司波達也は自宅でテレビを見つめていた。映っているのはディオーネー計画の主導者にして達也に面談を申し込まれたエドワード・クラークだ。エドワードは多忙を理由に司波達也との面会ができないことを謝罪した上で、なお達也たちに向けて計画への参加を求めるコメントを発していた。
『ですから、魔法を真の意味で人々の未来に役立てようとするなら、宇宙開発に活用すべきです』
テレビの中のエドワードは英語で喋っており、字幕が彼のセリフを同時通訳している。
『魔法核融合炉は素晴らしい発明だと思います。しかしそれは燃料の補給が困難で太陽光の供給も不安定な、例えば木星の衛星上で用いられるべきです。核融合炉発電なら、衛星が公転により木製の陰に入る時期でも安定的に電力を供給できます』
「ガニメデの公転周期はたったの七日、カリストでも十七日弱しかないけどな」
エドワードの発言を聞き、達也は皮肉な声音で呟いた。
『海洋開発は魔法を使わなくても、他の技術で代替できます。海上太陽光発電や地熱発電を使えばプラントに必要な動力は確保できるはずです。魔法という希少な才能は、もっと有意義な用途に使われるべきなのです』
テレビの中ではエドワードが建前を力説している。
『司波達也さんも含め、トーラス・シルバーの皆さんには是非、人類の未来を切り開く我々の計画に参加してもらいたい。そう考えています』
エドワードのコメントはそれを最後に終わった。それと同時に達也の端末に向けて通信が入った。
「やあ達也、エドワード・クラークのコメントは見たかい?」
「ああ、見ていた」
「君も今日中にはコメントを返すといい。君には何としてもエドワード・クラークを日本に呼び寄せてもらわねばならないからな」
「エドワード・クラークも宮芝が手ぐすねを引いて待っていることは気づいているんだろ。俺が何と言っても来日はしないと思うぞ」
「君が何度言っても面会に応じなければ、世間のエドワード・クラークの印象も悪くなる。それで十分ではないか?」
確かにエドワード・クラークが面会依頼を多忙を理由に断ったことは達也にとっては大きな武器になる。達也の必要性など所詮はその程度と言っているも同然だからだ。
「しかし、あまり追い詰めると暗殺の恐れがあるということを言って、和泉のことを牽制してくるかもしれないぞ」
「そんな牽制、我々に通用すると思うか? どれだけ非難を受けることがあろうと、我々は必要な行動は実行する」
エドワード・クラークもそれが分かっているから、曖昧な理由で来日を拒む。今の所はそれで達也に不利益はないので放置しよう。
「それはともかく、俺はまた金の亡者を演じるのか?」
「元は君が始めたことだろう。諦めて経済合理性を押し出すがいい」
「それでまた、レオやエリカに笑われるのか」
利益の話を繰り返した達也の姿は、テレビで会見を見ていた友人たちに爆笑でもって迎えられたらしい。それを聞いた達也としては微妙な気持ちになったものだが、それは思わぬところで役に立った。
昨日、達也はフォア・リーブス・テクノロジーでレイモンド・クラークという名の少年からの電話を受け取った。レイモンドは雫がリーナと交換という形でUSNAに滞在していたときに知己を得た相手ということだった。
レイモンドの用件もまた、達也をディオーネー計画に誘うものだった。そこでも達也はきちんと、俺の友人が歓迎したいと言っているから是非、来日してほしいと伝えた。それで日本に向かえば殺されるとは気づいたはずだ。
それでも諦めきれなかったのか、レイモンドは夢が無いという何とも曖昧な言葉で説得をしてきたのだ。挙句は叶えられないから夢を見る、などということを言い出した。それは達也の演じた経営者を再現すれば、一蹴可能な戯言だ。
叶わない夢に資金を投じることはない。俺は経営者だ。現実で利益を得られる計画を作り直して出直してこい。そう言って達也の側から通話を切ったのだ。
