四月二十一日、日曜日。
宮芝淡路守治夏は司波達也とともに国防軍情報部が捕らえている米軍の工作員の奪取作戦を実行に移していた。現在地は房総半島の先端近く。その山中の斜面にある刑務所のような施設の中に工作員たちは捕らえられていると調べがついている。
達也を引っ張り出すための四葉との交渉は、当然ながら難航した。けれど最終的には深雪への襲撃へは報復を与えておくべきという治夏の説得と、達也自身も許し難く思っていることから実現した形だ。
もはや言うまでもないことだが、宮芝は敵施設への襲撃というのは苦手としている。十山つかさを簡単に殺害できたのは、時間をかけて用意した内通者がいたこと。そして、予め十山自身に仕込んでいた式神による寄生虫で十分な情報を得ていたこと。これらの下準備によるもので、今回の施設に同じ手は使えない。
達也たちへの襲撃の際には宮芝家の専門である傀儡の術を使ってくれたため、簡単に操作を奪って優位を築けた。だが、相手は主戦級を欠いていたとはいえスターズを含んだ工作部隊を捕虜にした精鋭だ。普通に戦っては敗北するのは宮芝だろう。そこで今回は達也の力を欲したという訳だ。
「達也、その妙なスーツは何だ?」
「これはムーバルスーツだ。独立魔装大隊が似たようなものを運用していただろう?」
「まさか軍の装備を個人で再現したというのか。相変わらず君は非常識だな」
「宮芝にだけは言われたくはないな」
そう言った達也の視線が向いているのは、今回の作戦に投入予定の四十機の量産型の関本たちだ。言われてみれば、量産型関本は軍でも未配備の超優良兵器だった。
「それで、そのバイクにも秘密があるのだろう?」
「このバイクには飛行スーツとリンクする機能が搭載されている」
「……それだけか?」
四葉のことだから、てっきりバイクにも驚くような機能が搭載されているのかと思った。しかし、どうやら治夏の期待が高すぎたようだ。
「一体、何を期待していたんだ?」
「飛行能力を補助してくれるような機能を期待した。残念ながら、今の関本たちは念動力が主で魔法力はそこまで高くない。ゆえに十全の戦闘能力を発揮させようと思えば、飛行魔法は諦めた方が無難だ。だが、そうなると些か機動力に欠ける。何とかならないか?」
「それは自分たちで解決してくれないか」
「正論だな。だが、気が向いたら何かしらの解決策を提示してくれないか?」
二年前、平河千秋のおまけでついてきた平河小春は思った以上に優秀で、宮芝は多数の関本用の換装装備の開発に成功した。しかし、換装用の装備単独で飛行を実現するというのは無理がある。また、飛行魔法が現代魔法ということもあり、その方面から攻めるというのも難航しているのが現実なのだ。
「そんなことより、今は目の前のことに集中しろ」
「まあ、そうだな。ところで、本当に先陣を任せてしまっていいのかい?」
今回の作戦で主力を成しているのは宮芝のはずだ。けれど、達也はまずは自分が飛行魔法を使って単独で潜入すると言ったのだ。
「いくら宮芝でも気づかれることなく施設に侵入することは難しいんだろう。それなら俺が壁を飛び越えた方が早い」
達也は敵に気づかれたとして、対応がされる前になるべく目的を達成させるつもりのようだ。これは確かに宮芝では難しい任務だ。
「和泉たちは俺が壁を超えたら攻撃を開始してくれ」
「分かった。幸運を祈る」
治夏が言うと、微かに頷いた達也は監獄の壁を黒塗りバイクで飛び越えていく。
「さて、我らも行くぞ!」
今回の作戦に同行するのは側近三名に加えて、森崎駿、呂剛虎、京都で勧誘した元七草の配下の魔法師である名倉三郎、松下隠岐守に関本たちの指揮官機としてパラサイト阿修羅。それに量産型の関本が四十機という陣容だ。
治夏たちの最前列を行く関本たちが門に殺到する直前、警報が鳴り響いた。達也の侵入に対するものなのか、それとも関本たちに気づいてのことなのか。達也の侵入が気づかれていないのであれば、関本を陽動に使うのだが、今は確認をする術がない。達也の侵入は気づかれているものと考えることにする。
