九島光宣は兄の九島蒼司の付き添いとして横浜のベイヒルズタワーに来ていた。出席者は一人だけであり、何の用意も必要ないお呼ばれの会議に本来なら付き添いなど必要ない。それでも付き添いとして連れ出されたのは、四葉家の達也と深雪と親交を深めることを期待されてのことだった。
九島光宣は身体が弱かった。そのため学校も体調不良による欠席が多い。そんな状態では満足に魔法の行使などできるはずがない。光宣は兄姉を抑えて九島家の後継者として存分に魔法を行使できない自分を卑下していた。
だが、一方で体調が良い時の光宣は一族中でも祖父の烈に次ぐ魔法力を持っている。そのためか従姉の藤林響子にも劣る魔法力しか持たない兄や姉、更には父親までもを、やや見下してもいる。
そんな兄の付き添いで横浜に行くことを受け入れたのは、四葉家の兄妹と会った半年前の記憶が光宣の中では輝いたものだったからだ。
あのとき光宣は魔法師として本来あるべき姿でいることができた。対峙した敵はいずれも二流にも届かぬ相手ばかりではあったが、それでもするべきことができたというのは大きな喜びだった。
東京に行って、達也と深雪、そして水波と再会する。それは兄のくだらない思惑を考慮に入れても、魅力的なことではないか。光宣はそう考えたのだ。
しかし、誼を通じる役割を期待されても、光宣はまだ達也たちの自宅を訪問できるほど親しいわけではない。結果としてベイヒルズタワー内で暇を持て余していた。
七草真由美、香澄、泉美の三人と出会ったのは、そんなときだった。光宣と香澄、泉美は同じ年で、そんなに頻繁ではないが、昔から顔を合わせている。光宣の美貌に物怖じしない二人は、光宣にとって数少ない友人だ。
そこで四葉家と誼を結ぶことを期待されていること、それを果たせないことを語った光宣に、真由美が七草と旧交を温めるという代案を示してくれた。こうして七草家に招待された光宣は、遅めの昼食に加えて晩餐にも招かれることになった。その席で光宣は七草家の姉妹とたちと共に今日の会議の内容を聞かされることになった。
「それで、私たちが広告塔として世間に露出させられることに決まったんですか。しかも、反感を買う結果になったときには自己顕示欲の高い愚かな娘が勝手にやったことにするということとして」
「なんでそんなことになったのさ!」
懸命に怒りを抑えようとして、けれども抑えられない泉美に対して、香澄は隠すことさえなく憤慨している。だが、その気持ちは光宣も同じだった。一体、どうしたらそのような酷い決定が出されることになるのか。
「そもそもは二十八家の補佐の元での映像露出の話だった。けれども七宝家の琢磨殿の発案で、魔法師全体への反感に繋がることを避けるためとして、いざというときは見捨てるという提案がなされた」
会議に出席していた七草智一が無念そうに語る。
「そして琢磨殿の推薦によってお前たち二人に白羽の矢が立った」
「あいつ、まだ私たちのこと目の敵にしてたのか!」
香澄の言葉の意味が分からず真由美に視線で問うと、小声で去年の春に香澄と七宝琢磨との間で確執があったことを教えられた。
「この席では言いにくいのだが、今回は琢磨殿というより九島家の意向があったのではないかと思っている」
「九島家ですか?」
急に名前が出てきて、思わず光宣は聞き返した。
「そうだ。琢磨殿が発言をした直後、九島家が賛同の声を上げた。そして、九頭見と九鬼家が続いた。あれは、裏で手を結んでいたとしか思えない」
「ですが、九島家と七宝家との間には交流といえるものはなかったはずです。急に手を組んだりできるものでしょうか?」
「それに関しては四葉家と、何より裏で宮芝家が動いていたのではないかと思われる」
「宮芝家……」
