魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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入学編 新入部員勧誘週間終了

新入部員勧誘週間が過ぎた日のことだった。

 

西城レオンハルトが帰り支度中の司波達也に声をかけたのは、達也が酷く疲れた表情をしていたためだ。

 

「達也、今日も委員会か?」

 

「今日は非番。ようやくゆっくりできそうだ」

 

「昨日はそんなに消耗してなかったじゃないか。最終日に何があった?」

 

聞いた達也が見つめたのは、さっさと帰宅してしまった和泉の席だ。それで、また和泉が面倒を起こしたのだということは伝わった。

 

「また和泉が何かしたの?」

 

話に入ってきたエリカは和泉の起こしたトラブルを楽しみにしている表情だ。隣には逆に本気で心配した様子の美月もいるが、達也はレオとエリカを見て大きなため息をついた。

 

「随分と大きなため息だな?」

 

「他人事だと思いやがって……一週間で二回も死ぬかと思う体験をさせられ、三回目は実際に魔法攻撃を受けてみろ」

 

「魔法攻撃って、それ大丈夫だったのか?」

 

面白がって聞いていたレオだが、さすがに心配になってくる。

 

「まあ、軽傷ではあったがな」

 

「誰だよ、そんなことをしたのは」

 

「それが和泉だよ」

 

「……なんで、そんなことになるんだ?」

 

どうやったら風紀委員同士で魔法の撃ち合いをすることになるのか。少し考えてみたが全く分からない。

 

「どうも桐原先輩の一件が中途半端な魔法選民思想に染まった奴らの怒りを買ったらしくてな」

 

そう前置きして達也が語ったのは、巡回中の達也が近づくのを待ち、わざと騒ぎを起こして達也が仲裁に入ったところで誤爆に見せかけた魔法攻撃を行うという手口だった。達也自身も、それが自分を狙った攻撃と考えていたが、裏で結託している証拠が見つかるまでは手の打ちようがないと考えていたらしい。

 

それを知った和泉が取った行動が、騒ぎを起こしていた両者と仲裁の達也の三者纏めての範囲攻撃を行うというものだった。喧嘩両成敗に留まらず仲裁者までも巻き込んだのは、風紀委員の横暴とそしられるのを避けたためだろう。しかし、そのためだけに範囲攻撃魔法に巻き込まれる達也としては堪ったものではないだろう。

 

「それは、まあ……ご愁傷様というか……それで和泉はどうなったんだ?」

 

「どうにかするには誰かが被害を訴えなくてはならない。けれど、和泉は攻撃をした二人に平然と『もしも私の攻撃を不当だと訴え出るなら、私も私のことを守るため、ここ数日、式神を利用して校内を撮影し続けた映像をもって君たちの行いと、どちらが不当か争う必要があるな』と言っていた。それで二人とも被害を訴えなかったというわけだ」

 

達也の言葉だけで、レオには和泉がどのような顔でそのセリフを発したのか、はっきりと思い描くことができた。

 

「で、和泉はその両者が裏で結託していた証拠を持っていたと」

 

「実際、和泉の式神の鳥が校内を飛んでいるのを見ているし、持っているとしても不思議ではないだろうな」

 

「それなら、達也を攻撃していた奴らを処分できるだろ。何でそうしなかったんだ」

 

レオの疑問に答えたのは、達也ではなくエリカだった。

 

「そりゃ、取引材料があるなら魔法攻撃をしても処分されないって思ったからでしょ。達也くんを攻撃した人を処分しても知らない誰かが処分されるだけ。対して自分が攻撃するなら実践的に実験ができるじゃない」

 

レオが難しい顔をしていたためだろう。エリカが補足する。

 

「アンタみたいに善良な人間ばかりじゃないのよ。世の中には自分にとって都合が良ければ他はどうだっていい、って奴だっているんだから」

 

さらりと自分は善良な人間であると評価された気がするが、今はそこではなく、レオが悪人の思考を理解できていないという点が本題だろう。

 

「それは分かってるけどよ……」

 

達也たちにも話していないが、レオの趣味は夜歩きである。夜間に繁華街をうろつくこともある以上、そうした輩を目にすることもある。

 

けれど、そういった輩は、単純化するならば目に見えてクズと言える奴らだ。一見した人当たりの良さは違えども、詐欺師の類も同類だ。

 

一方の和泉はというと、人をからかって遊ぶという悪癖があるが、レオたちが決定的に困るようなことはしない。それは他人に対しても同じで、全く非のない相手を陥れたり、攻撃したりしたような場面は見たことがない。

 

その意味では、和泉はエリカが語ったような悪人の思考を持つ人物とは違う気がする。けれど、ある程度は親しいクラスメイトであるはずの達也を助けようともしなかった。悪人ではないが、善人でもない。だからといって普通の人では断じてないが……。

 

「けど、何かそういのとは違う気がするんだよな」

 

「何かって、何よ?」

 

「それは、上手くはいえねえけどよ……。お前だってそれは感じてるんじゃねえか?」

 

レオの目には、エリカはそれなりに危険に対する鼻が利くように見える。そして、ここで下手に首を突っ込んでは危険であると思えば、ドライに割り切って線を引くことができるようにも。

 

つまり、相手が本当に危険と感じたなら和泉とは距離を置くはずなのだ。けれど、エリカが和泉を避ける様子はない。それは、近くにいても大丈夫だと判断しているからではないのか。

 

「まあ、少なくとも近くにいても害があるとは思わないわね」

 

「やっぱ、そうなんじゃねえか」

 

「あたしはアンタよりは根拠を持ってるけどね」

 

レオとエリカが言い争いを開始する雰囲気を見たのだろう。それまで口を閉ざしていた美月が二人の間に入ってきた。

 

「とにかく、今日からはデバイスの携帯制限が復活することですし、達也さんも、もう心配ないんじゃありませんか?」

 

「そう願いたいよ」

 

心から願っている様子で、達也は大きく頷いている。

 

「気晴らしに、帰りにどこか寄っていくか?」

 

「いや、遠慮しておくよ。今日はさすがに早く帰って休みたい気分なんだ」

 

柄にもなく気を遣って、声をかけてみたが、慣れないことはやはり上手くはいかなかった。


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