「しまったな、達也には正門の破壊を手伝わせるのだった」
思わず呟いてしまったのは、収容者に対する用心のためなのか、施設の門は予想外に堅牢な作りとなっており、関本たちが破壊に手間取っていたためだ。関本の導入で戦力は大幅に増加したが、破壊力に欠けるという宮芝の欠点は解消に至っていない。
ようやく門を突破するも、すでに門の内にはハイパワーライフルを装備した警備兵が展開されていた。突入直後の斉射で早くも三機の関本が撃破される。被弾した関本たちを自爆させた。爆炎に紛れながら、先頭をきって突入していくのは治夏が作った幻影体の関本だ。敵の目を幻影に向かわせている隙に、一拍遅れて本体が装備しているサブマシンガンを乱射しながら敵中に飛び込んでいく。
だが、相手は障壁魔法を纏った魔法師の兵士。通常型のサブマシンガンは効果が薄い。
念動力で防御をしつつの突撃だったが、結局、高周波ブレードで敵を屠るまでに更に二機の関本を失ってしまった。先にやられていた三機と合わせれば、正門の突破だけで五機の関本を失ったことになる。これでは、とてもではないが、捕虜の救出のための迅速な進軍など無理だ。慎重に進んでいかないと、作戦を成功させる前に関本全機を失ってしまう。さすがにそれは、許容できる損害ではない。
念動力と高周波ブレードだけでは駄目だ。これから先のことを考えれば中距離での魔法戦もこなせなければならない。治夏は、そう強く実感した。
施設内の廊下に身を隠す遮蔽物は無い。かといって関本たちの念動力による防御だけではハイパワーライフルを防げない。となれば、あとは盾を作って進むしかない。いよいよの場所では呂剛虎に力技で突破してもらい、それ以外の場所は取り外した扉の上に対物障壁を重ねた盾を使って前進する。森崎にしても名倉にしても障壁魔法は得意でない。けれども、その二人でも宮芝よりは上手く使える。
そうして亀の歩みで前に進んでいると、そのうちに敵の抵抗が弱くなった。おそらくは達也が頑張ってくれたのだろう。
「結局、宮芝単独では情報部の施設一つも落とせないのか」
もう少しできると思っていたが、現実は厳しい。しかし、今のうちに現実を知れただけ良しとすべきだろう。本当の敵を相手に今日の体たらくを晒すよりましだ。
「ふみどり」
治夏が言いながら呪符をふわりと上に投げると、空中で鳥へと姿を変える。予め達也には一枚の呪符を渡してあり、鳥はその呪符を目掛けて飛んでいくように設定されている。
式神の鳥は渦巻き状の廊下に囲まれたブロックへと飛んでいく。まるで建物の中に中庭を造り、その中庭の中に監獄を建てたような構造になっている。その監獄の壁には人が通れる穴が開いている。
「これは達也の魔法だな。馬鹿正直に一つ一つ障害を突破してきた我らが間抜けのようではないか」
思わず愚痴を言ってしまうのも仕方がないことなのではないだろうか。宮芝は四十九人という陣容で挑んでいて、速度でも達也一人にも大きく引き離された上、結局は六機の関本を失ってしまった。
「さて、達也、捕虜たちはいたか?」
治夏たちの気配を感じてか外に出てきた達也に尋ねる。
「その前に聞きたい。捕虜たちを返還するつもりはあるか?」
「それはできない相談だね。情報部が行ったことは秘匿せねばならない」
捕虜を洗脳して戦闘を行わせたというのは、外に出て貰っては困る情報だ。それに元より邪魔な存在でもあったのだ。彼らには悪いが、今後は宮芝のために働いてもらう。
「詳しいことは言えないが、スターズのメンバーだけでも帰国させたい」
「……何か事情があるようだね。分かった、彼らの記憶を操作して日本が何をしたかの記憶を消去することを条件に認めよう」
「それで構わない」
得られる素材がスターズから漏れたメンバーであるスターダストのみというのは、戦力という意味では不満が残る。しかし、今日の功労者は間違いなく達也だ。治夏はあまり強いことは言えない。そうして治夏はスターダストと基地の警備兵を手土産に宮芝に帰還することになった。