六月二十五日、火曜日。リーナの滞在が決まった巳焼島に対する対パラサイト用の仕掛けを部下に指示した宮芝淡路守治夏は、九州に押し込めてた九島光宣の討伐を再開させた。
光宣の実力は前回の戦い後の森崎からの報告で理解している。前回は九島烈を始めとした十師族の当主三名の助力もあって手傷を負わせた程度。並の術者では歯が立たないことは明らかなので、部下たちには包囲網の維持の方に力を割かせていたのだ。
強い力を持った退魔士たちを下関と宇和島、大洲を中心に配置して逃走の防止はできている。あとは治夏が手勢を率いて光宣を討ち取るのみ。
安全策を取って朝の内に広島に降り立った治夏に従うのは側近三名に加えて、前回の光宣との交戦経験のある森崎、名倉、郷田飛騨の三名。それに援軍として克人と十文字家の魔法師二名も加えた計十名が今回の人員だ。今回は治夏が弦打ちを使う予定であるため、量産型を含め、関本は連れてきていない。弦打ちは治夏を中心に無差別に魔の物を祓ってしまう魔法だ。関本が周囲にいると巻き込んでしまうのだ。
「九州といっても広いぞ。光宣の居場所は分かっているのか?」
「克人、犠牲を出さないために追跡こそ控えているが、偵察は行っている。九州の内、豊前、豊後、筑前、筑後は対象から外している。残るは肥前、肥後、日向、薩摩、大隅の五州だ。そして、その内で可能性が高いと見られているのが、肥後の熊本だ」
「どうでもいいが、旧国名で言われると、言葉を聞いてから場所を思い浮かべるのに少し時間が掛かるのだが」
「む、そうなのか。旧国名は現在の行政区域に比べて地形の影響が大きい。そのため古式魔法師にとっては旧国名を基本に考えた方が魔法行使の上では利点が大きいのだ」
「そういうものなのか」
克人は魔法行使上の利点という言葉が、今一つ理解できていないようだった。もっとも、これは現代魔法師には理解できなくても仕方ない概念だ。治夏は一般化して古式魔法師と言ったが、実際には結界系の術者でなければ旧国境はあまり関係がないのだから。
「ともかく、そういうわけで下関に移動した後は前線を博多まで進出させる。その後、私たちは熊本に向けて出発する」
光宣自体は喫緊の脅威とは言えない。もしも周囲が平穏であれば克人と熊本観光の計画を立てていたところだ。けれども、今の日本は新ソ連にUSNAに発生したパラサイトと、多くの脅威を抱えている。解決できる問題は早めに終わらせておかないと、忙しくなった後では手が回らなくなるおそれがある。だから今回は最速で終わらせる。
下関への移動、二十名ばかりの部下たちを引き連れての博多への進出は、昼までに予定通りに進んだ。昼食は博多で取り、午後には熊本に向けて出立する。
「肥前方面にも偵察部隊を派遣している。その者たちから連絡があった場合は、我々は急ぎ取って返して佐賀へと向かうことになる。それから熊本に入るときには私と克人、村山右京、山中図書、皆川掃部の組と森崎、名倉、郷田飛騨、十文字家の二人という二組に分かれて行うことにする」
「二組に分ける意味は?」
「克人、自分で言うのもどうかと思うが、私は現代魔法戦にはあまり長けていない。九島光宣が今も単独行動をしているなら問題ないが、九島が何らかの方法で現代魔法師を味方に付けていた場合、私が危険だ。克人がいるから大丈夫だとは思うけど、ここは我々が慣れている先遣隊を別に立てるという方法を取ることにする。なに、先遣とは言っても今回は我々から一キロ程度前を進めさせるに留めるつもりだ。そのくらいなら時間を稼げるだろう?」
「まあ、そのくらいなら何とかなるだろうな」
十文字家の魔法師は克人が光宣と戦うことを前提に連れてきた者だ。弱いはずがない。
「それでは淡路守様、行ってまいります」
