四月十四日、日曜日。今日は克人が招集した二十八家の若手会議の日だ。司波達也は会場となる横浜にある魔法協会関東支部に向かった。
会議の開始は午前九時。しかし、予定時間二十分前にはすでに会議室の前には大勢の魔法師が集まっていた。会議室は既に開いていたが、席に着かず立ち話で情報収集を試みている人間の方が多いようだ。
その中に達也は、知っているが見知らぬ者の姿を見つけた。
「七宝」
達也が声を掛けた七宝は、中退時より体重が三十キロ近くは増加したように見える。
「お久しぶりです、司波先輩。ですが、今の自分は七宝ではありません、宝大海とお呼びください」
「そうだったな。そういえば、春場所で序二段優勝したんだろ。おめでとう」
「知っていてくださったのですか。ありがとうございます」
第一高校を辞めて角界入りした七宝は、宝大海の四股名で力士としてキャリアを積んでいる。なぜそうなったのか達也には分からないが、七宝は今の自分に満足しているようだ。ならば、達也としては言うべきことはない。
七宝と共に入った会議室には、長机が中空きの正方形にセッティングされていた。
一辺に座席は六つ。正面奥だけ五つだから、参加者は二十三人ということだ。
先に会場内にいた一条将輝とも挨拶を交わした達也は、七宝と並んで座って会議の始まりを待つ。今回の会議の主催者の十文字克人と七草智一が会議室の奥の扉から揃って姿を見せたのは、午前九時ちょうどだった。
「皆さん、お忙しい中お集りいただいていることでしょう。無駄に時間を費やすことなく、早速本題に入りたいと思います」
克人は奥のテーブル中央の席に着くと、この場に集まってもらったことについて一同に謝辞を述べた。そうして早々に本題を切り出してくる。
「本日、皆さんからご意見を頂戴したいのは、ますます勢いを増す反魔法主義運動に対して、我々魔法師がどう対処すべきかについてです。幸いにも日本国内では反魔法活動は下火になっていますが、他国では叛乱や内乱に発展した事例もあります。この厳しい状況にあって、我々はどう行動すべきか、忌憚のない様々な意見を頂戴したい」
克人がそう切り出すのを待っていたように、将輝が手を揚げた。
「意見を述べさせていただく前に、まずこの会議の性質について確認させていただきたい。反魔法主義者に対処するという重要な議題にも拘わらず、多くの当主を除外する三十歳以下という参加資格を定めた意図は奈辺にあるのでしょう」
「七草智一です。実を申しますとこの会議は、私が十文字さんに魔法師排斥運動対策を相談したことがきっかけとなっております。従って今の一条さんのご質問には、私がお答えするのが適当だと考えます。その上で申しますと、当主の意見は、行動に直結します。ですから当主同士の話し合いは慎重なものにならざるを得ない。そうではありませんか」
「……確かにそのような傾向はありますね」
「ですからまず私たち若い世代が自由な立場で、何ができるのか意見を出し合えば良い知恵も生まれるのではないかと考えたのです」
「この会議は、何かを決める種類のものではありません」
頃合いとみたのだろう。ここまで黙っていた克人が口を開いた。
「私自身は十文字家の当主ですが、それでも私の一存だけで一族の行動は決められません。ここで皆様との間で何らかの合意が得られたとしても、いざ実行に移そうとして結局不可能だったということは十分にあり得ます。しかしここで意見交換することは、全くの無駄にはならないでしょう」
克人のこの言葉を機に、会議の話題は具体的な対策に移っていった。
「七草さんは、大衆に対する積極的な人気取りが必要だとお考えなのですね?」
そう聞いたのは三矢家次期当主・三矢元治だ。
「人気取りと言うと語弊があるかもしれませんが、趣旨としては仰るとおりです。私たちはもっと、私たちが社会の役に立っているということを、分かり易く示す必要があると考えています」
「そうなると、手として考えられるのは映像配信ですか。地上波は難しいかもしれませんが、衛星チャンネルやケーブルならば私たちに協力的なメディアを見つけられるかもしれませんね」
