五月十日の放課後。第一高校はざわめきの中にあった。ざわめきの中心にいるのは、この場にはいない司波達也だ。その席を宮芝淡路守治夏はそっと見つめた。
ざわめきの中心とはいえ、今回は達也が何かやらかしたわけではない。ざわめきの理由は、今年度の九校戦が中止されたことだからだ。とはいえ、完全に無関係ともいえない。今回の九校戦の中止には少なからず達也が関わっているからだ。
発端は大亜連合軍の戦略級魔法により被害を受けたニジェール・デルタ解放軍による大亜連合の基地への攻撃だ。その攻撃でニジェール・デルタ解放軍の一員であるギニア湾西海岸出身の少女魔法師であるエフィア・メンサーがアクティブ・エアー・マインという魔法で大亜連合に大きな被害を出したのだ。
アクティブ・エアー・マインは二〇九五年の九校戦において達也が開発し、雫が使用した魔法だ。それが、多くの人を殺傷するための手段として用いられた。更に拙いことに、その魔法の領域に捕らわれた者は、全身の骨を砕かれて血袋となって絶命するという、非常に無残な死体を晒すことになった。九校戦は、図らずも非常に殺傷能力の高い魔法の初出の場となったのだ。さすがに、そのまま開催はできない。それが九校戦中止の理由だ。
「さて、達也たちの様子を見ておいた方がいいだろうな」
そう呟くと、治夏は生徒会室に向かうために教室を出る。九校戦の中止の知らせは急速に広がっているらしく、あちこちで小さな輪が出来上がっていた。
多くの生徒は九校戦の中止を残念がっていたが、その責任を達也に求める者は多くない。第一高校の生徒は九校戦優勝や、恒星炉実験の評価など、何だかんだで達也の功績の恩恵を受けている者が多いからだ。加えて言うなら、四葉に責任があるなどと叫ぶことは蛮勇であると理解していることもあるかもしれない。いずれにしても、校内がそれほど揺れていないということはよいことだ。
「やあ、達也、深雪、気落ちしては……」
言いながら入った室内は、極寒の世界だった。
「こんなの、酷い言い掛かりです! 断じて、お兄様に責任などありません!」
激昂したような深雪の叫び声から、今回の犯人が深雪だと分かった。それにしても、怒りで魔法の制御を忘れると氷結地獄を作り出すのは、何とかならないのだろうか。
「深雪、落ち着け」
言いながら、達也が左手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、右から左へ、軽く振る。それだけで室内が元に戻った。
「……すみません。達也様」
深雪もようやく頭が冷えたのか、憑き物が落ちたように、落ち着きを取り戻した。少なくとも学校で氷漬けにされて殺されるという最悪の事態は回避されたようだ。
「ですが、達也様には何の責任もありません。九校戦が中止になったのは大会委員会が無責任だからです。現にここ数日、九校戦関係で非難を集めていたのは、昨年の種目変更についてではありませんか」
確かに、アクティブ・エアー・マインの件で騒がれたのは最初だけで、現在の論調は軍事色が強い競技ばかりとなった昨年の種目変更についてだ。
「九校戦が中止になったのは、大会委員会が無責任だからではない。むしろ、俺に配慮してのことだ。そうだろう、和泉」
「……この話は、二人だけにしたい。人払いを頼めるか?」
達也に話を向けられて、治夏は生徒会室にいる、ほのか、泉美、桜井水波、三矢詩奈を見回しながら言う。
「悪いけど、お願いできるかしら」
「深雪先輩がそう仰られるなら……」
泉美としては一緒に聞きたいという思いが強いのだろう。だが、世の中には知らない方がいいことというのは往々にしてあるものだ。
「さて、では話を始めようか。まず、九校戦を中止にした理由についてだが、これは達也の言った通り達也を守るためだ」
「お兄様を守ると言っても、特に他校の三年生には、今回の九校戦の中止はお兄様のせいだと言い出す方がでてくるのではないですか?」
「この際、魔法師は放置していい。今は一般社会からなるべく姿を隠すべきだ。魔法師からの反発など、四葉にとっては重要な問題ではないだろう?」
