魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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戦雲編 呪霧散覆

六月二十一日正午過ぎ。宮芝淡路守治夏は北海道の余市を出港した国防軍のミサイル護衛艦の指揮所にいた。

 

治夏は昨日まで逃亡する九島光宣の追討に従事していた。治夏は光宣を西へ西へと追い落とし、遂に九州へと押し込めた。しかし昨日、日本は新ソ連軍からまたしても戦略級魔法による攻撃を受けた。

 

昨日の東京は朝から雨が降っていた。国立魔法大学付属第一高校がある八王子も降り続く雨に街中が濡れていた。

 

一日中弱い雨が降り続く風の無い天気は、『トゥマーン・ボンバ』にとって最高の気象条件であるらしい。そこを狙って、白昼堂々、再びベゾブラゾフが仕掛けてきた。今度は達也がトゥマーン・ボンバを深く理解していたことで、発動前に反撃を行うことができ、第一高校が被害を受けることはなかった。

 

しかし、その魔法攻撃は、未遂であってもしっかり観測されていた。

 

国立魔法大学の付属高校の中でも、最も設備が整っているのが一高だ。こと魔法に関する限り、学校周辺を観測する機器の充実ぶりは国防軍の主要基地にも匹敵する。

 

一高の観測機器群は、頭上に酸水素ガスを生成し爆発させる魔法が発動しかけていたということ、その魔法が新ソビエト連邦沿海州から放たれたものであるということを、客観的なデータ付で示した。

 

外務大臣は即座に新ソ連に対して、未遂とはいえ伊豆に続いての侵略行為を強く非難し、ベゾブラゾフに報復攻撃を行うことを明言した。

 

それを受けての出撃が、今回の出港である。せっかく追い詰めた光宣を自由にさせてしまう可能性があるのは忸怩たる思いだが、事は新ソ連という大敵のこと。小者に構って大事を疎かにすることはできないので、やむを得ない。

 

今回の出撃では、治夏のミサイル護衛艦の周囲に配置されたのは護衛の高速艦が四隻のみだ。というのも、今回の攻撃はただ一つの魔法を行使するのみの予定であるためだ。

 

けれど、そのための準備は入念に行っている。まずは術者として治夏と側近の三名。術の発動の補助のために十二名、治夏たちの乗る艦隊の隠蔽のために十三名。それに加えて敵から反撃を受けたときのために克人以下十文字家の魔法師五名を連れている。

 

多数の術士の隠蔽術式に守られ、艦隊が前進していく。その上空を四機の戦闘機が通過していった。彼らが今回の作戦の重要な役割を果たす、ある意味では主役だ。

 

四機の戦闘機は、日本が極秘に開発した複座式戦闘機である天牙だ。天牙は機体に多数の魔法行使の補助具を搭載し、後部座席に魔法師が搭乗して術式による高いステルス性能を会得した機体である。

 

天牙の後部座席に搭乗するのは無論のこと、宮芝の術士だ。操縦は操縦席の生粋の操縦士により行われるため、宮芝の術士が操縦等を覚える必要はない。しかし、巡航速度であろうとも十分に高速な航空機に隠蔽術式を行使し続けることも、空戦機動の中で術式を組み上げることも、特別な訓練なしにできることではない。

 

来たるべき戦いに備えて横浜事変の直後から準備を進めてきた新兵器が、今日お披露目となるのだ。もっとも、お披露目といっても基本的には対レーダーに加えて、敵地に近づけば光学術式による欺罔も行うため、敵に気づかれない可能性もある。

 

けれど、それならば逆に都合が良い。見えない敵からの攻撃は、大きな恐怖感を与えることができる。何より次のUSNA戦まで存在が明るみにならなければ、より高い戦果を期待できるというものだ。

 

「さて、少しの時間、待ちだね」

 

今回、行使する魔法は、宮芝の地下の実験場で小規模での発動には成功している。だが、影響の大きい魔法ということもあり、実際に敵に向かって放つのは初めてのことだ。或いは期待した通りの結果とならない可能性もある。

 

治夏が不安を覚えると、肩にそっと重みがかかる。前回の出撃のときにも克人が使ってくれた、極小の力で使われたファランクスだ。体温などは伝わってこないが、かかる重みのわずかの変動で肩を叩かれているような心持ちを得られる。

