魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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戦雲編 九島光宣とパラサイト

六月十六日、日曜日。

 

九島光宣は、九島家がパラサイドールを格納している倉庫に来ていた。

 

今はまだ夜明け前、外は暗闇と静寂に覆われている。光宣がここにいることは、家族は誰も知らない。父も兄も使用人も、光宣は部屋で寝ていると思っているはずだ。

 

このところの光宣は四葉家に対して敵対的な魔法師の元に出向いて情報収集をしていた。それがおかしな行動であることは、光宣も自覚していることだ。

 

そんな光宣に対して、家の者は一様に馬鹿な真似はするなとしかりつけてきた。父も兄も、ただ行動を非難するだけで光宣に事情を聞こうとはしなかった。心配顔で事情を訊ねてくれたのは、祖父の烈だけだ。

 

烈に光宣が語ったのが、四葉と宮芝の企みで苦境に陥っている七草香澄と泉美を助けたいということだった。香澄も泉美も魔法師全体のためを思って、やりたくもない広告塔の役目に全力で取り組んだ。結果として魔法師としては有数の有名人となったわけだが、その変な知名度のせいで学校にも通えていない。

 

しかし、帰ってきたのは、烈でさえ今の二人を助けることはできないという答えだった。父と兄は、とうに自分のことを見限っている。そして、祖父でさえ四葉の意向には反することができない。

 

十師族という責任のある立場にいながら、九島は何もしようとしない。いや、それを言うならば、他の各家も同じだ。皆、我が身可愛さに閉じこもり、皆のために頑張った者が傷つけられようとしているのに、何もしようとしない。

 

九島だけではない。今の魔法師界は全体がおかしい。その思いは今を甘受するあらゆる存在に対して、光宣に怒りと失望を感じさせるのに十分だった。

 

そもそも今の九島は四葉と宮芝に完全に屈服している。そうであれば、もはや光宣の存在も邪魔でしかないだろう。

 

そのことに気づいてから三日間、光宣は部屋に閉じこもった。光宣が外に出ることに警戒する家族の油断を誘うためだった。そして、それは実を結んだ。九島家の者たちは光宣が外出しないかは未だ警戒をしているようだが、家の中は警備が薄くなった。

 

そして今、光宣は行動を起こしている。

 

光宣は倉庫の最奥に置かれた「棺」に歩み寄る。

 

その中には、東アジア系の男性の死体が凍った状態で安置されている。

 

これは去年の冬、九島家が回収したパラサイトの死体だ。死体の皮膚にはパラサイトを閉じ込めておく為の文字と文様が刻まれている。

 

この死体は、パラサイドールに使用したパラサイトの供給源だ。この死体に閉じ込められたパラサイトのコピーがパラサイドールの元。

 

この、死体の中に封印したパラサイトと融合する。それが光宣が下した決断だった。

 

体の弱い光宣では、どうあっても魔法師として活躍することができない。高い魔法力を持ちながら、苦境に陥っている友人を助けることさえできない。

 

だが、健康な体さえ手にすることができれば、光宣には絶対的な魔法力がある。非才の父や兄に代わって九島家の力を使えるようになれば、香澄と泉美を救うこともできるはずだ。その思いだけで、今の光宣はパラサイトの前に立っていた。

 

光宣が右手を、凍っている死体の胸に置く。

 

意を決して掌から、凍結死体に想子を送り込む。数秒のタイムラグを置いて、霊子の波動が生じる。

 

死体の中で休眠状態だったパラサイトが目覚めたのだ。

 

一瞬の躊躇を乗り越え、光宣は死体に掛けられた封印術式を解除した。

 

次の瞬間、死体の中から、光でできたスライムが飛び出した。

 

光宣が見た光景は、そうとしか表現できないものだった。ぼんやりと光る非実体の不定形生物。襲い掛かってくる「スライム」を光宣は避けなかった。

 

光宣は自分の意志の一欠片でもパラサイトに渡すつもりはない。

 

光宣は自分自身を保った状態で、パラサイトの力だけを手に入れるつもりだった。

 

他の誰よりも優れた自分の力で、全ての者を屈服させられるように。他の誰よりも高い魔法力を持った自分が、誰よりも高い位置にいくために。

 

そうしなければ、友人たちを助けることができないから。だから自分は父や兄を廃して九島の力を手に入れる。

 

