宮芝和泉守からの魔法攻撃を受けて阿蘇から逃走した九島光宣は、鹿児島を経由して沖縄に至った。これは逃れてきたというより追い詰められたという方が正しい。初めは飛行機を使って東京に舞い戻るつもりでいた。だが、それは叶わなかった。
阿蘇から鹿児島に向かう途中、光宣は何気なく大分の方角を見て愕然とした。そこには山の尾根に沿って天へと昇る薄い光の幕があった。あれはパラサイトという異分子を拒むためだけの結界だ。中に入れば例えパレードを使っていたとしても、即座に術者に気づかれる。そうはっきり分かった。
次に宮芝和泉守と交戦すれば命はない。宮芝の魔法攻撃は光宣が纏っていた強固な障壁を簡単にすり抜け、魂を削られたかと思うような衝撃を与えてきた。あれはパラサイトに対しては猛毒も同然の攻撃だった。どれだけ光宣の魔法の能力が高くとも、パラサイトであるという、ただそれだけで拒絶してくるという馬鹿げた攻撃だった。その攻撃への対処法を光宣はまだ、全く掴めていない。
宮芝の魔法力は全く大したことがなかった。それなのに、ただパラサイトというだけで魔法力の差を無にしてしまう。それはあってはならないことだ。人の価値は魔法力だけで決められなければならないのだから。その原則を捻じ曲げるから、あのように理から外れた力を追い求める者が出て来るのだ。
苛立ちのまま次の逃亡先を求めて当てもなく彷徨う。宮芝のことだから、すでに本土へは戻れなくされているのだろう。島嶼部に逃げるか、それともいっそ外国か。そんなことを考えていると、不意に光宣に話し掛けてくる存在があった。
『九島光宣さん』
それはパラサイトが用いるテレパシーによるものだった。
『どちら様ですか?』
警戒しながらも光宣は交信に応じた。
『僕の名前はレイモンド・クラーク』
『クラークというと、ディオーネー計画の関係者ですか』
『うん、そうだよ』
『それで、僕に何のご用ですか?』
『どうやら追い詰められているようだからね。同類として助けてあげようと思ってね』
それは思いがけない申し出だった。実のところ光宣はUSNAで発生したパラサイトの存在に、当初から気づいていた。だが、光宣自身が人間としての意識が強かったこともあり、彼らと連絡を取ってみることなど考えてもみなかったのだ。
そして、パラサイト側からも光宣に対して連絡をしてくることはなかった。それもあり、USNAのパラサイトは自分とは全くの別物という認識でいたのだ。まさかこの絶体絶命の局面で手を差し伸べてくるとは思わなかった。
『僕を助ける意図はなんだい? まさか本当に同類だからというだけ、というわけではないだろう?』
『それについては会ってから話をしないか?』
パラサイト側の言い分は理解できる。古式魔法師の中にはテレパシーに対する強い感受性を持つ者がいると聞いている。宮芝の関係者にその手の魔法師がいる可能性は高いと考えた方がいい。
『分かった、何処に行けばいい?』
聞いた光宣は、すぐにパラサイト側から指示された那覇にあるホテルの一室に向かった。今の交信を傍受されていたとしたら、もはや一刻の猶予もないのだ。
「改めまして、レイモンド・クラークです」
そう言ってきたのは、光宣と同年代の少年だった。聞けば、光宣の一歳上だという。
「私はジェイコブ・ロジャース。ジャックと呼ばれている」
ジャックはスターズの一員だという。そして、ジャックの目的は脱走した国家公認戦略級魔法師、シリウス少佐の行方を突き止めることだということだった。
「僕を助ける見返りが、シリウス少佐の居場所の捜索への協力というわけですか」
「そういうことだ」
「ジャック、申し訳ないが、僕の手勢はこれまでの戦いの中で全て失ってしまった。宮芝は魔法師としては脆弱だが、ことパラサイトに限っては天敵だ。先ほどの交信も傍受されたと思った方がいい。今は一刻も早くこの場所を離れないと、シリウス少佐の行方を掴む前に宮芝によって殺されることになると思う」
