五月十二日日曜日、朝一番で報道されたニュースを宮芝淡路守治夏は忌々しく見つめていた。ニュースの内容は、ロサンゼルスで発表された、国際プロジェクトに関するもの。
発表者の名はエドワード・クラーク。USNA国家科学局に所属している政府お抱えの技術者だ。その声明は世界各国に協力を呼びかけるという性質を持っていた。
国際プロジェクトの名称は『ディオーネー計画』。それは魔法技術を用いて、木星圏の資源で金星をテラフォーミングしようという夢物語だった。
エドワード・クラークが『ディオーネー計画』の推進に必要な人材として、自分以外に九人の名を上げた。そこに含まれていたのは、科学者ばかりではなかった。世界の二大魔法工学メーカーのトップ。魔法学の権威としても有名な国家公認戦略級魔法師。そして、最後に名前が告げられなかった十人目が、治夏を苛立たせた原因だ。
『もう一人、是非プロジェクトに参加して欲しい技術者がいます。居住国の法律ではまだ未成年ですので実名は申し上げられませんが、「トーラス・シルバー」の名で活動している日本の高校生です』
エドワード・クラークはそんなこと言ってくれたのだ。
「日本の高校生で優れた技術者……そんなもの、一人しか思い浮かばないな」
溜息を吐きつつ早めの出立の準備を進める。今日ばかりは学校に着く前に達也と話をしておく必要がある。朝から邪魔をすることを詫びつつ、達也に訪問することを伝えた。
「それで、君がトーラス・シルバーで間違いないな」
司波邸を訪れ、室内に通されて腰を落ち着けると、開口一番、治夏は達也に尋ねた。
「ああ、間違いない」
「はぁ、全く君は、幾つ名前を持っているのだ。よくもまあ、それだけ幅広く手を広げられたものだな」
四葉家の当主の息子をやりつつ、国防軍にも特尉として参加、魔法師としても技術者としても超一流だなどと、どこの完璧超人だ。まあ、名前だけなら治夏も改名を繰り返しているという意味では人のことは言えないが。
「それで君は、あの計画に対してどう思う?」
「まず言っておくが、俺にエドワード・クラークの誘いに応じるという選択肢は無い。たとえ『ディオーネー計画』とやらが魔法師にとって有益な構想であろうと、USNAの為に働くことはできない」
「その答えを聞いて安心したよ。此度のエドワード・クラークの計画がUSNAの意向によらぬものであるはずがないからな。大方、君の拉致に失敗したので、今度は堂々と外に連れ出すことを企んでいるのだろう」
「和泉はディオーネー計画を全く評価していないようだな」
「当然だろう。そんなことに労力を注ぐくらいなら、地球を浄化する方がよほど有益だ」
何で多大な労力と多くの魔法師の力を注いで、金星人の住処を綺麗にしてやらねばならないのか。全く意味が分からない。
「和泉は計画自体に反対のようだが、俺はプロジェクト自体は人類にとって意義あるものだと思っているぞ」
「本当に実現ができるなら、意義もあるだろう。だが、あんなものは所詮、君を誘い出すための撒き餌にすぎない。どんなときでも自国優先の奴らの頭に人類全体のために力を注ごうなんて気があるものか」
今のUSNAの中枢には、人の国にテロを持ち込んででも自分たちは利益を得ようと考える薄汚い者が巣くっている。そんなところに有益な人材を出すなど愚の骨頂だ。
「あるいは和泉の言う通りなのかもしれない。けれど、USNAのプロジェクトへの本気度は計画をよく見ていけば分かるものだと思う。ひとまず計画の詳細について読ませてくれないか?」
「時間の無駄だとは思うが、君のしたいことを止める権利は私にはない。私はあちらでお茶でもいただいておくから、まずは気のすむまで読めばいい」
そう言って治夏は達也の前を離れ、桜井水波に案内されたテーブルに移動する。
「宮芝様、どうぞ」
「ありがとう、桜井」
礼を言って出された紅茶に口を付ける。香り高い紅茶を見れば、桜井水波が魔法技能のみならず使用人としても高い技能を持っていることが分かる。達也にしてもそうだが、四葉は多才な者が多いようで、羨ましい限りだ。
