宮芝淡路守治夏が司波達也にトーラス・シルバーとしての対応を取るよう求めてから数日が過ぎた。この間、達也は何らかの下準備のために忙しく動いているようだった。治夏としては拙速と思えても今は先手を取るべきだと思えたが、こればかりは達也の意思に任せるしかない。そして、治夏の懸念通りというか、敵が次の一手を打ってくる方が、達也の対応より僅かばかり早かった。
『トーラス・シルバーは、国立魔法大学付属第一高校三年生、司波達也氏である』
七賢人を名乗る怪人からの、そんなビデオメッセージにより、トーラス・シルバーが達也であることが明らかにされてしまったのだ。
おかげで第一高校には、朝からマスコミが押し掛けてきている。さすがに登校時間には間に合わなかったので朝は何の問題もなかったが、二限目が始まる頃には、一高の出入り口は正門も通用口もマスコミで固められていた。
「あー、右京か。悪いが外の連中を皆殺しにするための準備を頼む」
「ちょっと待って! 何を指示してるの!」
外の騒ぎに苛立ちが頂点に達した治夏が風紀委員室に入って、右京に向かって式神を放つと、香澄が慌てて止めに来た。
「安心しろ。生徒に被害は出さない」
「生徒に被害が出なかったら、外で虐殺を行っていいってわけじゃないでしょ」
「ああいうのは社会の害悪だ。いなくなる方がむしろ国はよくなる」
「必要な情報は自前で集められる宮芝にとっては不要でも、一般の人には必要だから」
香澄はそう言うが、大局観もなく騒ぐだけの奴らのどこに有益性があるのか、治夏にはまるで分からない。ともかく、治夏は騒がしいのが大嫌いだ。それだけであいつらは殺すに値する。そう考えていると、それまで治夏の背後に控えていた森崎が前に出てきた。
「淡路守様のお考えは理解しているつもりです。的はこの森崎雅樂にお任せください」
「ほう、何をするか理解したか。さすがは森崎だ」
「治夏様にお仕えして二年になりますれば」
治夏の考えたのは、校門から出てきた生徒に対して仕掛けられる自爆テロだ。それで不幸にも生徒にマイクを向けようとしたマスコミ関係者が犠牲になる。それで面倒な連中は引き上げることだろう。仕掛け役は米兵を使って、と考えたところで新たな考えが浮かんだ。米軍兵による襲撃なら、的として適任がいる。
「なあ、達也、深雪が外に出られなくなりそうなんだが、君は迎えに来られるか?」
今日も登校していない達也に連絡を入れると、達也が思い切り嫌そうな顔をしたのが音声のみの遣り取りでも分かった。
「何を企んでいるんだ?」
「君のことを思っての提案だったのに、相変わらず君は酷いな」
「深雪が他の生徒を放置して、一人でこっそり帰宅するわけがない。帰宅できなくなるというのは確かだろうが、それだけで和泉がそんな提案をしてくるとは思えない」
信用がないというべきか、逆に信用されているというべきか。まあいい、気づかれているなら仕方がない。
「君を狙って襲撃者が現れる予定だから、君は見事に皆を守ってくれるといい」
「……で、守り切れなかった何人かが死ぬんだな」
達也も治夏の考えはお見通しのようだった。そんなに自分は、分かりやすい性格なのだろうか。だとしたら、行動を読まれないように、少し考えるべきかもしれない。
「そういうことだ。目の前でお仲間がテロに巻き込まれて殺されれば、奴らも近寄ってこなくなるだろう」
「襲撃を招いたとして、ますます俺の立場がなくなるんじゃないだろうな」
「それは問題ない。襲撃してくるのはUSNAの正規兵だからな」
「それでUSNAに対して不信感を表明すればいいというわけか。箱根のテロ、先日の街中での行動と合わせて」
「君にとっても、悪い話ではないだろう?」
実際、トーラス・シルバーの身代わりを犠牲とすることを良しとしない達也にとっては、悪い話ではないはずだ。
「良心的なメディアの犠牲を減らすため、まずは手を打とうと思う」
「ほう、どうするつもりだ?」