光宣の言葉にレイモンドが意外そうな顔を見せた。
「それはいくら何でも、過大評価なんじゃないかな。それよりも僕たちは司波達也を警戒すべきだろう」
「達也さんも脅威なのかもしれませんが、パラサイトにとっての天敵は宮芝です。貴方たちの目的がシリウス少佐なら、宮芝と接触しないように狙うのが現実的でしょう。もっとも、貴方たちが宮芝と遭遇しても構わないというのなら止めません。ですが、僕はそこには同行できません」
「さっさと日本を離れたいということか。十師族の九島ともあろう者が、さほど高名でもない古式魔法師を相手に、随分と弱気だね」
「僕も宮芝と戦う前は同じように考えていましたよ。だけど、一戦してみれば嫌でも考えを変えざるをえない。今のままの僕では、宮芝には勝てない」
そう、今のままでは勝てない。けれど、絶対に勝てない相手ではない。
宮芝は妖魔や古式魔法師に対する戦いでは群を抜いて手強い。けれど、宮芝と古くから付き合いのある九島は、宮芝の弱点も聞き及んでいた。宮芝は、現代魔法師なら容易に対処可能な拳銃のような武器に弱い。ならば、非魔法師を大量に投入すれば宮芝を制することは難しくないはずだ。
魔法の使えない価値のない人間が、優秀な魔法師のために働けるのだ。無能な者たちに対する、これ以上の働かせ方は存在しないのではないか。
残念ながら、今の日本で手駒を大量に獲得する方法はない。だけども、USNAならば手はある。彼の地では今もパラサイトは数を増やしている。彼らと革命を起こし、溢れる非魔法師たちを日本に侵攻させれば、そのとき宮芝は滅亡する。
「僕たちは邪魔な達也にも、この世からいなくなってもらうつもりでいる。シリウス少佐の捜索の伝手はないにせよ、そちらには協力してもらえないかな?」
「残念だけど、それもできない。達也さんの元に行き着く前に宮芝に補足されて滅ぼされてしまう」
何をするにしても、宮芝に先を越される未来しか見えない。逆に言えば、宮芝を滅亡させれば、後は怖いものなしなのだ。光宣が日本に舞い戻り、人が魔法力によって評価される世の中に作り替えるのは、宮芝が滅んだ後だ。
自分が宮芝に勝てずとも方法があることは分かった。しかし、それを実現するためには、まずは国外に脱出する必要があるのだ。
「分かった。とりあえず君がUSNAにたどり着けるよう手配はしよう」
シリウス少佐の捜索にも達也への対処にも役に立たないと判断したのか、レイモンドがつまらなそうに言う。レイモンドに侮られるのは業腹ではあるが、今は何よりもこの国から逃れることは先決だ。
「けれど……」
レイモンドの言葉の調子が急に変化する。光宣は警戒態勢を取った。
「それは僕たちに勝てたらだ」
その言葉と共に、押し寄せてきたのは思念だった。シリウスと司波達也の抹殺を最優先事項とする。それに同意をさせようとしてくる。
パラサイトたちは個別の身体を持ちながら、全員で一つの生き物だ。ゆえにパラサイトたちの意思は、一つでなければならない。
パラサイトたちがそういう生き物であることは、光宣も理解していた。だが、光宣にはやらなければならないことがある。皆のために、人が魔法力だけで評価がされる世界を作る。そのためには彼らと同じになることはできない。
押し寄せてきた思念は、レイモンドとジャック二人だけのものではなかった。スターズの本部基地で、今も増殖を続けるパラサイト全員の渾然一体となった思念が光宣を呑み込もうと襲い掛かってくる。
光宣は自分を呑み込もうとする思念の大波に、魔法技術で対抗するのではなく、自分が抱く最も強い「願い」で真っ向から立ち向かった。
それは永い戦いだった。
それは一瞬の戦いだった。
精神の世界で、時間は長さを持たない。
その一瞬の戦いの果てに、最後まで立っていたのは光宣だった。
「レイモンド、僕に協力してくれるね?」
「僕たちは光宣の意思に従う。USNAを動かし、日本に攻め込む」
パラサイトたちの意思を統一できたことが確認でき、光宣は深い笑みを浮かべた。