戦雲編 大亜連合の戦略級魔法師
五月二日の放課後。
宮芝淡路守治夏は帰宅途中、大亜連合の戦略級魔法『霹靂塔』がアフリカで使用されたというニュースを受け取った。使用されたのはギニア湾岸のニジェール・デルタ地域。今は大亜連合が実質的に支配しているが、ここ数ヶ月はフランスの支援を受けた武装勢力に支配を脅かされていると言われていた場所だ。
先月のブラジル軍のシンクロライナー・フュージョンの使用では、世界中からブラジルに怒涛の非難が寄せられた。一ヶ月を過ぎた今でも、その勢いは衰えていない。
それにも拘わらず、大亜連合は戦略級魔法の使用を隠そうとしていない。逆に、自分から『霹靂塔』の使用を公表している。戦果を誇るかのような今回の行動は、フランスの支援を牽制するのが主目的だろう。そして副次的な目的が新たな戦略級魔法師のお披露目を行うことで、『灼熱のハロウィン』で戦略級魔法師、劉雲徳が戦死していたことの衝撃を和らげることだろうか。
「ともかく私は情報収集のために一度、学校に戻る」
大亜連合はこの間までの敵国だ。それなりに多くの諜報員を投入している。しかし、彼らの主目的は日本への攻撃の有無。アフリカには申し訳程度の人数しか送っていない。宮芝の本拠に戻ったところで得られる情報は限られる。それよりも四葉の見解を聞いておく方が有意義と治夏は判断した。
側近たちを付近で待たせた上で先に達也と連絡を取り、合流してからアイネブリーゼへと向かう。合流を優先したのは、アイネブリーゼにはエリカがいると思われたためだ。治夏はまだ、エリカと同じ空間には居辛い。
「でも、それって周辺諸国への挑発にもなるよね」
大亜連合が戦略級魔法の使用を自ら公表した理由について、達也が治夏と同様の推測をしたのを聞いたエリカが言う。
「そんなことは承知の上だろうね。抑止力というのは要するに、他国に対する威嚇だから」
エリカの質問に吉田が答える。
「新しい十三使徒は十四歳か。俺たちより年下とはなぁ」
レオが言った十三使徒というのは、国家により戦略級魔法に適性を認められ、対外的に公表された魔法師が十三名であることから付けられた呼び名だ。そして、新しい戦略級魔法師の年齢が判明したのは、大亜連合が公式に発表を行ったためだ。
それにしても、新しい戦略級魔法師『劉麗蕾』が十四歳というのは治夏も驚いた。まさかその年齢で戦略級魔法を会得できる者がいるなど思ってもみなかった。
「年齢も驚いたけど、あんなちっちゃな女の子が戦略級魔法師なんて……」
「本当に。国によって事情は違うとはいえ、何だかやりきれないですよね……」
ほのか、続いて美月が外見の話をしているのは、大亜連合がまさかの本人の映像の公表まで行ったためだ。敵の標的とされることを防ぐため、なるべく秘した方がよい情報を公開した狙いは何か。答えは出ないにせよ、治夏は可能性を考察する。
「あの少女が本当に霹靂塔の術者だとするならば」
達也の前置きに、深雪と雫が「あっ……」という表情を見せた。それは劉麗蕾を名乗る少女が影武者である可能性を失念していたものだろう。一方の治夏は、その可能性までは考えていた。だが、それでも映像を公表した理由が分からないことには変わりはない。たとえ影武者であっても、狙われて殺害されれば未だ幼さの残る少女にそのような役割を押し付けたということで、大亜連合にとっては傷にしかならないためだ。
「大亜連合は彼女を士気高揚のためのシンボルにするつもりではないかな」
「こんな幼気な少女だけに戦わせておくわけにはいかない、ということかな?」
「まあ、そうだな」
達也の推測は的外れというわけではないだろう。だが、今の大亜連合は斯様な神輿を担がねばならないほど困窮をしていただろうか。
「劉雲徳の戦死を大亜連合が認めたのも、『祖父の後を継いだ健気な少女』のイメージを補強する為かな?」
