二〇九七年五月二十八日。
フォア・リーブス・テクノロジー本社には、朝からマスコミ関係者が押し寄せていた。
そのマスコミの中に紛れ込み、魔法で外見を変えた上で、宮芝淡路守治夏は会見が始まるのをじっと待っていた。
マスコミ関係者は無秩序なお喋りに忙しい。だが、毎日の仕事の中での少しだけ特別な一日でしかない彼らと違って、今日が大勝負だと考えている治夏にそんな余裕はない。この中には敵国に心を売った者が紛れ込んでいる可能性もあるのだ。彼らの誘導により不利な空気とならないよう、治夏は眼を光らせておかねばならない。
会場前方のドアが開き、達也が四人のスタッフを連れて入ってきたのは、デジタル時計が十時を示したときだった。
一斉にシャッターが切られる中、達也が壇上の長テーブルの中央に立つ。残りの四人は左右に二人ずつが座った。
達也の背後は大型スクリーンになっていて、そこには「魔法恒星炉エネルギー計画」という文字が大きく表示された。
「なるほど。別の可能性を示して、それを理由に参加を断るか」
何をもたもたしているのかと思えば、きちんと意味があったらしい。
「トーラス・シルバーの起動式構築を担当しています、神代俊勝です」
「トーラス・シルバーのハードウェア開発を担当しています、牛山欣治です」
右から順に始まった自己紹介に会場のざわめきが大きくなる。一旦、達也を飛ばして残る二人が挨拶をしたところで、達也がマイクを握る。
「チーム、トーラス・シルバーの責任者である司波達也です。これまでの紹介でお察しいただけたかと思いますが、トーラス・シルバーは一人の研究者の名前ではありません。当社における開発チームの名称です」
「……何故そんな、人々を騙すようなことをしたんですか?」
気を取り直した一人の女性記者がそんな質問をする。
「騙していたつもりはありません。団体名で特許を出願するのは珍しいことではありませんし、構成員の個人情報を非公開とすることも今では普通に行われています」
「しかし、トーラス・シルバーはCADのソフトウェアをわずか一年で十年分進歩させた天才技術者と評価されていて、御社もそれを否定しなかったわけではありませんか」
「当社の根幹に関わる技術の開発者が流出するようなことがあれば、当社としても大きな痛手となりますので。開発者に繋がりかねない情報は安易に出すことはできません」
達也の回答は、取り付く島もないものだ。記者たちの中には反感を抱く者もいるだろう。だが、経済的合理性を完全に否定することは、記者たちにもできない。特に今回は、その合理性は誰を傷つけるものでもないのだから。
「司波さんが責任者ということは『第一賢人』を名乗る怪人物が流した動画の半分は事実ということですね」
別の記者が微妙に論点がずれた質問で続く。
「トーラス・シルバーは私が管轄している開発チームの名です。トーラス・シルバーが私、司波達也という報道は虚報です」
「テレビが虚報を流したと?」
「事実と異なる情報をニュースとして流したのです。それを虚報と言うのでは?」
「あなたがトーラス・シルバーであることは事実でしょう!」
達也の挑戦的なセリフに、会場の別の場所からヒステリックな声が上がる。
「全く異なります。エドワード・クラーク氏はトーラス・シルバーをディオーネー計画の実現に必要な人材として名を挙げていました。ですが、私はトーラス・シルバーの研究により実用化した技術を基にした当社の商品に対する売上予測や販売戦略に関する知識はありますが、技術自体に対する知識は最低限しか有していません。はっきり言って私はここにいる五人の中でディオーネー計画には最も不要な人材でしょう」
自分は経営層だと言われれば、技術者であるトーラス・シルバーとのイメージの乖離は自然と大きくなる。
「そして、ここからが本題です。私は今日、この場を以てトーラス・シルバーの解散を宣言します」
「……どういう意味でしょう」
「当社がこれより示すのは新たな未来の創造のためのプランです。魔法恒星炉、重力制御魔法による核融合炉を実用化し、家庭用、産業用のいずれにも使える安価なエネルギーを世界中に供給します」