一礼した森崎たちが先行して肥後国に入る。そうして進むこと少し、治夏は九島光宣の痕跡を掴んだ。
「なるほど、火の国というわけか」
光宣の痕跡が向かう先は阿蘇。治夏たちは目的地を変更して阿蘇へと向かう。隊列はこれまでと同様、森崎たちが先行隊で、治夏たちが後続だ。ただし、先程までと異なり両者の中間地点に皆川掃部がいる。
その隊列で阿蘇の地を進むこと少し、治夏たちの前方に雷光が煌めいた。同時に発動した気配は避雷針のもの。雷光の正体はおそらく光宣の得意魔法『スパーク』だろう。
「深夏、行かなくていいのか?」
「まだだ。掃部からの連絡が来てない」
スパークは光宣だけが使用できる魔法ではない。他の者が使った魔法であった場合、治夏たちが向かうことに意味はない。
前方に再び閃光が輝く。今度は『青天霹靂』だろうか。しかし、それに対抗するための呪符も森崎に渡してある。まだ、慌てるような段階ではない。伏兵からの攻撃を警戒しながら、ゆっくりと前には進み続ける。そして、待っていた知らせが届く。
森崎雅樂と九島光宣の交戦を確認。他に敵影はなし。淡路守様も参戦をお願いします。
「全員、全速前進! 今こそ、九島光宣を討つ!」
掃部から飛ばされたきた式神からの連絡を受け取り、治夏は即座に全員に命じる。
「克人、悪いんだけど、私を抱えて走ってもらえる?」
「分かった」
治夏は身体強化魔法を得意としていない。身体能力は言わずもがな。体力も魔法力も十分の克人に手間をかけてもらうのが、この場の最速なのだ。けして、克人にお姫様抱っこをされたかったとか、邪念からの言葉ではない。
「右京、図書、無理のない速度で来い」
克人の全速に付いてくるのは古式魔法師で、近接戦が得意なわけでもない二人には辛い。着いた時には疲労困憊となっても仕方がないので、二人はゆっくりと追いついてもらうことにする。
克人に抱えられて光宣の元へと急行する。前方からは連続で魔法が使用される気配が伝わってくる。速射力で牽制する森崎に、対抗魔法に長けた名倉、古式に精通した飛騨守の三人に守りの十文字家の魔法師二名がいるのだ。すぐにやられはしないはずだ。けれど、急ぐに越したことはない。
やがて、前方に森崎たちと九島光宣の姿が見えてきた。森崎たち三人は、未だ無事。だが、十文字家の魔法師一人が膝をついている。守り手が一人となっては、長くは持たないかもしれない。
「克人、降ろして!」
治夏の言葉を聞いて、すぐに克人が降ろしてくれる。そうして足を着くとすぐ、抱えていた大弓を引いた。
弓弦の音が空間を引き裂く。その瞬間、光宣の身体が確かに傾いだ。けれど、光宣は倒れることなく踏み止まり、そのまま跳躍の魔法で飛び退ろうとする。
「遠すぎた!?」
弦打ちの魔法は音を媒介にした浄化の魔法。その音が小さくなれば威力も弱まる。だが、少しくらい弱まったところで治夏の魔法ならば光宣であろうと倒せると思っていた。
「そうか……光宣は人間としての意識が十分にあるのだったか……」
魔の物を宿しているといっても、光宣は人間としての面の方が強かった。おそらく、それもあって弦打ちの効果が低かったのだろう。だが、光宣を逃がした後で気づいたところで遅すぎる。
「克人、追うことは……」
「残念ながら、あの速度に追いつくのは無理だろう。深夏、光宣が逃れる先に心当たりはあるか?」
「具体的な場所は分からないけど、私は要所に探査の陣を敷きながら来た。だから、向かうのは南。日向、大隅、薩摩のいずれかだと思う。安心して、次は逃がさない」
森崎たち三名はいずれも失うには惜しい人材だ。その三人がやられるかもしれないという場面を目にして、いつになく焦ってしまった。だが、次は逃さない。
熊本での一泊の予約を右京に命じながら、治夏は次戦での必殺を心に誓った。