達也の二十八家会議での発言を考えれば、少なくとも達也はそう考えているはず。口に出さなかった言葉は深雪にも伝わったのか、それ以上の反論はなかった。
「それにしても、和泉が魔法大学に手を回してくれたんだろう。おかげで助かった」
「君の心を安んじることに少しでも寄与できたのなら幸いだよ」
達也が言っているのは、アクティブ・エアー・マインが戦場で使用されたと報道されてから時を置かずに行われた会見のことだ。達也には必ず、非人道的魔法を開発した者としての道義的責任が問われる。それを完全に防ぐ手段はいくら治夏でも有してない。けれど、できることはある。
アクティブ・エアー・マインは魔法大学が編纂する魔法の百科事典『魔法大全』に新種魔法として登録されている。魔法大学に取材が入るのは想定できることだった。ゆえに治夏は先手を打ったのだ。
「それにしても、アクティブ・エアー・マインを防御魔法と呼ぶとは、随分な強弁をしたものだな」
「完全に誤りではないだろう。実際、アクティブ・エアー・マインが優秀なのは発動速度だ。その優位点を生かせば防御に使えるはずだ」
魔法大学に行わせた対策。それは無断でアクティブ・エアー・マインの術式を改竄して兵器に転用したと、ニジェール・デルタ解放軍に対して非難する声明を出すことだった。高校生が防御魔法として開発したアクティブ・エアー・マインを、人を傷つけるために用いた。それが非難の内容だ。
治夏は事前に達也から、基本的に普通の魔法師の使うアクティブ・エアー・マインには、報道されている程の威力はないことを聞いていた。けれど、開発者である達也はその発言と同時に、アクティブ・エアー・マイン自体には威力の上限はないとも言っていた。発動の規模とスピードにトレード・オフの関係はあるが、アクティブ・エアー・マインは魔法師次第では威力は幾らでも上がるらしい。けれど、それは大した問題ではない。
重要なのは普通の魔法師には報道の威力は出せないということだ。人によっては優れた術者が使えば強力な魔法となるという時点で危険な魔法であると断ずる者もいよう。けれども、治夏は普通にスピードを追及すれば、それほど大きな威力は出せないという要素を重要視したのだ。
「それでも、あれはアクティブ・エアー・マインではないというのはどうなんだ?」
声明の発表の場では、魔法科高校生が全国魔法科高校親善魔法競技大会用に開発した魔法で、百人以上の死者が出たことを問題とする発言も出た。けれど、魔法大学側は使われた魔法は開発されたままのアクティブ・エアー・マインではないと言い切ったのだ。
「魔法に批判的な者ほど魔法に詳しくないものだ。魔法大学が言っていることが正しいのかどうかなど、判断ができまい」
よしんば嘘であると判断できたとして、術式の改変が行われているのか否かの証拠は双方ともに出すことはできないのだ。
ちなみに他にもアクティブ・エアー・マインの和名、能動空中機雷の「機雷」に兵器としての使用の意図を勘繰った者もいた。が、それに対しては、私のスパイクは大砲と呼称されていましたが、私の右腕は兵器でしょうかという冗談で煙に巻いた。その上で機雷という名称は範囲に侵入した対象を迎撃するという特徴から付けられたのでしょう、という推測を話すことで受け流していた。
現代の魔法は元々、兵器として開発されてきたこと。魔法大全に収録された魔法は大体において軍事目的に転用可能であり、アクティブ・エアー・マインとて例外ではないことは意図的に伝えなかった。
一時しのぎの誤った嘘は、いずれ魔法大学の非難に繋がるだろう。けれど、魔法大学への非難ならば達也が責めを負う必要はない。申し訳ないが、魔法大学には後で埋め合わせはするということで我慢してもらうつもりだ。そうまでした今回の一件は、何よりも四葉と達也との関係を重視していると宮芝からのメッセージでもある。
「何にしても助かった。今回は素直に礼を言わせてもらう」
そう言って達也は深々と治夏に頭を下げてきた。