昨年、光宣は祖父の烈に命じられて宮芝家の和泉と名乗る少女に奈良を案内した。そのときの話では宮芝は古式魔法師の間には隠然たる力を持っているという話だった。実際、敵の古式魔法への対応で、その力の一端を垣間見ることもできた。しかし、それでも二十八家に対して影響力があるとは思えない。
「そもそも宮芝さんは、どうして七草と敵対するような行動に出たのかしら?」
光宣とは違った観点で疑問を口にしたのは真由美だった。
「宮芝家は前から七草家に対して敵対的な行動を取ることが多かった」
「それはお父様が変な企みをしていたからではないの? 宮芝さんは自己の利益のために謀略を仕掛けることを嫌う人よ」
「それに関しては何とも言えないが、現に今回は七宝家と九島家を動かして香澄と泉美を陥れた」
「けれど、仮に宮芝さんが何か企んだとしても、過半数を抑えられるとは思わない。それで決定事項にはならないわよね」
真由美の疑問を受けて智一がゆるりと首を振る。
「そこが宮芝の上手いところだ。彼らはまず他家から出たメディアに誰かを露出させることには賛成して見せた。その後でメディアに戦略に失敗したときには切り捨てることの提案と、香澄と泉美の推薦を行ったのだ。そうなれば、自家の誰かがメディア戦略の担当にされては敵わないと、誰でもいいから賛成という空気が産まれる」
「そもそも、そのような役目を誰かに押し付けようとするのが問題だと思うけど。それにしても宮芝家に七宝家と九島家を動かすほどの力はあったかしら?」
そう言って真由美は小首を傾げる。
「七宝は宮芝家に関わってから角界入りを決めたと聞いてる。だから、七宝家というより琢磨個人に対しての影響力なら、持っているかもしれない。けど、九島家に対しては?」
真由美の疑問には香澄が答えていた。そして、自分の考えを言って光宣の方を見た。
「祖父が丁重に扱っていたので、一定の影響力はあるのかもしれません。ですが、九島に何らかの指示を与えられるほどとは思えません」
「もしかしたら、九島家は宮芝家というより四葉家と誼を結ぶことを狙ったのかもしれないわね。宮芝家……というより和泉さんは、達也くんと深雪さんとも懇意にしていたはずだから」
真由美がどうして宮芝の企みに乗ったのかの予測を立てる。けれど、今の光宣の意識は別にあった。
「けれど、どのような働きかけがあったにせよ、決めたのは兄です」
言葉の通り、光宣の心に占めるのは兄への怒りだった。光宣が香澄と泉美とは友人関係にあることは、兄の蒼司も知っているはず。それにも拘わらず、二人に対して成功すれば魔法師の利益、失敗すれば香澄と泉美だけの不利益とする酷い提案に乗ったのだ。それは、どのような理由があろうとも許せることではない。
七歳上の兄である蒼司のことを光宣は確かに見下していた。平凡な魔法力しか持たない、取るに足らない魔法師である兄が、優れた能力を持ち、光宣の友人である香澄と泉美を苦境に陥れる。それは光宣にとって許し難いことだった。
宮芝についても同様だ。確かに腕は立つようだが、未成年ながら飲酒をして、更に二日酔いだから探索に同行しないなど、彼女は極めて不真面目だった。そんな宮芝が謀略で十師族を陥れるなど、許せることではない。
「こんなことがまかり通るのか」
何の罪もなく、善良な香澄と泉美が陥れられ、無能なくせに稚拙な企みばかり企てる兄や、怠惰な宮芝が果実を得ていく。それは余りにも不条理なのではないだろうか。
もしも健康だったら、光宣は九校戦のような表舞台で活躍し、無能な兄姉に代わって九島の後継者として会議に臨んでいたことだろう。そうすれば、香澄と泉美を犠牲にするような酷い案を通してしまうことなどなかった。
もっと自分に健康な身体さえあれば、このようなことにはならなかった。その思いから光宣は唇を強く噛みしめた。