 

妙な魔法の使い方をすっかりマスターしている克人に、思わず緩みそうになる頬を懸命に口を結んで持ち上げる。克人のおかげで緊張は解れた。後は落ち着いて練習のときと同じように魔法を使うのみだ。

 

今回、用いる魔法は呪水落滅を元に組み上げた、呪霧散覆という魔法だ。降り注ぐ水を霧状に変えることで、威力は下がるが、より広範囲に効果をもたらせるようにした。この魔法で作られた呪いの霧を吸い込んだ者は、発狂して周囲の人間を無差別に殺害していくようになる。

 

呪水落滅に比べれば威力は低いため、精神干渉系魔法に少しでも耐性がある者には効果は薄い。だが、一般人や精神干渉系魔法に抵抗力が低い者ならば効果は絶大だ。今回の狙いは非魔法師の軍人たちなので、それに最適化したというわけだ。

 

「そろそろ時間か」

 

いかに高度な隠蔽術式を行使していたとしても、中から外に合図を送れば、それを気取られることになる。合図があったときは攻撃がされた直後。即ち、すぐに魔法の発動に取り掛からねばならないということだ。そのため、準備行動は予定時間に合わせて執り行うことになっている。

 

今回の攻撃では、爆弾の代わりに捕らえたUSNAのスターダストの兵士たちを呪詛漬けにした死体を投下する。それを依代にして遠隔地に呪いの霧を発生させるのだ。

 

隔離された一室に移動した治夏の周囲には呪詛を生み出すための陣が描かれていく。描くために用いるのは、こちらもスターダストの兵たちから搾り取った生血だ。捕らえた敵兵を呪具として使い潰すのは、我ながら醜悪にもほどがある。

 

おそらく、自分はろくな死に方はしないだろう。頭をよぎった考えに苦笑する。

 

そんなことは、父をこの手にかけた時から承知していたはず。今更、何を恐れることがあるだろうか。

 

呪詛の陣が完成した。克人たちは呪詛の巻き添えとならないように同じ部屋にはいない。室内にいるのは、治夏と側近三名だけだ。

 

「さて、そろそろだぞ、皆」

 

他の三人が頷く。緊張が場を満たす。

 

「第一次攻撃は成功」

 

その状態が三分ほど過ぎた頃、不意に艦長からの通信が入った。それは天牙が呪詛の依代の投下に成功した合図だ。隠蔽術式を切った上での天牙からの通信は、当然に敵も拾っていることだろう。そうすれば、二次攻撃を警戒して防衛体制を取るはず。つまり外に出る兵が増えるということだ。

 

慌てて飛び出した兵を呪詛に当てるべく、治夏は急ぎ魔法を構築する。今回の魔法も呪水落滅と同様に山中図書から順に歌を練り上げることによって効果を増幅する。図書に続いて皆川掃部、村山右京が歌い上げていく。

 

そうして、三人の後を受けた治夏が呪霧散覆を発動させた。目標はウラジオストクの海軍基地。そこの軍人たちに付近の街を襲わせる。しかし、今の時点ではその効果は分からない。ウラジオストク上空の天牙は敵の反撃を受ける前に日本に引き返している。近づくのは危険なため、現地の工作員たちは退避させている。

 

術が成功したのか失敗したのか、それは衛星から撮影されたウラジオストクの映像が届いてからとなる。ひとまずは、この場の物騒な呪術陣を撤去するのが先決だ。強力な呪詛を纏ったスターダスト隊員の血を丁寧に中和しながら清掃をしているうちに艦は基地へと帰投したらしい。そこで治夏は、艦長から報告により、ウラジオストで起きた想像以上の惨劇を知ることになった。

 

ウラジオストク基地所属の新ソ連艦隊による市街地の無差別砲撃。基地から外に出た兵たちによる市民の虐殺。それが今、まさに行われているという。

 

最終的なウラジオストクの死者は二万人にもなった。その死者数は都市に向けた攻撃であるという事情を考慮しても、多すぎた。ブラジル軍や大亜連合軍が使用した戦略級魔法よりも多大な被害をもたらした魔法攻撃を行ったことで、日本は後戻りができない戦乱に身を投じることになったのだった。

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