西暦二〇九七年七月八日月曜日、日本時間午前零時。
新ソ連極東艦隊は、ウラジオストクを出港した。編成はフレミングランチャーを主武装とする対地攻撃艦二隻、対空・対艦ミサイル艦四隻、対潜・対艦ミサイル艦四隻、小型戦闘艦十二隻。その後に空母とその護衛艦二隻が控えるというもの。艦の役割で見れば空母が一隻、ミサイル艦が十二隻、小型艦が十二隻の計二十五隻。
それを受けて日本は直ちに舞鶴、呉、佐世保に集結させていた艦隊を出港させた。昨日のうちに更に戦力を増強したため、その総数は空母三、ミサイル護衛艦二十七、小型艦四十五、総数は七十五隻と水上艦だけで新ソ連軍の三倍にも達している。
もっとも、それらの艦隊は隠密行動を取っており、実際に前衛として対峙しているのは金沢から出港した対空・対艦ミサイル艦四隻と対潜・対艦ミサイル艦六隻のみ。蹴散らされても困るが、大戦力を集結させてベゾブラゾフの戦略級魔法で一網打尽というのはもっと困ることになる。それゆえの苦肉の策だ。
日本時間正午、新ソ連艦隊は能登半島北西三十海里、接続水域のすぐ外で停止した。対する日本艦隊は金沢付近に、右翼に舞鶴の艦隊、中央に呉の艦隊、西に佐世保の艦隊という布陣で新ソ連の動きを見守っている。
宮芝淡路守治夏の姿は、呉から出港した艦隊のうち、後方に位置するミサイル護衛艦の中の一隻にあった。同じ艦には側近たちの他に克人の姿もある。
その他の主要な人員の配置は日本艦隊の各艦に郷田飛騨守、矢島修理、十山信夫。巳焼島に森崎雅樂、呂剛虎、名倉三郎、一柳兵庫、達也とリーナ。佐渡島防衛に一条将輝と吉祥寺真紅郎。そして劉麗蕾と松下隠岐守を乗せた輸送機はすでに日本海上にいる。
午後一時、敵艦隊に動きがあった。地上攻撃艦に随伴していた小型高速艦十二隻が一斉に東に移動を始めた。それに対応するのは敵方の半分、新潟から出港した僅か六隻の小型艦だけだった。
もっとも、これは予定通り。敵艦隊が佐渡に仕掛けてくると読んだ上で一条と吉祥寺に佐渡に行くことを許可したのだ。後は適度な所で新しい戦略級魔法を用いて敵艦隊を一気に殲滅する。
ベゾブラゾフがトゥマーン・ボンバを仕掛けてくるとすれば、佐渡を防衛しようとする新潟から出港した艦隊に対してだろう。治夏は劉麗蕾の乗る輸送機に新ソ連に向かわせると同時に、金沢沖に控えたままの主力艦隊に前進を命じる。
それから約一時間、新ソ連艦隊が佐渡沖に姿を現した。一条からは攻撃許可を願う暗号文が届いたようだが、治夏はそれに攻撃許可を待つよう返信をさせる。まだベゾブラゾフは戦略級魔法を行使していない。ベゾブラゾフの居場所を掴むためには一度、戦略級魔法を使わせる必要がある。まだ、敵艦隊を殲滅されては困るのだ。
新潟を出港した高速艦に積んでいた計測器が強力な魔法の波動を感知した。同時に術者の居場所を演算して治夏にその場所を教えてくれる。直後に新潟の小型艦六隻との通信が途絶した。六隻もの艦の喪失は大きな痛手だが、それだけの見返りは得られた。
小型艦の一隻には呪術具を搭載していた。それは自らを殺害した者に対して呪いをかけるというもの。もっとも、高ランクの魔法師であるベゾブラゾフに対しては、どれだけ高性能の呪術具を用いようとも大きな効果は見込めない。けれど、呪術を受けた者が放つ呪いの波動は宮芝の術士ならば感知できる者が多い。それで、ベゾブラゾフの居場所を掴む。
治夏はすぐに一条と劉麗蕾に対して戦略級魔法による攻撃命令を出す。まずは一条の戦略級魔法によって敵小型高速艦十二隻を吹き飛ばす。それを知った新ソ連の艦隊は後退を始めるが、日本の前衛艦隊十隻がそれを追跡する。その後方に未だ姿を消したままの主力艦隊が進んでいく。敵艦への攻撃はベゾブラゾフの脅威を除いてからだ。
そして三十分後の午後二時半、ついに劉麗蕾の輸送機がベゾブラゾフを霹靂塔の射程内に捉えた。松下の魔法は上手く利いているらしく、今のところ敵側からの攻撃はない。
「今こそベゾブラゾフめを葬るときだ。皆、雷雲海を使用せよ」
側近三名に命じると同時に治夏も魔法の使用に入る。雷雲海はその名の通り帯電した雲を作り出す魔法だ。この魔法は雨が降りやすくなる程度で攻撃力は皆無だが、雷を降らす魔法である霹靂塔との相性は抜群に良い。