光宣は冷却魔法を発動して、自らの体温を引き下げて仮死状態とする。パラサイトに対する生物としての拒否反応を抑える為だ。

 

肉体の自由は不要。自由は精神のみにあればいい。意識だけは絶対にパラサイトたちに明け渡したりはしない。

 

光宣の目的のためには自分を侵食してくるパラサイトを、逆に支配しなけれはならない。パラサイトを葬ってしまわないよう細心の注意を払いながら、パラサイトを隷属させる術式を自分の中で行使する。

 

自分自身が脆弱な肉体から逃れる。ただそれだけの為なら、光宣は人であることを捨てようなどとは思わなかった。けれど、そこに友人を助けるという崇高な目的が加われば話は別となる。父や兄の排除は、人助けになる。光宣が力を手にすることは、人助けになるのだ。その思いが光宣の背を押した。

 

自分の肉体を生け贄に捧げて、魔の力を得る儀式。それは光宣が己の人生に諦めを抱いていたから、できた決断かもしれない。だが、光宣には勝算があった。

 

宮芝和泉はパラサイトを制御できたと聞いている。宮芝和泉の魔法力は自分の足元にも及ばない。宮芝は確かに優れた術式を持っているのだろう。だが、術式の優劣など問題ではない。その程度の差など光宣の魔法力をもってすれば簡単にひっくり返せるものだ。魔法力とは覆せない不変の価値であるからこそ評価の対象なのだから。

 

精神生命体を斃すだけなら、技術が決め手となることもある。だが、精神生命体を従えたいなら、技術だけでは不足かもしれない。

 

相手は物質的な形こそ持たないものの、自ら捕食し増殖する生き物だ。

 

それを自分の一部として飼い慣らす為には、相手に喰われない心の強さが必要だ。

 

けれど、この点でも光宣は負けるつもりはなかった。宮芝は何の自制も責任感も持たずにパラサイトたちを従えている。

 

自分は宮芝とは違う。自分は、大切な友人たちのためという強い思いを持っている。それならば、宮芝にできて光宣にできないはずはない。

 

「僕に従い、僕の一部になれ!」

 

光宣の咆哮と同時に、パラサイトの同化が終わった。

 

自分は九島光宣であると実感がある。けれど、同時に光宣につながろうとする声も聞こえている。一つになれと、囁いているその声は、逆に彼らと同じ存在ではないということも示している。

 

僕は、僕だ。パラサイトたちと同じじゃない。

 

光宣は肉体に掛けた冷却魔法を解いて、仰向けに転がった。

 

凍傷が、たちどころに癒えていく。

 

この治癒再生能力は、パラサイトとなったことの恩恵だろう。

 

それだけではない。これまで絶えず感じていた肉体の重さを、今は全く感じない。これなら思う存分、魔法を使うことができそうだ。

 

額の奥に、今までに無かった器官が形作られたと、何となく分かる。

 

だがそれは今のところ、光宣の意識に何の影響も与えていない。

 

光宣は完全に賭けに勝ったのだ。

 

「……やった! これで……これで!」

 

抑えきれない喜びに、誰もいない倉庫の中、一人で笑い声を上げる。これで誰も自分を縛ることなどできない。自分には力があるのだから。

 

「待っていて、香澄、泉美。すぐに僕が助けるから」

 

光宣は力を手に入れた。その力で、まずは魔法師界を正しい姿に直さなけらば。

 

くだらない政治力などではなく、魔法師が正しく魔法力だけで評価をされる世界を作る。そうすれば、香澄も泉美も今のような扱いはされないはずだ。

 

その後は世界の全ての作り直しだ。そもそも魔法力のない劣った人間が大きな声を発せられる世の中だから、香澄と泉美のような優秀な人間が苦しむことになるのだ。ちゃんと魔法力の高い人間が世の中の上に立てるようにすれば、このような理不尽は起きない。

 

さあ、香澄と泉美を助けるための世直しの始まりだ。その第一歩として、まずは愚物の権化ともいえる父と兄を。更には邪魔をするなら祖父をも殺す。力を持つ自分には、その権利があるはずだ。

 

自らの魔法力に相応しい地位を得るため、光宣は本宅に歩き出した。




九島光宣、クズになる。
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