魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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戦雲編 ディオーネー計画への対応

その日、司波達也は深雪と水波を連れて友人たちより一足早く下校していた。すでに達也はUSNA国家科学局からアメリカ大使館を通じた連絡で、第一高校の校長である百山や教頭である八百坂たちに自分がトーラス・シルバーであることを知られている。それから達也は登校はしても図書館に籠ったままという日々を過ごしていた。

 

現状は達也をしても不愉快な日々だ。そして、帰宅後に自動録画してあったニュースを見たことで、更にそれは決定的になった。

 

ニュースはモスクワからの中継録画だった。

 

画面に映っていたのは新ソ連アカデミーの幹部と、国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人である、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフその人だった。

 

ニュースはベゾブラゾフに対するインタビュー画面に移っている。ベゾブラゾフが表明したのは、アメリカの「ディオーネー計画」に対する参加の意志であった。

 

ベゾブラゾフは世界総人口の限界に怯える人類同士の破滅的な対立を回避するためとしてディオーネー計画の意義を讃えた。そして、戦略級魔法魔法師である自分が長期間、国を離れることによる国防上の懸念があっても、平和を愛する私たちの政府は全面的に協力を約束してくれたと語る。

 

その上で、既に計画参加を表明している者たちだけでなく、トーラス・シルバーを名乗る日本の少年にも是非このプロジェクトに参加してもらいたいと言ってきた。そして、共に力を合わせ、人類の未来の為、あらゆる困難を克服していきたいという、なんとも胡散臭い結びでインタビューを終えていた。

 

達也がニュース映像を消す。ほぼ同時に、来客を知らせる音が家の中に響いた。確認のために席を立った水波が、少しばかり困惑の色を浮かべて静かに達也に振り返った。

 

「あの……宮芝様です」

 

「どうやら、このニュースを知っていたようだな。通してくれ」

 

和泉は授業中でも平気で部下と情報をやり取りする。それで先に情報を得た上で、家の前に先回りでもしていて、達也たちがニュースを知るくらいの時間を見計らって訪ねてきたのだろう。

 

「やあ、達也。ベゾブラゾフがディオーネー計画に参加するという報道はすでに知っているかな?」

 

入ってくるなり、和泉は達也にそう言ってくる。

 

「ああ、今しがた知ったところだ」

 

「それで君は、新ソ連のディオーネー計画参加をどう見た?」

 

「実際に新ソ連がプロジェクトに貢献するか否かは分からないが、USNAの敵国である新ソ連が協力を表明した以上、USNAの友好国はディオーネー計画を無視できなくなった」

 

「その通りだ。これは君にとって非常に拙い状況だろう」

 

和泉が何を言いたいのかは分かる。達也は未だ、身代わりのトーラス・シルバーを差し出すという手を実行には移せていない。和泉はそれを促しに来たのだろう。

 

「ところで和泉は、新ソ連がディオーネー計画に参加したことについて、どう見た」

 

「どうもこうもない。単に両国にとっては都合が良いというだけだろう?」

 

「やはり、そうか……」

 

多くの魔法師が宇宙に向かうとなると、国防を担うのは必然的に通常戦力となる。通常戦力の戦いで優劣を決するのは経済力だ。大亜連合もインド・ペルシアも強大国だが、世界政治の軸はやはり、米ソの対立だ。

 

かつての勢力を取り戻した新ソ連と、ますます国力を増強したUSNA。経済力で他を圧倒しているのが、この両国だ。強い力を持つ魔法師をプロジェクトのために集めるということは、自国の戦力を低下させる以上に、他国の力を削ぐ効果があるのだ。

 

「だが、奴らは大きな過ちを犯した」

 

達也が相手の狡猾さに歯噛みをしているところに、しかし和泉は不敵に言う。

 

「大きな過ちとは?」

 

「ベゾブラゾフはこれまで、簡単に表には出てこなかった。しかし、トーラス・シルバーが参加の諾否を検討するためエドワード・クラークとベゾブラゾフの両者に会談を呼び掛ければどうするかな?」

