六月二十三日、宮芝淡路守治夏は東京の達也の新居にいた。治夏が達也の家を訪れたのは、極秘裏に来日している、ある重要人物に会うためだった。
「は、ハーイ……」
治夏の姿を見た重要人物、アンジェリーナ・クドウ・シールズが決まり悪げな顔で挨拶をしてくる。
「それで、リーナはUSNAで何があったと認識している。概要は部下からも聞いているが、リーナの主観でも意見も聞きたい」
治夏がそう促すと、リーナはゆっくりと自分が体験したことを話し始めた。
最初の異変は散歩がてらの自主トレで『パレード』を行使しながら歩いていた所への狙撃だった。その攻撃は基地の中からの攻撃であり、叛乱を意味するものであった。
即座に反逆者を捕らえるべく動き出したリーナだったが、次々とスターズの隊員たちが襲い掛かってきて苦戦を強いられる。開けた場所から、遮蔽物を求めて走り出したリーナが辿り着いたのは特殊車両の格納庫だった。
だが、そこでも別のスターズの隊員たちに襲われた。そして、そこでスターズの一小隊がパラサイトに取り憑かれたことを聞かされたと言った。
「そのパラサイトは前回の生き残りというわけではないのか?」
「おそらくだけど、違うと思う。叛乱を起こした隊員たちはマイクロブラックホール実験を再実施したと言っていたから」
ということは、新たなパラサイトがUSNAに発生したということだ。これが日本なら治夏が簡単に滅して終わりだが、USNAだとそうはいかない。厄介なことになったと、治夏は小さく舌打ちする。
ともかく、部下がパラサイトに侵されたと聞いて動揺したリーナは危機に陥った。だが、そこでリーナを信じる部下たちが救援に来てくれ、リーナは基地から脱出することができたようだ。
「そこで部下から聞いた話では、すでに七人の隊員がパラサイト化していると推測されるようです」
「明確に確信できるだけで七人か。他にどのくらいいるのか、頭の痛いことだな」
元がスターズの隊員であろうが、パラサイトである以上、治夏に負ける道理はない。だが、他の者となると話は別だ。
強化された身体能力と魔法能力。様々な特殊能力に加えて、基本的には治癒再生能力も向上している。並みの魔法師であれば苦戦は免れない。前のときは軍事行動を企図せず、好き勝手に動いていたから、討伐は容易だった。
しかし、今回のパラサイトたちはリーナの抹殺という目的を持って行動している。本能のままに、ただ仲間を増殖させようとした前回と同じとは考えられない。もしもパラサイト化した七名のスターズの隊員たちが離れた場所を同時に襲撃したら、治夏が対処できるのは一か所だけ。敵に目的を果たされてしまう可能性が高くなる。
「ところで、基地を出た途端に、どこからともなく現れた黒尽くめの男たちはイズミの部下たちなのよね」
「ほう、よく分かったな」
「あんな、いかにもな怪しい格好をして基地の近くにいるくせに、誰からも不審に思われないなんてイズミの関係者以外に思いつかないわよ」
言われてみればその通りだが、あれは注意を服装に向け、代わりに纏う者に対する記憶を希薄にさせる効果のある特殊な紋入りの術具である。まあ、それを親切にリーナに教えてやる気はないのだが。
「まあいい。その通り、あれは私が送り込んだ部下たちだ。リーナは運がいい。私が部下たちを送り込んでいたから、こうして日本に逃れることができたのだからな」
「まあ、脱走兵とならずに日本に来られたことは感謝してるわよ。それにしても、よくあれほど精巧な命令書を作れたわね」
リーナのために宮芝が用意したもの。それが在日武官の秘密監査のために日本に潜入せよという偽の命令書だ。精巧に作られたそれは、予め治夏の部下たちから偽の命令書が届くと知らされていなければ、リーナが普通に命令と信じて来日してもおかしくない品だ。