「やはり、これは……」
そう呟いた達也の眉間には皺が寄っている。
「何か分かったのかい?」
「もしかしたら俺の考えすぎかもしれないが……このプロジェクトは人々の脅威となるような魔法師を、地球から追い出すことを目的としているように思われる」
「宇宙に……追いやるということですか?」
深雪の声からは、危機感が窺われない。言葉が実感を伴って理解できていないようだ。
「もちろん、表向きは宇宙開発だ。だが、このプロジェクトに携わった魔法師は、長期間地球に帰還できない。戻ってきても、体調が戻り次第すぐにまた、旅立つことになるだろう」
「なるほど。ところで達也のところに、それなりに年齢のいった極めて優秀な技術者はいるかな?」
「唐突な問いだな。何をするつもりだ?」
達也は警戒心を露わにして質問してくる。治夏はずっと達也の味方をしてきたはずだが、どうしてこのような反応なのだろうか。
「決まっているだろう。君の身替わりだよ。そうだな……トーラス・シルバーというのは四葉の魔法技術所の責任者が名乗る通名で、君は当主の息子として迎えられるに当たり、今年の始めに襲名したばかり。今の所は目立った実績はないから、ディオーネー計画には先代のトーラス・シルバーが参加する。こんなところでどうだ?」
「トーラス・シルバーであることは認めつつ、多くは他の者の手柄にするのか」
「高校生が大きな実績を上げたというよりは、当主の息子として名目上の責任者に就任しているだけ、という方がよほど現実味があるだろう?」
「だから、それなりの年齢の者という指名をしたのか」
「年齢は重要だろう?」
若くとも優秀な技術者などいくらでもいる。特に魔法学においては、その傾向が強いようにも感じる。けれども、一般社会においては若輩者よりも一定の年齢の者の方が権威としては認められやすい。治夏たちが相手にするのはUSNAではない。あくまで一般社会だ。
「それで極めて優秀な技術者というのは、そのまま計画に参加させるからか?」
「そういうことだ。エドワード・クラークの質問に満足に答えられない者を出しては、本当にトーラス・シルバーなのかという疑いを招くだろう。だから、今回は出し惜しみせずに大駒を切ることだ」
達也が差し出した身代わりが偽物であるという証明はUSNAにもできないはずだ。水掛け論となったときには、より本当らしいことを言っている方が勝つ。
「けれど、それだけだと、また何か手を打ってきそうだな。達也、ちょうどいい技術者が見つかったら、その者の足を切ってしまえ」
「何を言っているんだ!?」
「そうすれば、歩行が不自由なトーラス・シルバーは遠隔地から参加という手を取りやすくなるのではないか?」
「優秀な技術者は、なるべく外には出したくない、か。その為だけに足を切るとか、人でなしにも程があるな」
「えっ、たったそれだけでか?」
驚きに目を見張ってしまった治夏に対して、達也もまた驚きの目を向けてくる。
「たったそれだけ、ということは、もっとろくでもない計画があるのか?」
「エドワード・クラークとの対談に持ち込めるようなら、偽のトーラス・シルバーには自爆してもらおうと思っていた」
「そんなことをすれば、日本が非難されるぞ!」
達也が目をむいて反対してきたが、その程度を考えてないはずがないだろう。
「無論、トーラス・シルバーが自爆したなどと公表するつもりはない。爆発はUSNAの人間主義者たちによるもので、トーラス・シルバーは不幸にも巻き込まれただけだ。素材はこの間、仕入れられたしな」
房総半島の収容所から連れ出したUSNAの兵士たちは、大事に保管してある。それらにも同時に自爆してもらうつもりだ。
「足の切断は却下だ。けれど、身代わりは検討する必要があるだろうな」
「そうかい。その点は任せるが、身代わりはくれぐれも出し惜しみするなよ」
達也に念を押して、治夏は司波家を辞して学校に向かった。