魔法大学は教育内容こそ特殊だが、その雰囲気は他の大学とそれ程変わらない。独特の空気を漂わせているという意味では、付属の魔法科高校の方が余程その傾向は強い。そんな魔法大学内の午後のカフェテリアの一角で十文字克人は七草真由美から詰問を受けた。
真由美の用件は、当然ながら日曜日の二十八家の会議のことだ。最初、真由美は克人のここでは拙いという発言を理解せず、遮音フィールドのみで話を続けようとしたが、それは何とか遮った。
そうして今、克人は駅前にある『寂存』という喫茶店に場所を移して再び真由美と対峙していた。ただし、今度は二人ではない。克人の隣には桐生深夏がおり、真由美の隣には渡辺摩利がいた。
「渡辺も来たのか……余り広めたい話ではないんだが」
「じゃあ、帰って良いか? あたしは真由美に無理矢理連れてこられたんだ」
駆け引きではなく、渡辺は本気で腰を浮かせたようだった。
「ダメよ。大事な話だって言ったでしょう?」
だが真由美に袖を引っ張られ、渡辺は再び同席を強要される。
渋々渡辺は、卓上コンソールでコーヒーを注文する。続いて真由美がミルクティーを注文した。ちなみに克人と深夏は飲み物をすでに注文済だ。飲み物が揃いウエイトレスが退出した後、真由美が改めて克人に真正面から向き合ってきた。
「さて、と……。それじゃあ日曜日の十師族の若手を集めた会議のことを聞かせてもらいましょうか」
「その前に七草は次期殿からどのように聞いているのだ?」
そう聞いた深夏は、最初から智一が殊更に宮芝を貶めた内容で真由美たちに伝えると確信しているようだった。
「私が聞いたことは後から伝えるわ。私はまず十文字くんの口から経緯を聞きたいの」
「分かった。まずは会議の目的が社会の反魔法主義的な風潮に、魔法師としてどう対応していくかを話し合うためのものだったということは聞いているな」
「それは……意味が無いんじゃないか? 相手が犯罪者なら反撃のしようもあるが、好き勝手なことを言っているだけの相手に『魔法師を好きになれ』と強制することはできないだろう?」
どうやら渡辺は会議で決まった内容を詳しく知らないようだ。そして、渡辺は深夏と同様、魔法師の貢献を外に発信することの効果に懐疑的ということが分かった。
「強制はできないけど、アピールはできるでしょう? 魔法師はこれだけ社会に貢献しているんだと訴えることで、反感を和らげることはできるんじゃない?」
「どうだろうな。押しつけがましいとかえって反発されるような気がするが」
「もしかしたら、渡辺の言うとおりかもしれんが、先日の会議では七草のアイデアと同じ提案が多くの賛同者を集めたのだ。予め言っておくが、この魔法師の貢献を発信するという案自体については俺も賛成だった。けれど、その後が拙かったのだ」
ここまでなら、克人が七草家の敵に回るような真似をせずに済んだのだ。
「その後に多くの支持を集めた具体案が、四葉家の時期殿に魔法師を代表してもらうというプランだった。智一殿は、その案を会議の決定事項にしようとした」
「私は予め克人の他、影響力を行使できる範囲に、もしも七草がリスクの高い活動を他家に押し付けようとしたならば、そのリスクは七草に負わせよ、と命じていた。宮芝で多少は手解きを受けた七宝は、その活動が危険であることに気づいたのだろうな。命じていた通りに七草家にリスクを負わせるという目的のために七草香澄と泉美を広告塔とする案を出し、九島と克人が同調した」
深夏の説明に、真由美がそっと目を伏せたのが分かった。今の真由美は妹たちに嫌な役目を押し付けた原因を克人たちに求めるか兄に求めるかで迷っているように見えた。
「それにしても司波の妹……いや、婚約者にそんな役目を負わせようとするとは……ところで、その会議に本人は出ていたのか?」
「いや、司波が一人で出席した」
「達也くんが? ああ、そりゃダメだ。それじゃ、仮に深雪さんを広告塔にする案が採決されたとしても、達也くんが受け入れるはずがない」