「トーラス・シルバーの勤務先であるフォア・リーブス・テクノロジーにも大勢の記者が集まっていると言われている。そこで明日トーラス・シルバーが記者会見を開くことを伝えた上で国立魔法大学付属第一高校の生徒から取材に関してクレームがあった場合には、関係者の入場を断ると通達する」
「なるほど、大手は排除でき、残るは有象無象の輩というわけか。いいだろう」
達也の対策に対して同意した治夏は、普通に授業を受けながら放課後を待った。そうして迎えた放課後、第一高校を取り囲んでいたマスコミは半減していた。
「マスコミの人たちも、手荒な真似はしないと思うけど……」
生徒たちをどのように帰宅させるかという第一高校首脳部の会議で、そう言った深雪の口調には、自信が欠如している。まともな記者ならば暴力を振るったりはしない。だが記者の中に、狂信的な反魔法主義者が紛れていないとも限らないからだ。そして、深雪の懸念は正しい。もっとも、紛れているのはUSNAの脱走兵、もとい治夏の手勢なのだが。
「……わたしが話をします」
結局、生徒たちでの相談では対処案は出ず、ついに深雪は自らが表に出ると言い出した。もっとも、これは治夏は予想していたことなので驚かない。
「わたしも本当は嫌だけど、このまま何もしないというわけにはいかないでしょう?」
周囲の反対の声に、そう答えて深雪はマスコミに対峙しようとする。
「その必要はないよ」
そんな深雪を制した治夏の声に皆が注目する。
「そら、あれを見なよ」
治夏が示した先に接近してくる自走車があった。
「さて、行こうか」
治夏が先頭に立ち、校門前へと足を進める。ちなみに先頭とはいっても、治夏自身は宮芝の人間としてカメラに映るなどもっての外であるので魔法で姿を消している。
エレカーが校門前で止まる。
エレカーの運転席から姿を見せたのは、達也だった。
「司波達也さん、ですね?」
報道関係者にとっても、今日この場に達也が現れるのは完全に予想外の出来事だったのだろう。達也に話し掛けたリポーターの口調は、半信半疑のものだった。
「そうですが、何か?」
「……貴方がトーラス・シルバーというのは事実なんですか?」
「自分がトーラス・シルバーであるという問いに対する答えであれば、事実ではありません、という回答になります」
「それは、どういう……」
報道陣にざわめきが奔る。
「報道機関には既に連絡していますが、明日FLTの本社でトーラス・シルバーの記者会見が行われます。疑問があれば、その席でお訊ねください」
一高の生徒から取材に関してクレームがあった報道機関の者は、トーラス・シルバーの記者会見に参加させないと牽制しながら、達也は校内に入ろうとする。その背に向かって破裂音が響いた。破裂音は銃声だった。
「拳銃? 何だか随分としょぼいな」
それが分かって治夏は思わず首を傾げる。あれでマスコミを一掃するのは無理があるとしか言えない。ちなみに達也は瞬時に振り返って銃弾を掴み取るという離れ業で、自らの身を守っていた。
記者とリポーターとカメラマンが拳銃の射線から逃れようと、押し合い圧し合いしているのに、暴漢は目もくれていない。血走った目は、ただ達也のみを睨み付けている。そこでようやく、目の前の暴漢が治夏の依頼とは別口であると気が付いた。
「やれやれ、先入観に囚われるのは危険だというのに、私も修業が足りないな」
言いながら、式神を取り出して右京に襲撃の取消を指示する。この後にサブマシンガンで武装した者たちが乱入しては、今の達也の行動が茶番となってしまう。治夏が指示をする間にも銃声が連続し、達也は飛来する銃弾のことごとくを掴み止めていた。
その後、達也は銃弾の尽きた暴漢の取り出した短いナイフによる抵抗もあっさりと退け、身柄を確保した。この間、魔法の反応は検出されなかった。魔法師が、魔法を使わずに拳銃の弾を掴み取り、ナイフを持った男を無傷で捕らえたのだ。
「達也、少しやり過ぎだろう」
その光景を見ていた治夏が、呆れ調子で呟いたのは無理ないことではないだろうか。達也はもう少し常識というものを学んだ方がよいと、治夏は切に思った。