報道陣が無秩序に仲間内で会話を始める。
達也は騒ぎが少し収まるまで不敵な笑みで見つめていた。
「発電用のプラントは離島、あるいは海上に建設する予定です。魔法恒星炉により生み出した電力で海水から水素を作り出し、本土に輸送します。その水素生産の過程で同時に海水中の有害物質を取り除くことで、海洋環境の浄化にも貢献します」
プラントの仕組みを表す簡素なアニメーションが大型スクリーンに映し出される。
「魔法恒星炉の安定性に懸念を抱く方もいらっしゃると思いますので、当初は市街地から十分距離を置いた場所にプラントを建設する予定です。ですから、送電ロスを考慮し、水素燃料に変換するスキームを計画しています」
「核融合炉の稼働には、相当数の魔法師が必要になると思いますが」
「仰るとおりです。この事業に参加する魔法師は、プラントのある島、あるいは海上基地に移住してもらうことになります」
「魔法師の独立国を作るつもりですか!?」
この質問は、魔法に否定的なメディアによるものだ。
「プラントの性質上、魔法師だけでは運営できません。スタッフの内訳はむしろ、魔法師以外の技術者が多くなるでしょう」
「つまりそこでは、少数の魔法師が多数のスタッフを支配するということですか」
「プラント内での上下関係は役職によるものとなります。当然でしょう?」
「それは魔法師ばかりが上位の役職に就くということもありえるということですか?」
「当社は魔法技術を基本としている企業ですので、役職者には必然的に魔法技能を有する者が多くなります。ですが、魔法技術に関する部門以外では必ずしも魔法師が役職者でないことは確認できると思いますか?」
今日の達也は、とことんビジネスマンというスタンスでいくらしい。魔法が専門ではないという自分の言葉に反しないためにも、反魔法主義者と敢えてかみ合わない議論をするためにも、それは間違っていないように感じる。
「ディオーネー計画への参加要請はどうするのですか?」
「ディオーネー計画は大変に夢とロマンのあるプランだと思います。ですが、現時点の情報から見る限り、採算性は度外視しているようにしか見えません。プロジェクト完遂までの数十年間、USNAと賛同国が湯水の如く金をつぎ込み続けてくれると保証はしてくれるのでしょうか。プロジェクトに参加している間、経費は支払って貰えるとして、途中で頓挫ということでは、事業計画に大きな狂いが生じます。当社としましては簡単に参加はできません」
「例えば二十年間等、長期の支払いの保証がされるのでしたら、ディオーネー計画への参加は可能ということでしょうか?」
これは治夏が発した質問だ。
「そうですね。魔法恒星炉プラントの計画は、既に建設地の選定段階に入っています。本計画を中止することに伴う補償と今後のディオーネー計画における資金面の保証をしていただけるのであれば、当社は喜んでここにいるトーラス・シルバーの四名を派遣させていただきます」
治夏の意図を正確に読み取り、達也は条件付きで肯定の答えを返してくれる。だが、これはUSNAにとっては全面的な拒否に等しいはずだ。USNAにとって本当に必要なのは達也のみ。自称トーラス・シルバーの四人を大金をつぎ込んで招聘する意味は全くない。
USNAの逆転の手としては、達也こそがトーラス・シルバーであると証明することだが、それは困難だ。他の者の功績が大きくないという証明は、トーラス・シルバーとしての活動の有無に比べて、遥かに難しい。
「ちなみに、条件面を詰めるためにエドワード・クラーク氏から会談の要請があった場合はどうされますか?」
「そうですね。現時点では価値のある材料は提示されておらず、こちらから話を伺いに行くことは全く考えていません。ですが、私の都合が合う日でよければ、来訪をお断りするすることはありません」
達也はちゃんと、治夏の希望通りの答えを返してくれた。
拝啓、エドワード・クラーク様、どうぞ日本にお越しください。宮芝が喜んで暗殺させていただきます。