六月十七日、森崎雅樂駿は九島光宣を討伐するため、副将に名倉三郎、小早川桂花、郷田飛騨、兵員として量産型関本十二機を率いて伊勢国に向けて出立した。九島家より九島光宣が反逆し、現当主である九島真言と真言の次男である九島蒼司の二人を殺害されたと連絡があったのは昨日のことだ。
襲撃から逃れた次期当主、九島玄明と外出していたために難を逃れた九島烈の救援要請に従い、森崎は第一陣として出立することになったのだ。九島烈を中心に九頭見家と九鬼家も集結しているため、今の所は九島光宣も手を出せないはず。そもそも、戦力で考えれば九島烈がいる時点で九島光宣を上回っているはずなのだ。
それでも九島烈が宮芝に救援を求めたのは、九島光宣がパラサイト化している可能性があると考えたためだという。最巧と謳われた九島烈には劣るものの、九島真言も九島玄明も優れた魔法師には違いない。その九島玄明の魔法が全く通用せず、九島真言が時間稼ぎしかできなかったという結果に九島烈は違和感を覚えたと言うのだ。
そこで対パラサイトの専門家である宮芝が立つことになった。しかし、問題は九島光宣が本当にパラサイトとなっているか否かである。パラサイトとなっていれば、宮芝家は元が九島光宣であろうとも圧倒できる。だが、もしもパラサイト化していなければ、魔法戦で九島光宣に宮芝家が勝つのは困難だ。森崎たちの役目は、第二陣として出立する淡路守が率いる本隊の到着前に九島光宣が本当にパラサイト化しているのかを確認することだ。
伊勢国に到着した森崎はまずは九島烈と合流を果たすべく、九島玄明が逃れている度会郡へと足を踏み入れた。森崎が違和感を覚えたのは、その瞬間のことだった。
粘りつくような不快な空気。それが伊勢の地を覆っている。
どことなく関本に似た気配も混じっていることから、森崎はすぐに淡路守へと救援を要請し、その後、伝えられていた拠点へと急行する。だが、その前に森崎たちの前に立ち塞がる物がいた。どことなく関本に似た気配の機械たちは、九島家が開発したパラサイドールたちだろう。その数は、七体。
「小早川分隊、交戦に入ります。雅樂殿はどうぞお先に」
「了解した。小官たちの関本を一機ずつ貸与する」
生まれたばかりに近いパラサイドールと、戦闘経験を積み装備の更新も続けている量産型関本では、関本たちが有利なはず。それでも、数的不利は避けるべきだ。そう考えて元から小早川に付いていた三機に森崎たちから、それぞれ一機を加える。
「ご配慮、感謝します。雅樂殿に武運のあらんことを」
「小早川も武運を祈る」
短く互いを激励すると、小早川をその場に森崎たちは前へと進む。すると、前方で魔法の使用の気配を感じた。
「九島烈、九島玄明、九鬼鎮の三名が若い男と戦闘中」
その報告は千里眼を使った郷田飛騨のものだ。
「戦況は?」
「膠着状態に見えます」
三人がかり、しかも、その内の一人は九島烈だ。それでありながら膠着状態とは九島光宣の力は本当に恐るべきものとなっているようだ。
「これより我らは九島烈を援護する。小官が前衛を務める。名倉殿は中衛、飛騨殿は後衛をお願いしてよろしいか?」
「異議はない」
「同じく」
郷田飛騨、そして名倉が短く答えを返す。これで陣形は決まった。あとは全力で時を稼がせてもらうのみ。
今や森崎の肉眼でも激しい魔法戦を行う九島烈と九島光宣の姿が確認できる。九島玄明と九鬼鎮の両名は烈を援護することに主眼を置いているらしい。おそらく二人では光宣と正面からの対峙は難しいのだろう。
十師族の当主と次期当主が援護するくらいしかできない。そのような相手に、時間稼ぎができるだろうか。森崎の心に不安が去来する。しかし、前に進む足は緩めない。いくら不安だろうと、やるしかないのだから。
光宣の放出系魔法『スパーク』を烈が同種の魔法で相殺する。続けて使われた放出系魔法の『人体発火』を烈は妨害できないようだった。烈の魔法が間に合わないほど光宣の魔法発動速度は卓越していた。
ただし、烈もさすがに最巧の魔法師。光宣の魔法の発動と同時に烈の姿が消え、代わりに少し右に新たな烈が現れる。あれが偽装魔法のパレードなのだろう。
「九島殿、加勢いたします」
言いながら光宣に向かって寒風の魔法を使う。この魔法は威力は低いが影響範囲が広い。烈と同様に光宣もパレードを使っていることを想定して選択した。森崎が思っていた通り、見えている光宣と違った位置で障壁が発生するのを感じた。
「宮芝か!」
森崎に向けて怒りの視線を向けた光宣が放出系魔法『青天霹靂』を使用する。
「導電被膜」