渡辺はあっさりとそう決めつけた。
「そうね。達也くんならどんな反感を買おうとも、その案は了承しないでしょうね」
「私も同感だな。さて、図らずもこの場の四人の見解は一致したわけだが、七草智一は達也の気性を知らないまま深雪を危険な立場に祭り上げようとしたのか。それとも知っていてわざと不和の種を蒔こうとしたのか。今回は代償は身内が支払ったとみて、香澄と泉美には悪いが目を瞑るつもりだが、再び同じことをしようとした場合には、今度こそ有害として排除も考えねばならぬぞ」
七草は四葉と並んで日本にとって最重要な一族だ。だからこそ、簡単には手は出せない。けれど、それだけ大きな力を持っている集団が私利私欲のために動くとあれば、それだけ悪影響も大きくなる。深夏が厳しい態度を取る理由も克人はよく理解できた。
「それで、今後はどうするつもりだ。まさか本当に真由美の妹を広告塔に何かを行うつもりではないよな」
「元風紀長、まさかも何も行うしかなかろう。そうでなければ、今後は二十八家の会議を行うと呼び掛けても誰も出席してくれないということも考えられよう」
「この場で言うべきではないのかもしれないが、私は一体いつまで元風紀長と呼ばれなければならないんだ」
「永久にだよ。前風紀長ではなくなっても、元風紀長なのはいつまでも変わるまい」
「ああ、そうなのか……」
言いながら渡辺は天を仰いだ。確かに深夏の言っていることは間違っていない。けれど、いつまでも呼ばれたくないという思いも分かる。特に十文字は部活連の会頭だった。元会頭、などと外で呼ばれては恥ずかしすぎる。
「じゃあ宮芝さんは私の妹たちに何をさせるつもりなの?」
「心配せずとも、それほど酷いことにはならぬようにするつもりだ。魔法師が社会の反感の的なるのは、私としても望ましいことではないからな。効果は少なくとも、反感を買いにくい内容を選択していくつもりだ」
「さらっと言っているけど、活動の内容って宮芝さんが決めるものなの?」
「今の時点で決まったことは、七草香澄と泉美を広告塔にして、何かを行うというだけだ。誰が主導して、どのような内容の宣伝を行うかといった具体的な話は全く決まっていない。そもそも、どれだけのメディアが協力してくれるか分からないからな」
そう言っても真由美の表情が冴えることはない。何も決まっていないということは、逆に言えば、何をさせられるか分からないということだ。それだけに不安も強いのだろう。
「何も決まっていないというのなら、決められる前に仕掛けるというのはどうだ?」
意外な発言に、皆で一斉に深夏を見る。
「そもそも一度きりの出演では、効果は薄い。幾度ものメディア出演となれば、必然的に演出の存在を感じさせる。それを避けるためにはメディア出演ではなく、動画の配信にしてはどうだろうか」
「動画の配信? けれど、それでは益々、香澄たちが勝手にやったことだということにならない?」
「なるだろうな。けれど、元よりそういうシナリオなのだ。それならば、まだ自分で全てを決められる状況の方が望ましいのではないか?」
克人は十師族の次期当主として、幼い頃から責任ある行動を求められてきた。それだけに動画を自分で配信するなど考えたこともなかった。それは真由美も同様だろう。克人と同じく判断をしかねるという顔をしている。
「やれやれ古式の私より情報に弱いというのは、この面々は少しばかり問題があろう。要は見た目が美しい魔法、見て楽しめる魔法でお茶を濁せと言っているんだ。どの程度の魔法を使うかなどは宮芝も相談に乗るぞ」
「結果的には、それが安全かもね。分かった、香澄と泉美にも意向を聞いてみて、それで二人がいいと言ったら、お願いしていい?」
「ああ、任せてくれ」
結局、深夏と真由美の間で話はついたようだ。あまり話に関わらなかった克人は渡辺と見合い、疲れた笑みを交わした。