
「甘いな、ある程度の被害がなければ、敵は日本になら手を出しても大丈夫と判断し、国内に何かある度に侵攻をしてくるぞ」
「けれど、被害を多くして報復戦を招くのも賢くないでしょう」
対USNAに集中するためには、ここは被害を大きくした方がいいのか、抑えた方がいいのか、治夏には判断がつかない。
「分かった。今回は国防軍の顔を立てよう。だが、多くは殺さぬにしても少しは間引かせてもらうぞ」
「仕方がありませんね。少数ならば目こぼしをしましょう。それで、和泉守様はどのように攻撃を仕掛けるおつもりですか?」
「我らが水中の戦力を有していることは、国防軍も知っていよう。それに改良して両腰に魚雷を発射する機能を付けた。それにて海底より攻撃を行う」
「ならば、水上への攻撃では巻き込まれることはありませんね」
両軍は上手く住み分けが行えそうだ。これなら細かく作戦を詰めずとも戦えるだろう。
「では、私は宮芝家より指揮を執る」
国防軍とは協力関係にあるが、互いに全てを明かせる仲ではない。達也にも秘密があるだろうし、ここいらで治夏は席を外した方がいいだろう。二人に断って外に出ると、村山右京が車を校門前に付けていた。
「概要は聞いているな。本家へ急げ」
右京に命じて急がせながら、情報の整理をする。小型艦艇が中心で中には漁船も混じっている。これは事前の情報の通り。これなら破壊力に欠けた水中型関本の魚雷攻撃でも打撃を与えることができるだろう。後は展開した二十機の水中型関本による計四十発の魚雷攻撃でどれだけの被害を与えられるかだ。
魚雷攻撃の後は白兵戦となるだろうが、関本も水中用の専用装備は有していない。高周波ブレードではさすがに艦艇の撃沈は難しい。基本的にはアンティナイトを使用しての敵魔法師への嫌がらせになるだろう。
情報を整理するうちに宮芝本家についた。まずは本部に向かい、和泉守に真田からの依頼を受けたこと、説明された作戦の概要について報告を行う。その上で改めて今回の作戦の指揮を執ることを命じられた。迂遠に思えるが、現在の和泉守は治夏ではない。自分の身を守る為にも手続きは重要だ。
和泉守から指揮を命じられて後、作戦本部に入る。今回の指揮官は治夏となったが、最高責任者は和泉守だ。本部には和泉守も同席する。
「前線より報告は?」
「兵庫殿より、関本全機はすでに敵予想進路上の海底に展開済と報告がされています」
宗谷海峡は水深が浅い。近距離から攻撃ができるため、個人の携行兵器程度の攻撃力しか持たない量産型関本でも打撃を与えられるはず。今回の前線指揮官である一柳兵庫も、そう考えて早めの展開を心掛けていたのだろう。
「敵が侵攻を開始次第、前衛に向けて攻撃を開始させよ」
本来の宮芝の戦い方では、前衛と後衛を分断するために中団に攻撃を仕掛ける。しかし、今回は分断した前衛に殲滅戦を仕掛けるのを禁じられたため、前衛から航行不能に追い込んで侵攻自体を頓挫させる手を取る。
水中型関本は新ソ連に対しては、これが初陣だ。それゆえ、攻撃は大きな戦果を上げるだろう。できれば、敵が無警戒なこの初撃にて大きな打撃を与えたかったが、国策であれば仕方がない。待つことしばし、敵の前衛の艦艇に水中型関本が発射した魚雷が命中したという報告が届く。
「敵方からの反撃は?」
新ソ連が水中に対して、どの程度の反撃手段を有しているか。それにより、今回の戦いでの水中型関本たちを戦場に留めるか、これにて戦果は十分と引かせるかが決まる。
「対潜ミサイルが発射されたようですが、損害はありません」
対潜水艦用のミサイルでは、人間と同サイズの相手に直撃させるのは難しい。加えて関本はたちは防御魔法も多少は行使できる。有効打とはならないはずだ。これなら戦場に留めても問題はなさそうだ。
「敵の魔法師が潜水を始めたようです」
そう考えていたところに次の報告がもたらされる。しかし、その手は悪手だ。
「引き付けて、アンティナイトを使用させよ」
敵方は魔法により水中で活動しているのに対して、機械である量産型の関本たちは呼吸など必要としていない。なのでアンティナイトは非常に効果の高い武器となる。今頃は魔法を失って、ただの泳ぐ人になった魔法師たちに対して、脚部のスクリューによる高速機動が可能な関本たちによる蹂躙が行われていることだろう。
「想子波の活性化を確認! 迎撃に出ている日本艦艇の進路上です」
国防軍から提供された情報を映している第二モニターの映像がスクロールし、想子波の高まりが認められた地点が中央に表示される。
「解析班、見解は?」
「現状は小規模な魔法式にすぎないと思われます」
解析班は現在、艦艇への打撃力を基準に規模を評価している。その基準で小規模と言う場合は、艦に重大な損傷は与えない程度ということだ。しかし、今まさに味方の魔法師たちが水中で葬られている状況で、足止めにもならない攻撃を仕掛けてくるだろうか。
「魔法式が急速に増殖を開始!」
その直後、驚愕の声が上がった。先ほどまで小さな想子波しか計測していなかった画面は、今や膨大な想子波に埋め尽くされようとしている。
「どういうことだ!」
「分かりません、ですが、このままでは……」
日本側の艦艇群は全滅する。そして今度は北海道が蹂躙されてしまうというのか。しかし、幸いなことに、その悪い予想が現実になることはなかった。先程までは高速で増殖を続けていた魔法式が今度は一気に消滅していったのだ。
「魔法式の消滅の原因も分からぬか?」
「はっ、申し訳ございません」
「魔法式の消滅は日本側の魔法であろう。解析はほどほどでよい。それよりも敵の魔法の分析と対抗策の立案に全力を挙げよ」
「はっ」
治夏たちが敵の魔法への対応を考えているうちに、水中型関本たちと敵魔法師の戦いも終息していたようだ。結果は当然ながら関本たちの圧勝。ただし、敵魔法師を討つために接近戦を挑もうとした一機が艦上からの機銃掃射で撃破された。関本たちの防御魔法は念動力を元にしているため、多数の銃弾の方が相性が悪いのだ。
そして、海上では敵舟艇群に新たな動きが見えていた。魚雷で航行不能となった友軍艇の脇を抜けようとした船が、次々と足を止め始めたのだ。第一目標は敵魔法の無効化。それが不可能な場合は、侵攻艦艇の航行阻害。今回の作戦目的を、国防軍の真田はそう説明した。今の状況は、それに合致するものだ。
新ソ連の日本侵攻軍が、撤退を開始する。追撃は仕掛けぬ方がよいのだろう。治夏も水中型関本たちに一隻のみを沈めて乗員を拉致した後、撤退を指示する。
それにしても、事前に真田に聞いていた通りの戦となった。それには当然、達也の関与もあるのだろう。それが果たしてどの程度なのか。治夏は今は海面を映すだけのモニターを見つめながら考えていた。