「飛射円帯」
名倉が青天霹靂の対抗魔法を使い、それを飛騨守が空中に生じた魔法的な兆候へと射出して電撃を四散させた。その間にも光宣の攻撃は止まらない。空中に目を向けておき、今度は地を這うような『熱風刃』だ。
熱風刃は空気を薄く断熱圧縮して作り出した刃を飛ばす空気弾の一種だ。単純な魔法なだけに絶対的な対抗魔法が存在しない。そして、光宣の魔法は森崎の魔法力では防ぎきれない威力を有していた。ならば、耐えきればいい。
森崎は引き連れている関本に強化魔法をかけ、自分たちの前に並べる。元が金属製の関本は少しの硬化魔法でも、かなりの硬度に達する。
飛騨守が風刃の術をぶつけて威力を少しでも弱め、森崎は名倉と二人で関本たちの防御力を底上げする。硬化した関本たちを並べて作った盾は光宣の魔法に見事に耐え切った。
今の所は森崎たちは防戦一方。だが、それで十分。光宣の注意が森崎たちに向いている隙を突いて烈が火砕流の魔法を放つ。こちらも範囲の広い魔法だ。幻影が消え、やや左の位置から身体を焼かれた光宣が飛行魔法で空中に逃れる。しかし、空中に立つ光宣に刻まれた火傷は見る間に癒えていく。
「パラサイトの治癒再生能力を見るのは初めてですか?」
驚く森崎たちを見て、光宣がにやりと笑う。それで森崎もかつて司波達也たちが対峙したパラサイトの話を思い出した。リーナと共に潜り込んでいた個体は、エリカの斬撃で受けた傷を瞬く間に癒したという。
だが、身体の広範に渡る重度の火傷を一瞬で治した光宣の治癒再生能力は、話に聞いていた個体を凌駕しているように感じた。これでは九島烈が苦戦していたのも頷ける。
おそらく森崎たちの魔法でも光宣に痛手を負わせることはできないだろう。だが、全く手がない訳ではない。森崎たちに与えられている刀には、強力な退魔の力が付与されている。刀での白兵戦でなら、打撃を与えられる可能性が高い。だが、一方でそれが難しいことも理解できていた。
まずは、そもそも光宣の激しい魔法攻撃をかいくぐって接近戦に持ち込むことが難しい。そして、仮に接近を果たせても光宣はパレードによる幻影を作っている。広範囲魔法なら、ある程度のずれは無視することができるが、接近戦では僅かの認識の差異が致命傷となる。パレードを見破って斬撃を当てるための方法を、森崎は持っていない。
「関本全機、突撃!」
森崎の命に従い、六機の関本が光宣に向けて殺到する。飛騨守の陰隠の魔法により、その内の一機の陰に潜み、森崎は光宣へと迫る。関本たちに向けて光宣がスパークを使い、先頭の一機が頽れる。
関本たちに、光宣に対する有効な攻撃手段はない。それでも光宣が迎撃を選択したのは、関本に隠れての接近という森崎たちの狙いを何となく察したのかもしれない。このままでは接近前に関本全機が撃破されるだろう。
しかし、九島烈たちとて、それを黙って見てはいない。九島烈と玄明、九鬼鎮の三名が畳み掛けるように魔法を放って光宣の迎撃を妨害する。さすがの光宣もそれを無視することはできず、その間に森崎は光宣に近づくことができた。しかし、未だ光宣の本体の位置は掴めていない。これではせっかくの退魔の刃でも斬撃を当てることはできない。だが、そのための方策は、すでに種が蒔かれている。
「血霞」
言いながら、名倉が自らの掌に刃を突き立てる。噴き出した名倉の血液は細かい針へと変化して光宣の幻影を中心に周囲に降り注ぐ。
「見つけましたぞ!」
名倉が言うと同時に特定の血針が光を放つ。自己加速魔法で急速接近した森崎は、その光を目掛けて退魔刀を振り下ろした。直後、苦悶の声とともに光宣の本体が現れる。大きく後退した光宣は、血が流れる右肩を左手で抑えている。
どうやら、退魔刀での傷は簡単には癒せないようだ。だが、少しばかり浅かった。やはり何の訓練もなしに血針の光だけを目標に的確な斬撃は難しい。
「宮芝、僕は絶対に君たちを滅ぼす。魔法師は魔法力だけで評価されるべきなんだ。君たちのような劣等種が力を持つ世界を僕は許さない」
憎悪を森崎たちに向け、光宣が退いていく。光宣の傷は、まだ退かなければならないものではない。それなのに継戦ではなく撤退を選んだのは、実戦経験の少なさゆえだろう。おそらく、どの程度の傷が危険なのかの判断がつかないのだ。
森崎としては光宣はここで止めが刺すのが理想だ。しかし、現在の戦力でそれを実現するのは不可能だ。ここは退かせられただけで良しとしよう。
小早川からの敵パラサイドールの掃討完了の報告を受けた森崎は、九島の隠れ家で守りを固めて淡路守の率いる本隊の到着を待った。