 

「その場で暗殺するつもりか? そんなことをしたら国際世論が黙っていないぞ」

 

「構うものか。ベゾブラゾフを殺せるなら、多少の汚名ならお釣りがくる。もっとも、奴らは来日はしないだろうがな」

 

それならそれで構わない。和泉はそう考えているようだった。

 

確かに、話をしたいという申し出に出向くことはしない、こちらに来いの一点張りをされれば、不信感を抱いたとして断る理由になる。もしも乗ってきたら、重要人物を抹殺してしまえる。宮芝にとっては、どちらにしても損をしないのだろう。

 

だが、宮芝にとって損でないという計算が、達也や四葉にとっても損でないということになるとは限らない。宮芝が代弁するのは国家と宮芝の利益。安易に乗せられることはせず、自分たちの利益は、自分たちで見極めなければならない。

 

冷静に考えれば、和泉の案は悪くない。けれど、達也は和泉の案に頷きたくないと考えてしまっている。それは、今回のディオーネー計画が、図らずも達也の長年のプランの欠点を炙り出してしまったことも影響していた。

 

達也は魔法師が人間兵器として扱われるという宿命から解放されることを目指していた。その基本コンセプトに間違いは無い。魔法師が兵器として使い潰される現実が、肯定されて良いはずがない。

 

達也が宮芝家と協調ができないと考えてしまうのは、この点に大きな差異があるためだ。宮芝は魔法師に優れた兵器や兵士であることを、むしろ推奨している。

 

けれど達也が魔法の経済的利用を推し進め、軍事の現場に高レベルな魔法師が足りなくなり、魔法という廉価で高威力な武器が消えてしまえば、小国は最早、大国に対抗できなくなることが見えてしまった。

 

今の達也は、自分のプランをそのまま推し進めていくことに迷いを感じている。

 

大国が小国を呑み込み、世界が少数の大国に分割支配される世界。世界中で再び泥沼の地域紛争が繰り広げられる未来。それが達也の想像したプランの先だ。

 

やはり、抑止力は必要ということなのだろうか。

 

「達也、あまり迷っている時間はない。ベゾブラゾフは日本の少年と呼びかけていた。奴はすでにエドワード・クラークから君の名を聞いていると考えた方がいい。新ソ連がこのまま君のことを放っておくと思うか?」

 

これは和泉の言う通りだろう。このまま黙っていれば、事態はより悪化こそすれ好転することはない。

 

「加えて言うならば、君がトーラス・シルバーと断定されてしまえば、日本の魔法師たちが君のことを放っておいてくれないぞ」

 

二十八家による会議の場が設けられたのは、反魔法師の風潮に対抗するためだった。そして今、日本は世論への絶好のアピールの機会を得た。

 

「そして何より、一般社会はどのように考えるかな」

 

魔法師からの反発は、四葉はさほど怖くない。けれど、一般社会から弾かれれば四葉とて日本で暮らしていくのは難しい。

 

宮芝の言に惑わされてはならない。四葉、いや深雪の利益は達也が確保しなければ。

 

けれど、いくらそのように考えようとしても、和泉の言葉は他ならぬ達也の懸念でもある。自分の考えを否定することは達也であっても難しい。

 

そもそも達也の手の中には究極の大量破壊兵器がある。

 

未来がどう動こうと、おそらく自分が悪名を背負うことは避けられない。

 

ならば、割り切って被害の軽減に動くしかないのではないか。

 

「和泉、お前の提案を受けよう」

 

「お兄様、よろしいのですか?」

 

「……仕方がない。このままでは近いうちに俺たちは追い詰められる。和泉の案は、少なくとも、それを軽減してくれるはずだ」

 

「……お兄様が、そう決められたのなら……」

 

自分を慕ってくれ、また達也も信頼している部下たち。彼らを自分は切り捨てる。

 

達也はこの日、覚悟を決めた。

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