「メディアへの露出を意図的に増やすとなると、見栄えも重要になってきます。容姿は優れている方が良いですね」
議論がやや浅慮軽薄な方向に流れているのは、年長者の重しが無い所為だ。もしかしたらこんなところまで見越して、七草家はこの会議を企画したのかもしれない。
「凶悪事件や大規模災害に出動となると、実力の方も疎かにはできないでしょう」
「容姿と実力を兼ね備えた魔法師ですか。……そうだ! 七草さん、貴方の妹さんなんて、まさにピッタリじゃありませんか?」
「真由美ですか? どうでしょう、魔法師としての実力はそれなりだと思いますが……」
達也は表情を消して瞼を閉じて、謙遜して見せている智一のセリフに耳を傾けた。
「いえいえ。何と言っても『妖精姫』ですからね。真由美嬢はとてもテレビ映えすると思いますよ」
「本人が聞いたら喜ぶと思いますが、身内の欲目を捨てて客観的に評価すれば、もっと容姿にも魔法にも優れた方がいらっしゃると思いますよ」
「身内の欲目どころか、お身内に厳しいご意見ですね。しかし真由美嬢以上に容姿に優れた方ですか」
その声に会議場の何ヶ所かで「あっ」という小さな声が上がった。
「では、四葉の時期殿などはどうでしょうか? 我々が象徴として戴くのに相応しい姫君だと思いますが」
智一の目が強い光を宿す。彼は待っていましたとばかり、会議の大勢を決するセリフを放とうとした。
「それは、ありえない手ですな」
しかし智一や、初めての発言をしようとした達也よりも一瞬早く、七宝が議場で繰り広げられた議論を一蹴する。
「それは、どういう意味でしょうか?」
発言したのは師補十八家の一之倉家の代表だ。
「此度の試みは上手くゆけばよいが、逆に反発を招くこともありえるものだ。そのような試みに次期当主という責任ある者を出すわけにはいかぬ。これ以上の魔法師への反発を防がねばならぬ現状、失敗したときに我々まで火の粉が降りかかることは容認できぬでな。つまりは失敗した場合、その場で切り捨てる。具体的には我々は一切預かり知らぬ中、勝手なことをしたことにすることが最良であろう」
七宝は神輿に担ぎ上げておいて、いざとなれば放り捨てろと言っている。その非情な言葉には二十八家の者たちも絶句している。そして達也は口調と発言内容から、絶対に宮芝の影響を受けているなと、助けられた形にも拘わらず頭痛を感じていた。
「その意味では真由美嬢も相応しくない。彼女は切り捨てるには惜しい能力の持ち主。ゆえに私は、真由美嬢ではなく七草香澄嬢と泉美嬢を推薦する」
「それは、私の妹を人身御供に差し出せとおっしゃられておられるのか?」
七宝の言い方に、さすがの智一も怒りを滲ませている。けれど、七宝は怯むことなく言葉を続ける。
「然り。そもそも七草殿はさきほど、四葉には次期当主にそのようなリスクを負わせようとしたのだ。よもや自らの身内は出せぬとは申されまいな」
「十師族としてそのような恥知らずな行いは許されるものではない。自らの発言には責任を持っていただく。それでよろしいな、七草殿」
ここで七宝に九島家の代表である蒼司が賛同の意を示した。続けて九頭見家と九鬼家からも同様の圧力が七草にかけられる。
「某の意見に賛同していただいたころを感謝する。では、採決と参りましょうか。此度の試みの旗頭を七草家の香澄嬢と泉美嬢といたすことに賛同の者は挙手を願います」
七宝が勝手に議事を採決にかけるのを克人は黙認している。それで、克人と七宝と九の家に密かな協定があることが伺えた。その糸を引いているのは、間違いなく宮芝だろう。細かな部分まで詰められているとは思えないので、その内容は不利益は全て七草に押し付けてしまえという緩いものだろうか。
積極的な賛成は七宝、九島、九頭見、九鬼のみだろう。しかし、自らの身内にお鉢が回されてはかなわないと考えたと思われる家が多数出たことで、賛成票は三分の二にも達した。無論、達也も賛成をしたうちの一人である。香澄と泉美も大事な後輩であるが、深雪には代えられない。
七草智一は、もはやこの場を覆すことはできないと悟ったのか、苦い顔で議場の推移を見守ることしかできない様子だった。