魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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戦雲編 大亜連合の亡命者

七月六日、宮芝淡路守治夏は側近三名と共に現状を整理していた。その整理の中心となるのは昨日に生じた情勢の変化点だ。その情勢の変化は宮芝淡路守治夏にとっては予想外のものだった。けれど、司波達也の予想の中にはあったことだった。

 

昨日午前九時、大亜細亜連合政府が新ソビエト連邦政府に対し、極東地域における休戦を呼び掛けた。その一時間後、新ソビエト連邦政府より大亜連合政府に休戦に関する条件提示があったが、そこには戦争犯罪人の引き渡しが含まれていた。その戦争犯罪人のリストの上位に大亜連合の戦略級魔法師、劉麗蕾の名前もあった。

 

それを受けてヴォズドヴィデンカの民間空港からビジネスジェットを使って劉麗蕾および護衛部隊が加賀国小松基地へと亡命。これで新ソ連は日本を攻撃する大義名分を得たことになる。あまりにも出来過ぎた展開を見れば、これは裏で新ソ連が糸を引いていたと考えた方が良いだろう。よく考えられたシナリオとも言える。

 

だが、これは新ソ連にとって大いなる失策だ。劉麗蕾の使う霹靂塔は古式の魔法を源流としている。実は少しの工夫で宮芝の魔法と相互干渉をしない術式展開が可能なのだ。それを用いればベゾブラゾフを殺せる。

 

これまでは達也を何とか引っ張り出すことを考え続けてきたが、ここにきて向こうから足りない最後の駒を渡してくれたのだ。これは戦略級魔法師を軽く考えた新ソ連の油断が招いた結果と言えよう。

 

とりあえず、まず行うことは怪しい護衛部隊なる存在への対処だ。治夏はすぐに小松基地に連絡を入れ、取り調べということで一人、劉麗蕾を別室に移して、その間に護衛部隊の全員を殺害した。

 

殺害した兵たちの脳を解析すると、想像した通りに新ソ連への内通者が存在した。劉麗蕾にはそれを理由に護衛部隊と隔離すると説明して、今は一条家の監視下にある。

 

一条家……正確には一条家の当主夫人の出身である一色家には『神経攪乱』という敵の五感を狂わせて随意筋を麻痺させる魔法がある。そこで両家の血を引く一条家の者が神経攪乱を使用できる可能性があると考え、問い合わせたところ、一条将輝の妹である茜が使用できることが分かった。殺さずに相手を制圧できる神経攪乱と、保険として殺傷能力に優れた爆裂を組み合わせれば、劉麗蕾の裏切りのリスクを最小化できる。

 

それにしても戦略級魔法師が日本に五名も存在する事態が訪れようとは少し前には想像もできなかった。従来からの五輪澪に加え、司波達也に不完全ながら一条将輝。そこに亡命してきたリーナと劉麗蕾。しかも全員が使用できる魔法が異なるのだ。

 

五輪澪の体調と一条将輝の新魔法の習熟度、リーナの協力度という不確定要素はあるとはいえ、これだけの手駒があれば立てられる作戦の幅は大きく広がる。ベゾブラゾフを殺害した後、戦況が有利な状況で講和に持ち込むこともできそうだ。

 

「そのためにも、まずは大亜連合との交渉を纏める必要があるが、状況はどうだ?」

 

「ひとまず交渉相手との接触には成功しました。ところで、こちらの条件として、本当に劉麗蕾の帰国を提示してよろしいのですか?」

 

「本音を言えば返したくはないな。だがな、右京。今は時間がないのだ。やむを得まい」

 

ベゾブラゾフの殺害のためには劉麗蕾に戦略級魔法を使わせるのが必須だ。その際に問題となるのが、どのように説得を行うかということ。よほどの馬鹿でなければ祖国に独断で戦略級魔法を行使はしない。

 

劉麗蕾の意思を無視できるという点で、短期で効果の出せる外科手術などの処置は、魔法技能に影響を与える可能性が高い。一方、劉麗蕾の意思を捻じ曲げる洗脳は効果が出るまでに時間が掛かってしまう。今回はそれだけの猶予はない。

 

そこで考えたのが大亜連合側に命令を出してもらうという方法である。ただ、この方法は当然ながら大亜連合側にも相応の利がなければ成立しない。その利として用意したのが劉麗蕾の返還というわけだ。

 