「本当に孫なのかどうかは分からないけどね」
吉田のセリフに、エリカが人の悪い笑みを浮かべてツッコむ。
「話は変わるけど、死者八百人っていうのは本当なのかね?」
激戦地で民間人が少ないにしても、死者が少なすぎるとレオは考えたようだ。
「シンクロライナー・フュージョンによる死傷者よりは少ないだろう。霹靂塔は直接的な殺傷の為の魔法というより、工場やインフラを破壊する為の魔法だからな」
「霹靂塔って、雷を落とす魔法じゃないんですか?」
意味が分からないという顔で、美月が質問する。その質問に対して達也が解説をしてくれたのだが、治夏ではさっぱり理解ができなかった。電子雪崩だの、電気抵抗を断続的に不均等に引き下げるだの、ただの高校生に理解できると思わないでほしい。
「……つまり、雷を次々と落とす魔法なんですね?」
魔工技科だから理論系も得意かと思ったが、意外と美月も難しい話は苦手のようだ。
「霹靂塔の特徴は、単発の威力よりも手数を重視しているところにある」
そう言って吉田が続けた話によると、一度の魔法でそれなりの威力の雷を広い範囲に降らせる霹靂塔は、ある程度しっかりした落雷対策をしておけば致命傷にはならないらしい。けれど、無差別に雷を降らせる魔法というのは隠蔽術に長けた宮芝の術士には相性が悪い。何か対抗魔法の開発も必要になるかもしれない。
そして、それよりも拙いのが最初は使用者にも予想外であったインフラに大きな打撃を与える効果だ。広い範囲で電子機器に深刻なダメージを発生させる効果というのは馬鹿にはできないものだ。
「けどよ、ずっと陣取り合戦が続いていた紛争地帯で、高度に技術化した都市の建設なんてできないだろ? 霹靂塔でダメージを受けるような機械は資源採掘設備くらいのもんだと思うんだけど?」
「詳しいことは分からないけど、そうだろうね」
レオの疑問に吉田は答えを返すのではなく、頷いていた。
「その採掘施設を今抑えているのは大亜連合だろ? だったら、被害を受けるのは大亜連合じゃねえか。自分たちの損になるような魔法を何で使ったんだ?」
吉田が助けを求めるような視線を達也に向けた。
「ニジェール・デルタ地域で最近、大亜連合が劣勢に陥っているのは、フランスが提供した無人兵器の所為だと言われている」
「採掘施設にダメージを与えても、無人兵器の無力化を優先したんだね」
大亜連合が使った今回の無人兵器対策は、宮芝にも無視ができないものだ。以前の宮芝ならば、昔ながらの呪符での戦いであるから、影響は最小限だっただろう。けれど、今の宮芝の主力は関本たちだ。パラサイトを定着させているとはいえ、機械にすぎない関本たちは霹靂塔の被害をおそらく防ぎきれない。
「自国の勢力圏内で霹靂塔を使った動機は無人兵器対策だろう。だがあの魔法は言うまでもなく、殺傷能力を有する。十分な被雷装備を持たない軽装の兵士や、平服の民間人ならば簡単に命を奪う」
達也の言葉は、分かっていたことにせよ苦いものだった。防御が弱い宮芝の術士たちに対しては、霹靂塔は十分な攻撃力を有するものとなるだろう。
アフリカ方面が厳しいのなら、大亜連合は当面は日本に手を出してこないはず。けれど、発表の通りなら劉麗蕾はまだ十四歳。この後、五十年以上に渡って日本の脅威となるということだ。対策は早めに取り掛からねばならない。
こうなってみると、昔ながらの戦いには影響が少ないからと劉雲徳が存命の時代に対抗魔法の構築に励まなかったことが悔やまれる。あの頃は、まだ関本も人間の範囲内であったために、霹靂塔対策は後回しになっていたのだ。
「なあ、達也。対電気対策で良い方法はないか?」
「明らかに軍事目的の質問に何度もは答えないぞ」
頼みの綱である達也の知恵も得られず、治夏は余計に頭を悩ますことになった。