輸送機の護衛に付いている天牙から通信が入る。内容は増幅器の投下完了。遠隔で魔法を使用するための補助具として用いた、スターダストの兵士たちを改造した魔術具は無事に投下できたようだ。
その報告を聞いて治夏は側近たちと全力で雷雲海を発動させる。それから少しして輸送機から霹靂塔を発動させたと通信が入る。雷雲海の補助を受けた霹靂塔は強力な雷を広範囲に隙間なく降り注がせる魔法となっている。
その中心にされたのが呪術の波動を放つベゾブラゾフだ。さすがに無傷ではいないはずだが、殺しきれたかというと疑問が残る。しかし、その点も抜かりはない。輸送機には降下してベゾブラゾフを討ち取るために電磁防御を施した八十機の関本を搭載している。
天牙八機の対地攻撃の支援の中、関本たちが空挺を開始する。ベゾブラゾフはすでに何度も達也の暗殺を試みてきた敵だ。達也を慕う関本たちの士気はすこぶる高い。しかし、関本たちの報告をただ待つのでは芸がない。治夏は全艦隊に新ソ連艦隊殲滅の命を下した。
三基地から出港した艦隊に前衛艦隊を含めた、八十五隻の艦隊が高速艦を失った十三隻の新ソ連艦隊に殺到する。
「全艦、対艦ミサイル発射!」
無線封鎖を解除した艦内に艦隊の総司令の声が響く。指示を受けた対艦ミサイルを搭載した三十七隻のミサイル護衛艦が一斉に対艦ミサイルを発射する。濃密なミサイルの雨が迎撃ミサイルを潜り抜けて敵艦に着弾し、見る間にレーダーから敵影が消えていく。
逆に相手側からの反撃は、四十五隻の小型艦の迎撃ミサイルと濃密な対空射撃で打ち落としている。新ソ連にとっては頼みの綱とも言える空母の艦載機も睨み合いの中で小松の航空隊と交戦を続けた影響で勢いはない。もっとも、仮に無傷の状態からだったとしても、攻撃隊の数を上回る艦艇に迎撃されたのでは戦果を上げることは難しい。
今回の戦いは本気で相手を滅ぼす気で挑んだ者とそうでない者の戦いだ。この結末は当然だった。
日本軍の艦隊の前方に、黒煙を上げながらゆっくりと沈みゆく新ソ連の艦たちの姿が見えてくる。そこに向けて日本軍は更に艦砲射撃を加えていく。今回の戦は新ソ連に少しでも多くの被害を与えるための戦いだ。一隻たりとも生かして帰すわけにはいかない。
戦闘能力を失った艦に対しても乗員の退艦を許さぬために攻撃を加える。敵の脱出艇を轢き殺して艦を前に進める。一応、皆殺しという汚名を避けるために六隻の小型艦を救助のために残し、主力艦隊は敵兵を蹂躙しながら新ソ連の沿岸部を目指して進軍を続ける。
「イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ、討ち取ったり!」
その中で入ってきた通信と映像に目を向けると、槍の穂先にベゾブラゾフの首を掲げた一機の関本が瓦礫の上に立っている姿が映っていた。それを見た治夏は映像を大亜連合に流すと同時に軍の再進軍を促すよう国防軍の司令部に命じる。
新ソ連艦隊を蹴散らした日本艦隊は続けて新ソ連の沿岸部にミサイル攻撃を行う。狙いは航空隊を支援するための対空ミサイル網の破壊だ。雫の父の会社を始め、この日のために各企業に増産を命じていたミサイルは基地の中に在庫がある。艦載されているミサイルを全て打ち尽くす勢いで四百発以上のミサイルを新ソ連領内に打ち込んだ。
この量は世界群発戦争の際にも経験したことのない新ソ連が体験する最大の破壊行為だ。圧倒的な物量の前に迎撃ミサイル網は破壊され、制空権が失われる。
そこに空母の艦載機三十機、続いて千歳と三沢と松島から発進した百五十機の航空機が大亜連合を迎え撃つはずだった地上の機甲部隊に襲い掛かる。対地ミサイルの攻撃を受けて次々と戦車が擱座していく。攻撃を行った戦闘機から送られた映像は、即座に大亜連合に送らせておく。
そして、午後六時。夕闇が迫る中、ついに大亜連合が新ソ連に再度の宣戦布告を行った。同時に機甲部隊が国境を超えて戦闘能力を失った新ソ連の極東地域を蹂躙する。それからほとんど間を置かずにインド・ペルシア連邦が新ソ連との国境の軍勢を増強し、新ソ連の西部方面軍の動きを制限する。午後六時半、日本軍は敵地で戦闘中の関本を残して軍を後退させた。こうして新ソ連との開戦初日の戦闘は、日本側の全面勝利により終結した。