無論、ただで大亜連合に返すつもりはない。致命的な障害は残さないまでも、魔法の行使に多少の抵抗を感じる程度は酷使するつもりだ。それでも手元から離れてしまった戦略級魔法師が帰ってくるだけ、ありがたく思ってほしいものだ。

 

「分かりました。では、大亜連合は劉麗蕾に対して霹靂塔使用の命令書を出すこと、日本軍がベゾブラゾフ殺害に成功した暁には大亜連合の残存の機甲部隊は直ちに北上を再開すること、これを条件として日本は大亜連合と同盟を結ぶということでよろしいのですね」

 

「ああ、それでよい。頼んだぞ、右京」

 

右京が恭しく一礼をしたのを見て、今度は山中図書に目を向けた。

 

「図書、新ソ連に対する宣戦布告を総理は承認したか?」

 

「未だ躊躇しているようですが、次に新ソ連が戦略級魔法を使ってきた折には速やかに宣戦布告を行うよう約束はしてくれています」

 

「ベゾブラゾフを補足できるのは戦略級魔法を使用された直後のみだ。次の機会を逃せば、更に次に戦略級魔法による攻撃を受けるときまで、日本は反撃の術がない。そう周囲によく言い聞かせてやり、外堀を埋めておけ」

 

「心得ております」

 

最後の段で総理に日和見に走られては、せっかくの総攻撃も中途半端に終わってしまう。もっとも現総理は愚昧ではないので、周辺の佞臣さえ遠ざけておけば、さほど悪いことにはならないだろう。

 

「掃部、軍の反撃の用意は進んでいるか?」

 

「はっ、大亜連合と新ソ連が激突している折から集めておりました艦船と航空機は、いずれも迅速に出撃可能です」

 

新ソ連は必ず日本に対して何らかの軍事行動を起こしてくる。だが、それは日本を本気で降すためのものではないはずだ。少しばかり暴れて、その混乱に乗じて達也を暗殺し、その後で劉麗蕾を引き渡されれば良いと軽く考えているだろう。

 

だが、日本はそんな遊びの気分で迎撃に出ない。陸海空の全ての戦力を一時的に新ソ連に向けて徹底的な破壊を行う。

 

まず第一陣となるのが北海道に配備している魔法師搭乗型の複座式戦闘機、天牙十機とそれに守られた高速輸送機。天牙には術式を補助するためにUSNAのスターダストの脳を用いた魔法発動の補助具を搭載している。そして高速輸送機には劉麗蕾が搭乗し、遠隔地から治夏たちの補助魔法の力を加えた強力な霹靂塔でベゾブラゾフを葬る。

 

高速輸送機には他に関本を九十機搭載しておく。今後は第二世代関本に代えていくことを見越して残存している第一世代関本のほとんどを使い潰すつもりで投入する。これら関本が空挺し、霹靂塔の生き残りの殲滅に当たる。

 

第二陣は艦船からのミサイル攻撃だ。参加艦船は空母三、ミサイル護衛艦二十四、小型艦四十五。これらを舞鶴、呉、佐世保から出港させる。北陸と北海道の艦隊を動かさないのは敵の警戒の目を欺くためだ。新ソ連の艦隊が日本に向けて出港すると同時に、これら三か所の基地から出港した艦隊は宮芝の術士の魔法に守られながら北上して、ベゾブラゾフの死亡と同時に各艦がミサイル攻撃を行うことになる。

 

第三陣が航空機だ。空母艦載機三十に加え、千歳、三沢、松島から出撃した百五十機による航空攻撃を行う。

 

霹靂塔により電子機器が破壊された中での重厚な攻撃で新ソ連の反撃力を徹底的に削ぐ。その状態からならばトゥマーン・ボンバで半壊させられた大亜連合軍でも十分に優勢を築けるという寸法だ。

 

加えて、直接の参戦までは不可能だったが、インド・ペルシア連邦も新ソ連西部を窺う位置に軍を進める密約を成立させている。他国と紛争状態にある新ソ連の動きを警戒しての念のための措置という名目だが、これで新ソ連の西部方面軍の動きを阻害できる。

 

「此度の戦は、絶対に負ける訳にはいかぬ大きな戦だ。各々、僅かな抜かりもなく準備を整えるよう」

 

国の命運を左右する一戦に向けて、治夏は着々と側近たちと戦支度を整える。決戦の日は近い。




新ソ連との戦いは、宮芝らしく物量作戦です。
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