その後、リーナは宮芝の配下の者たちの手を借りて貨物船に乗り込み、昨日の昼過ぎに日本に入国。四葉真夜の命を受けた黒羽家に保護されたらしい。
「ねえ、ワタシの脱出を手伝ってくれた部下たちがどうなったか知ってる?」
「ラルフ・ハーディ・ミルファク少尉は宮芝で保護した。けれど他は捕らえられ、略式裁判でミッドウェー島の魔法師用軍事刑務所に送られたようだ」
「そう、ですか……」
「残念だが、落ち込んでいる暇はないぞ。奴らはすぐにでも攻めてくる可能性がある。だが、こちらは新ソ連と開戦をしたばかり。手があまりに足りない」
自分の脱出を手伝ってくれた者たちの苦境に心が痛むのは当然のことだろう。だが、日本にとって、今はあまりにタイミングが悪い。もしもリーナの到着が一昨日のうちで、治夏がパラサイトたちのことを聞いていたら、新ソ連に対する攻撃は中止しただろう。
ベゾブラゾフは気に食わない相手ではあるが、それでも同じ人間だ。宮芝にとって最大の敵である妖魔との比較であれば、どちらを相手にすべきかは明らかだ。九島光宣については戦闘力はともかく、単独であることと増殖の可能性が低いため優先度が高くないが、今回のパラサイトは放っておくと増殖する可能性が高い。
それならば新ソ連とは適当に和睦を行い、対パラサイトに限定して各国と連携してでも、早めに対処を行うべきだ。けれど、ここまで対立が深刻化すれば、いかに新たな脅威が現れたといっても、もはや共闘は不可能だ。
それにしてもUSNAの最近の行動は妙にちぐはぐな印象を受ける。旧メキシコで起きた叛乱にしても、達也に対しての強引な作戦にしても、今回のリーナへの対応にしても場当たり的で一貫した戦略が見えない。
だが、そのちぐはぐさが狙いを絞らせてくれないのも確かだ。はっきり言って、現状では治夏も次の手を決められない。
「まあ、今後のことはこれから考えるとして、差し当たってリーナをどこで保護するかは考えているのか?」
「四葉の当主は、リーナが隠れ住む場所として巳焼島を考えているようだ」
「巳焼島か。身を隠すのには最適だろうが、住むとなると少々、不自由な場所だな」
巳焼島は房総半島の南海上九十キロ、三宅島の東約五十キロの海上にある。二十一世紀最初の年に海底火山の活動によって新たに形成されたことから『二十一世紀新島』とも呼ばれている小さな島だ。
巳焼島は元々、国防海軍の補給基地が置かれていた。しかし二〇五〇年代の度重なる噴火で基地は放棄され、第三次世界大戦、またの名を二十年世界群発戦争終結後、軍民を問わない魔法師専用の秘密刑務所になったと聞いている。そして、その管理を委託されたのが強大な魔法力を持つ四葉だった。
しかし、その秘密刑務所も二〇九三年一月の噴火をきっかけに移設が検討され、つい先月、新たな秘密刑務所が完成して囚人の移動が完了している。宮芝にとって強力な魔法力を持つ犯罪者というのは最高の素材でもある。そんなわけで、昔から宮芝は四葉から高値で素材を買い取っていた。それで治夏も巳焼島のことを知っているのだ。
「ワタシ、そんなに贅沢は言わないわよ」
そんなことは知らないリーナは何でもないことのように言っているが、元刑務所の孤島に隠れ住むなど、外に出られないという意味では囚人も同然。後で騙されたと文句を言わないだろうか。
「潜伏先が巳焼島で本当に良いかは実際にリーナに見てもらってから判断してもらえばいいだろう。明日、俺が案内する」
「なるほど、それなら私も是非、同行させてもらえないか?」
「和泉が? 何のために?」
「備えあれば憂いなし。もしもリーナが巳焼島に滞在するなら、パラサイトに対する仕掛けもあった方がいいと思わないか?」
そう言うと、達也も納得したようだ。対パラサイト限定であれば宮芝以上の対策ができる組織は存在しない。そうして明日の出発時間についての相談を行い、治夏は達也の家を辞去した。