ちなみに普段の達也なら、レイモンドに対して敵対的な態度は取らなかった。今回、達也がこのような態度に出たのには、宮芝の影響が少なくない。クラーク親子に対して、和泉は非常に敵対的だ。機会があれば、多少の犠牲を払ってでも排除に出ると確信するくらいに。その様子を見ていたら、和解の道がないのだからクラーク家とはどのような話し合いも無駄である、という気になってしまうのだ。
「ひとまずはエドワード・クラークの来日を要望するコメントで応じるとして、君は敵の次の一手を予想できているか?」
「エネルギープラント建設の妨害、俺の暗殺、このいずれかだろうな」
「ま、順当な答えだね。対策はできているのか?」
「経済界の方面は、ある程度できている。問題は直接的にプラントを破壊するような手段を取ってきた場合だな」
プラントへの破壊工作となると達也だけでは手が足りない。四葉本家の力を借りたとしても少数精鋭の四葉にとって得意とする作戦ではない。
「そちらの方には宮芝も協力できよう。プラントに襲撃部隊を確認できた場合には今度は座間基地の軍人を皆殺しにする」
「本格的にUSNAと開戦するつもりか?」
「奴らはすでに新ソ連と手を組んでいる。新ソ連軍が日本海に兵力を引きつけたところに背後を襲われれば、日本軍は全滅だ。時流の読めぬ馬鹿に現状を認識させるには緊張感を高める措置もやむを得ない」
和泉はクラーク親子に留まらずUSNA自体との開戦を避けられないものと考えているようだ。けれど、和泉の懸念は分からなくもない。
大亜連合の被害が対岸の火事でない新ソ連にとって、達也への対策は喫緊の課題だ。おそらくは過激な行動も辞さないだろう。そのときに拙いのがUSNAの存在だ。今の所は同盟国という扱いになっているUSNAを利用すれば、新ソ連はそれなりに多くの人数を日本国内に潜伏させることも可能になる。座間基地を叩くという和泉の案は、これを防ぐためのものでもあるのだろう。
これまで達也は、必要とあれば敵対する勢力を葬ることを躊躇しなかった。けれども勝手に他国との戦端を開くということには、さすがに躊躇せざるをえない。けれども深雪の命が関わってくるとなると話は別だ。
達也に対しての攻撃が大規模なものになれば、必然的に深雪の危険度も増大する。それだけは許容できない。深雪の命は達也にとって、新ソ連やUSNAの全国民よりも重い。たとえ両国が崩壊しようと、深雪のためならば達也は構わず実行する。だが、宮芝はそうではないはずだ。宮芝にとって大事なのは国の存続のはず。
「和泉はUSNAとの戦いに勝算があるのか?」
「まともに戦っては勝ち目はないだろうね。だから、最終的には和解することになるだろう。けれど、そのためには派手な一戦が必要と考えている。その鍵を握るのは君だよ」
「俺の魔法ということか?」
「いいや、君自身の命のことだよ。達也、君は皆のために死んでくれる気はあるか?」
和泉は達也が死ねば全てが解決すると考えているのだろうか。確かに、その一面はあるだろう。今回の面倒事は達也の戦略級魔法が引き起こしたものだ。和泉は一貫して達也に味方する動きを続けてくれていたが、ついに面倒を見切れなくなったのか。
いや、それならば、わざわざUSNAとの開戦などする必要などないはずだ。そう自らの考えを否定したところで、USNAとの派手な一戦が重要だという意味が分かった。
「宮芝が、それに力を貸してくれるというのか?」
「ああ、そうだ。我々の力は君も知っているだろう?」
「分かった、考えておこう」
宮芝の案は、深雪にも話しておく必要のあるものだ。ひとまずそう答えて、達也は和泉との通話を切った。
原作と違いクラーク親子は来日しません。
本当に宮芝に殺されてしまうので。